葛西 親信(かさい ちかのぶ)は、戦国時代大名葛西氏の第16代当主[1]。父は葛西晴胤。弟に葛西晴信がいる[1]。近年では「義重」が正しい名前だったとする説もある。生母は江刺氏

 
葛西 親信
時代 戦国時代
生誕 永正10年(1513年)?[注釈 1]
死没 永禄3年4月11日1560年5月6日)?
別名 義重[1]
官位 従五位下石見[1]
氏族 葛西氏
父母 父:葛西晴胤[1]、母:江刺隆見の娘
兄弟 親信晴信胤重
養子:晴信[1]
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略歴 編集

弘治元年(1555年)、晴胤の死で家督を相続し[注釈 2]大崎氏と抗争した。しかし病弱であったため[1]、永禄3年(1560年)[注釈 3]、家督を継いでわずか5年後に病死した[1]。年の離れた実弟・晴信が跡を継いだ。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 『戦国人名事典』では親信の生年は天文16年(1547年[1]
  2. ^ 『戦国人名事典』では晴胤の死は天文20年(1551年[1]
  3. ^ 『戦国人名事典』では親信の死は永禄10年(1567年[1]

出典 編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k 阿部 & 西村 1990, p. 238.

参考文献 編集

  • 阿部猛; 西村圭子 編『戦国人名事典』(コンパクト)新人物往来社、1990年9月。ISBN 4-404-01752-9