田原 氏能(たわら うじよし、生年不詳 - 明徳4年(1393年))は、日本南北朝時代から室町時代の武将。大友氏一族の田原氏出身。親貞親昌の父。

生涯編集

貞広正平8年/文和2年(1353年)に筑前針摺原で九州探題一色範氏に従軍して敗死した為、祖父直貞から所領を譲られた。建徳元年/応安3年(1370年)に九州探題に任命された今川了俊中国地方で合流、翌建徳2年/応安4年(1371年)6月に了俊の嫡男・貞臣に従い7月に豊後に上陸、8月に攻め込んできた菊池武政と翌文中元年/応安5年(1372年)正月まで高崎山城で攻防戦を繰り広げた。その後九州に上陸した了俊に従軍、筑前・肥前に転戦、大友親世の救援にも向かっている。

天授元年/永和元年(1375年)、泉福寺を創建。