美谷島邦子

日本の精神保健福祉士、栄養士

美谷島 邦子(みやじま くにこ、1947年[1] - )は、日本の精神保健福祉士栄養士[2]。NPO法人 沙らの木 理事長[3]、8・12連絡会 事務局長[4]、一般社団法人いのちを織る会代表[5]。東京都出身[1]

経歴 編集

大学時代に栄養学を学んだ後専業主婦となり[5]、3人の子供を育てながら地域のボランティア活動や精神障害者支援に携わる[6]

1985年の日本航空123便墜落事故で一人旅の最中にあった小学3年生の次男を亡くし[1]、事故から4ヶ月後の12月に遺族会「8・12連絡会」を立ち上げ事務局長として被害者支援と事故原因究明を求めるべく関係機関への要望活動等に取り組んでおり[7]、事故の再発防止を目指し「命を活かす」ことを最大の目標に位置づけ事故残骸の保存を訴え日本航空安全啓発センターの設置を実現させる[6]

信楽高原鐵道列車衝突事故中華航空140便墜落事故JR福知山線脱線事故の遺族とともに国へ被害者支援の要望を行うなど[8]、「どう生きるのかがわからなくなる、愛する者を亡くした人は皆同じ」との思いから他の事件・事故・災害の遺族支援にも協力し[9]、学校・航空会社・国土交通省等で命の大切さや航空の安全を訴える講演を行っている[5]

8・12連絡会の活動で遺族からの悲痛な電話に寄り添ったことをきっかけにいのちの電話の相談員も務め、夫の弟が統合失調症で苦しんでいたこともあり「人の話を聴く場所が必要とされている」との思いから1999年にはNPO法人を設立し精神障害者への支援や就労支援施設の運営を行い[8]、55歳で精神保健福祉士の資格を取得し保護司の活動も行う[5]

2015年には国土交通省の公共交通事故被害者等支援アドバイザーに就任[4]。2016年に「いのちを織る会」代表に就任[5]

著書 編集

編集(8・12連絡会名義)

演じた女優 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c 日航機墜落事故 健ちゃんと生きた36年[上] - 中日新聞2021年7月20日朝刊
  2. ^ a b c d 著者ページ 美谷島邦子 - 新潮社
  3. ^ 日航ジャンボ機墜落事故から30年~美谷島邦子と講演会とコンサート~命の重みを訴え続けて - 大田区議会議員 那須りえ(gooブログ)
  4. ^ a b 中部における被害者等支援の取組について - 国土交通省中部運輸局
  5. ^ a b c d e それぞれの人生てつがく第3部 失われたいのち生かしたい 日航ジャンボ機事故の8・12連絡会事務局長 美谷島邦子さん(72) - 京都新聞2019年11月24日
  6. ^ a b 特集天に星地に花人の愛 インタビュー2 9歳で逝った息子へ 絵本に込めた母の祈り - 致知2021年10月号(致知出版社)
  7. ^ 日航機墜落事故 健ちゃんと生きた36年[下] - 中日新聞2021年7月27日朝刊
  8. ^ a b 「御巣鷹山のもみの木に520の命がともる」美谷島邦子さん (後編) - 読むらじる(NHKラジオらじる★らじる Internet Archive)
  9. ^ a b けんちゃんのもみの木、御巣鷹の尾根に届く - 日本経済新聞

外部リンク 編集