皇甫徽

中国の南北朝時代の人物

皇甫 徽(こうほ き、生没年不詳)は、中国南北朝時代の人物。は子玄。本貫安定郡朝那県

経歴 編集

南朝斉の秦梁二州刺史の皇甫澄の子として生まれた。に仕えて諸王の参軍を経て、安定郡太守略陽郡太守となった。北魏正始2年(505年)、妻の父(妻の叔父とも)の夏侯道遷に従って北魏に帰順した。夏侯道遷は勲功を上書して、皇甫徽を元謀としようとしたが、皇甫徽は「はかりごとに関与していないのに、賞与を貪っては内心に恥じることとなります」と言って断った。梁州刺史の羊祉にそのまじめさを買われて、征虜府司馬に推挙された。

子女 編集

伝記資料 編集