メインメニューを開く

菊池 秋雄(きくち あきお、1883年1月28日 - 1951年4月5日)は、青森県出身の園芸学者京都大学名誉教授。専門は果樹園芸学

1908年東京帝国大学農科大学農学科卒業。京都大学園芸学教室の初代の教授で、新高梨や菊水梨など数多くのの交配に関わった。「菊水」の「菊」は菊池の苗字からとられている。

経歴編集

1908年(明治41年)東京府立園芸学校教諭となり、1916年(大正5年)神奈川県農事試験場長となったが、1920年退職、園芸学研究のため欧米に留学。1921年鳥取農業高等学校教授を経て1926年京都帝大農学部教授となり、1927年農学部長、1929年「日本梨品種、果皮ノ色及其遺伝ニ就テ」で農学博士、同年大典記念京都植物園長兼任(1949年まで)。1938年園芸学会長、1939年学術研究会議員を務め1943年定年退官、1944年名誉教授。同年京都府立高等農林学校長となった。1945年退職。1949年日本学術会議会員。

著書編集

  • 『北支果樹園芸』(養賢堂、1944年)
  • 『果樹園芸学』(養賢堂、1948年)
  • 『園芸通論』(養賢堂、1950年)

親族編集

父の菊池楯衛は、「青森りんごの始祖」と呼ばれる人物。妻のたけは、河北新報創業者一力健治郎の娘。

息子の菊池秀夫は三井鉱山常務、河北新報取締役、東海大学名誉教授。やはり息子の菊池卓郎は園芸学者で、弘前大学名誉教授。孫(卓郎の息子)に菊池誠物理学者)がいる。

外部リンク編集