神田 兵右衛門(こうだ ひょうえもん、天保12年2月18日1841年4月9日) - 大正10年(1921年1月13日)は、日本実業家。本姓は梅谷で、名は胤保、号は松雲[1]播磨国印南郡大塩村(現在の兵庫県姫路市大塩町)出身で、慶應3年に兵庫開港商社取締役世話役に就任し、兵庫運河建設に大きく貢献した[要出典]。のち、神戸市会議長を務める[1]。「神戸発展の父」とも呼ばれる[要出典]

こうだ ひょうえもん
神田兵右衛門
個人情報
生誕1841年4月9日
播磨国印南郡大塩村
死没 (1921-01-13) 1921年1月13日(79歳没)
国籍日本の旗 日本
父:梅谷庄左衛門
親族
職業実業家

来歴編集

顕彰編集

脚注編集

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  1. ^ a b 神田兵右衛門 - 『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』講談社コトバンク