修身要領』(しゅうしんようりょう)は慶應義塾が編纂した教訓集である。正式名称は『脩身要領』。福澤諭吉の『修身要領』として知られているが、福澤が編纂したものではなく、実際には、福澤の弟子や子息が集まって編纂したものである。

修身要領
(しゅうしんようりょう)
脩身要領
編集者 慶應義塾
発行日 1901年(明治34年)7月25日
発行元 福澤三八
ジャンル 教訓集
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 和装本
ページ数 26丁
公式サイト NDLJP:756679
ウィキポータル 文学
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成立 編集

 
福澤諭吉

福澤は、1898年明治31年)から『時事新報』に連載された『福翁自伝』の最後で、「私の生涯のうち出来でかしてみたいと思うところは、全国男女の気品を次第々々に高尚に導いて真実文明の名に恥ずかしくないようにすること」であると述べている[1]ように、国民の道徳を高める必要性を感じていた。しかし、同年9月26日脳出血で倒れたため、書物を執筆することが困難になった。そのため、弟子の小幡篤次郎門野幾之進鎌田栄吉日原昌造石河幹明土屋元作および長男の福澤一太郎等に命じて、新しい道徳から成る教訓集を編纂させることになった。教訓集は、福澤が『修身要領』と名づけて、『時事新報1900年(明治33年)2月25日号に発表された[2]。また、同年6月に福澤が全文を揮毫し、1901年(明治34年)7月25日に単行本が発行された[3]

内容 編集

以下、福沢 (1980)からの引用を含む[4]

『修身要領』の内容は、「独立自尊」(どくりつじそん)を基本にする29ヵ条の教訓から構成される。

独立自尊の定義 編集

第二条
心身の独立を全うし、みずから其身を尊重して、人たるの品位をはずかしめざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。

個人の独立自尊 編集

第一条
人は人たるの品位を進め、智徳をみがき、ます〱其光輝を発揚するを以て、本分とさざるべからず。吾党の男女は、独立自尊の主義を以て修身処世の要領とし、之を服膺ふくようして、人たるの本分をまつとうすきものなり。
第三条
みずから労して自からくらふは、人生独立の本源なり。独立自尊の人は自労自活の人たらざるべからず。
第四条
身体を大切にし健康を保つは、人間生々せいせいの道に欠く可らざるの要務なり。常に心身を快活にして、かりそめにも健康を害するの不養生を戒むし。
第五条
天寿を全うするは人の本分を尽すものなり。原因事情の如何いかんを問はず、みずから生命を害するは、独立自尊の旨に反する背理卑怯の行為にして、最もいやしむ可き所なり。
第六条
敢為活溌かんいかつぱつ堅忍不屈けんにんふくつの精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義をじつにするを得ず。人は進取確守の勇気を欠くべからず。
第七条
独立自尊の人は、一身の進退方向を他に依頼せずして、みずから思慮判断するの智力を具へざる可らず。

家族の独立自尊 編集

第八条
男尊女卑は野蛮の陋習ろうしゆうなり。文明の男女は同等同位、互にあい敬愛けいあいしておのおのその独立自尊をまつたからしむし。
第九条
結婚は人生の重大事なれば、配偶の撰択は最も慎重ならざる可らず。一夫一婦終身同室、相敬愛して、互いに独立自尊を犯さゞるは、人倫の始なり。
第十条
一夫一婦の間に生るゝ子女は、其父母のほかに父母なく、其子女の他に子女なし。親子の愛は真純の親愛にして、之をきずつけざるは一家幸福のもといなり。
第十一条
子女も亦独立自尊の人なれども、其幼時にありては、父母これが教養のせめに任ぜざるべからず。子女たるものは、父母の訓誨にしたがつ孜々しし勉励、成長の後、独立自尊の男女として世に立つの素養を成すきものなり。
第十二条
独立自尊の人たるを期するには、男女共に、成人の後にも、みずから学問を勉め、知識を開発し、徳性を修養するの心掛を怠る可らず。

社会人の独立自尊 編集

第十三条
一家より数家、次第に相集りて、社会の組織を成す。健全なる社会のもといは、一人一家の独立自尊に在りと知る可し。
第十四条
社会共存の道は、人々にんにんみずから権利を護り幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重して、いやしくも之を犯すことなく、以て自他の独立自尊をきずつけざるに在り。
第十五条
うらみを構へあだを報ずるは、野蛮の陋習にして卑劣の行為なり。恥辱をそそぎ名誉を全うするには、すべからく公明の手段をえらむべし。
第十六条
人はみずから従事する所の業務に忠実ならざる可らず。其大小軽重に論なく、いやしくも責任を怠るものは、独立自尊の人に非ざるなり。
第十七条
人にまじわるには信を以てす可し。おのれ人を信じて人も亦己れを信ず。人々にんにん相信じて始めて自他の独立自尊をじつにするを得べし。
第十八条
礼儀作法は、敬愛の意を表する人間交際上の要具なれば、かりそめにも之をゆるがせにす可らず。ただその過不及かふきゆうなきを要するのみ。
第十九条
己れを愛するの情をおしひろめて他人に及ぼし、其疾苦を軽減し其福利を増進するに勉むるは、博愛の行為にして、人間の美徳なり。
第二十条
博愛の情は、同類の人間に対するに止まる可らず。禽獣を虐待し又は無益の殺生せつしようすが如き、人の戒む可き所なり。
第二十一条
文芸のたしなみは、人の品性を高くし精神をたのしましめ、之を大にすれば、社会の平和を助け人生の幸福を増すものなれば、亦れ人間要務の一なりと知る可し。

