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茗荷谷町(みょうがだにちょう)は東京都小石川区(現・文京区)にあった町。

概要編集

古くは、小日向村畑地であった。正徳3年(1713年)から町方の支配となり、茗荷谷町ができた。明治5年に、金杉水道町飛地、旧大垣野村藩戸田淡路守屋敷、七軒屋敷は十二軒屋敷などの武家地を合併した。また茗荷谷町は当時小日向神社の氏神地域に該当していた。

名称由来編集

旧茗荷谷町は、小石川台地小日向台地の間の浅い谷が「茗荷谷」と呼ばれていて、江戸時代茗荷畑が多かったからといわれており、この町名は、この「茗荷谷」からとったものである。なお、現在は茗荷の本格的な栽培は行われていないが、拓殖大学文京キャンパスの脇の小さな畑で、茗荷が栽培されている。また、茗荷谷駅もこの町名から名付けられている。呼び方として、小石川區史にはめうがだにちょう(旧仮名遣い)と書かれていた。

その後編集

昭和41年(1966年)住居表示により、茗荷谷町は小石川地域小日向地区に属された。現在は、小日向1丁目と3丁目、4丁目の一部に属している。

旧町に属していた施設編集