紀静子

紀名虎女、文徳天皇の更衣

紀 静子(き の しずこ、生年不詳 - 貞観8年(866年2月)は、文徳天皇更衣正四位下右兵衛督紀名虎(贈大納言)の娘。従四位下紀有常紀種子仁明天皇更衣)の妹、南家藤原敏行母の姉にあたる。三条町(さんじょうのまち)と呼ばれた。

文徳天皇の東宮時代に入侍し、第一皇子惟喬親王・第二皇子惟条親王斎宮恬子内親王斎院述子内親王珍子内親王の母となった。嘉祥3年(850年)文徳天皇の即位後、更衣となった。惟喬親王は父天皇に期待されたが、静子が紀氏出身で後ろ盾を持たないため皇太子になれなかった。天安2年(855年)1月正五位下に叙された後、従四位上に昇叙された。貞観8年2月卒去[1]

古今和歌集』に1首入集(歌番号930)。

脚注編集

  1. ^ 貞観10年9月卒去説もある(『講談社日本人名大辞典』)

関連項目編集