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石室善玖(せきしつ ぜんきゅう)は、鎌倉時代後期から南北朝時代臨済宗。別称に金剛幡下[1]

石室善玖
永仁2年 - 康応元年/元中6年9月25日
1294年 - 1389年10月14日
善玖[1]
生地 筑前姪ノ浜[2]
宗旨 臨済宗
寺院 武蔵平林寺甲斐海岸寺備前康徳寺
古林清茂[3]
著作 『平林開山石室善玖禅師語録』[2]

経歴・人物編集

文保2年(1318年に渡り、金陵保寧寺の古林清茂に師事し法を嗣ぐ[1][2]嘉暦元年(1326年)元僧の清拙正澄の来日に従い帰国[1]。 帰国後は、京都天竜寺鎌倉円覚寺建長寺の住持をつとめる[4]永和元年/天授元年(1375年武蔵平林寺の開山となる[4]。ほか甲斐海岸寺備前康徳寺の開山としても招かれた[1]偈頌を能くし、五山文学の基礎を築いた[2]

脚注編集

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  1. ^ a b c d e 安田元久編『鎌倉・室町人名事典』新人物往来社、p.315(1985)
  2. ^ a b c d 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞社)『石室善玖』 - コトバンク
  3. ^ 人名規範資料庫、2019年1月27日閲覧。
  4. ^ a b デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『石室善玖』 - コトバンク

外部リンク編集