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神坂神社(みさかじんじゃ)は、長野県下伊那郡阿智村智里にある神社。旧社格無格社

神坂神社
神坂神社.jpg
境内入口
所在地 長野県下伊那郡阿智村大字智里字杉ノ木平3577
位置 北緯35度27分36.3秒
東経137度39分02.6秒
座標: 北緯35度27分36.3秒 東経137度39分02.6秒
主祭神 住吉三神
社格無格社
創建 不詳
地図
神坂神社の位置(長野県内)
神坂神社
神坂神社
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祭神編集

歴史編集

鎮座地は、古代官道東山道の難所「神坂峠」信濃側、麓の山里園原にあり、旅人は旅の安全を祈願して、当社を拝した[1][2]

祭神は海神と言われる、表筒男命中筒男命底筒男命の三神であり、地元住民は住吉様として崇拝している[1][2]仲哀天皇の御代に日本武尊を配祀し、仁徳天皇の御世には譽田別命と建御名方命とを合祀した[2]

安曇族が東国に移住地を求めて、神坂峠を越えたこの地を要域と定め、御祖を祭祀したと伝わる[1]。また、偽書とされる「ホツマツタエ」では昼神に鎮座する、阿智神社の「思兼命」と住吉神の「金折命」は深いつながりがあると記載がある。

現在の社殿は明治22年の改築で、社殿の左右に巨大な神木の杉の大木があったが、左側の一本は明治25年の暴風にて、吹き折られた[2]。年輪2000年以上と伝わる。右側は現存している[2]

境内編集

  • 日本武尊腰掛石 - 日本武尊が東征の帰路、神坂峠を越えるにあたり、休まれ、腰掛けたと伝わる。
  • 園原碑 - 1901年 (明治34年)に富岡百錬に書いたとされる。碑文の内容は園原の里の来歴をやまと詞で刻んである。
  • 万葉集掲載歌碑 - 防人神人部子忍男が詠んだ歌が彫られている。
  • 渉信濃坂詩碑 - 凌雲集に収録されている弘仁5年に坂上今継が詠んだ詩が彫られている。
  • 日本杉 - 神殿の左右にあった杉の大木。左側は暴風にて折れた。

現地情報編集

所在地
交通アクセス
周辺

参考文献編集

  • 『智里村誌』 智里村青年会編 代表 石原衛 智里村青年会発行 1934年(昭和9年)
  • 『阿智村誌』阿智村誌編集委員会 阿智村誌刊行委員会発行 1984年(昭和59年)

脚注編集

出典編集

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  1. ^ a b c 阿智村誌. 阿智村誌刊行委員会発行. (1984). 
  2. ^ a b c d e 智里村誌. 智里村青年会発行. (1934). 

外部リンク編集