国民の独立自尊 編集

第二十二条
国あれば必ず政府あり。政府は政令を行ひ、軍備を設け、一国の男女を保護して、其身体、生命、財産、名誉、自由を侵害せしめざるを任務とす。ここを以て国民は軍事に服し国費を負担するの義務あり。
第二十三条
軍事に服し国費を負担すれば、国の立法に参与し国費の用途を監督するは、国民の権利にして又其義務なり。
第二十四条
日本国民は男女を問はず、国の独立自尊を維持するが為めには、生命財産をして敵国と戦ふの義務あるを忘る可らず。
第二十五条
国法を遵奉じゆんぽうするは国民たるものゝ義務なり。単にこれを遵奉するに止まらず、進んで其執行を幇助ほうじよし、社会の秩序安寧を維持するの義務あるものとす。

国家の独立自尊 編集

第二十六条
地球上立国の数少なからずして、おのおのその宗教、言語、習俗を殊にすと雖も、其国人は等しくれ同類の人間なれば、之とまじわるにはいやしくも軽重厚薄の別ある可らず。ひとみずから尊大にして他国人を蔑視べつしするは、独立自尊の旨に反するものなり。

教育と文明の重要性 編集

第二十七条
吾々今代こんだいの人民は、先代前人より継承したる社会の文明福利を増進して、之を子孫後世に伝ふるの義務を尽さざる可らず。
第二十八条
人の世に生るゝ、智愚強弱の差なきを得ず。智強の数を増し愚弱の数を減ずるは教育の力に在り。教育は即ち人に独立自尊の道を教へて之を躬行実践するの工風くふうひらくものなり。
第二十九条
吾党の男女は、みずから此要領を服膺ふくようするのみならず、広く之を社会一般に及ぼし、天下万衆と共に相率あいひきゐて、最大幸福の域に進むを期するものなり。

特徴 編集

『修身要領』の特徴は、前書きで「徳教は人文の進歩と共に変化するの約束」と言うように、道徳が時代とともに変化すると述べていることである。そのため、『教育勅語』に反するものとして攻撃された[5]。もし道徳が時代とともに変化するのであれば、『教育勅語』や『修身要領』自体の内容も時代とともに修正・変更する必要があることになる。

脚注 編集

  1. ^ 富田正文校訂 『新訂 福翁自伝』、岩波書店岩波文庫〉、1978年ISBN 4-00-331022-5 の「老余の半生」の章にある「人間の慾に際限なし」(317頁)を参照。
  2. ^ 福沢 (1980, p. 291)
  3. ^ 近代デジタルライブラリー」収録『修身要領』を参照。「明治三十三年六月 病後初筆 福澤諭吉」と記されている。
  4. ^ 福沢 (1980, pp. 291–296)
  5. ^ 慶應義塾豆百科』のNo.59「修身要領」を参照。

書誌情報 編集

  • 福澤一太郎 等述『修身要領講演』慶應義塾、1900年10月22日。NDLJP:1086549 
    福澤一太郎 等が『修身要領』の内容を講演したもの。『修身要領』の原文とその解説が収録されている。
  • 福澤諭吉『修身要領』福澤三八、1901年7月25日。NDLJP:756679 
    1900年(明治33年)に福澤が全文を揮毫したもの。福澤が前書も揮毫している。
  • 富田正文・宮崎友愛 編『福澤文選』 全1巻、慶應義塾出版局、1937年4月23日、1-16頁。 
    『修身要領』の原文とその英訳 Fukuzawa's moral code が第一章に収録されている。
  • 『福澤諭吉全集』 第21巻(再版)、岩波書店、1971年6月30日、353-356頁。 
    『修身要領』の全文が旧字旧仮名で収録されている。
  • 『福沢諭吉選集』 第3巻、岩波書店、1980年12月18日、291-296頁。ISBN 4-00-331022-5 
    『修身要領』の全文が新字旧仮名で収録されている。
  • 福沢諭吉『学問のすすめ 他一篇 真の独立人になるために』加賀義 現代語訳、幸福の科学出版〈教養の大陸BOOKS〉、2009年10月6日、267-275頁。ISBN 978-4-86395-002-3 
    巻末の267-275頁に『修身要領』の現代語訳を収録している。

英訳 編集

参考文献 編集

  • 北岡伸一『独立自尊 福沢諭吉の挑戦』講談社、2002年4月、327-329頁。ISBN 4-06-210504-7 
    • 「第十五章 晩年と死」の327-329頁に『修身要領』の解説がある。
  • 慶應義塾史事典編集委員会 編『慶應義塾史事典』慶應義塾大学出版会、2008年11月8日、61-62,317-318頁。ISBN 978-4-7664-1572-8 
    • 61-62頁に坂井達朗による修身要領の解説と米山光儀による「「修身要領」普及講演会」についての解説がある。317-318頁の岩崎弘による「子供たる身の独立自尊」に「幼稚舎生の修身要領六箇条」・「幼稚舎修身要領十箇条」についての解説がある。
  • 清水義範『福沢諭吉は謎だらけ。 心訓小説』小学館、2006年10月10日、114-118頁。ISBN 4-09-386167-6 
    • 「四、福沢は教訓の名人だったことがわかる章」の114-118頁で『修身要領』を紹介している。
  • 福澤諭吉事典編集委員会 編『福澤諭吉事典』慶應義塾大学出版会、2010年12月25日、336-340頁。ISBN 978-4-7664-1800-2 
    336-340頁で米山光儀による「修身要領の編纂経緯」・「修身要領の内容」・「修身要領の反響」・「修身要領の普及活動」についての解説がある。

関連項目 編集

外部リンク 編集