藤原 量子(ふじわら の かずこ、応安2年/正平24年(1369年) - 応永13年5月15日1406年6月1日)は、室町時代前期の女性。室町幕府第3代将軍・足利義満側室。同第4代将軍・足利義持と同第6代将軍・足利義教らの叔母[1]

生涯編集

父は三宝院の安芸判眼で、義持や義教の生母である藤原慶子の妹に当たる[1]。応永13年(1406年)5月、足利義満と共に唐船を見るために兵庫に向かったが、5月15日に播磨室(現在の兵庫県揖保郡)で死去した。享年38。法号は円照院勝林浄殊禅定尼[1]。義満は量子の死に思うところがあったためか、五旬の精進をなし、慶子・量子姉妹のために美濃座倉郷を等持院に寄進した。また量子には従三位が贈られた[1]

義満との間には1男1女が生まれている。ただ男子に関しては『迎陽記』では応永5年(1398年)の時点で5歳(満4歳)であったとされており、義満の男子で応永元年(1394年)生まれの男子は義教と義嗣であるが、彼らはいずれも生母は量子と違うため、誰の事を差すのか不明である[2]。女児(大慈院聖紹か?)に関しては応永3年(1396年)に生まれ、大慈院に入ったとされ、享徳2年7月26日1453年8月30日)に58歳で死去したとされる(『康富記』)。

脚注編集

  1. ^ a b c d 臼井 1989, p. 239.
  2. ^ 臼井 1989, p. 240.

参考文献編集

  • 臼井信義 『足利義満』(新装版) 吉川弘文館〈人物叢書〉、1989年。ISBN 4-642-05150-3