藤波 秀忠(ふじなみ ひでただ)は、室町時代日本公卿。神祇大副、伊勢神宮祭主

 
藤波 秀忠
時代 室町時代
生誕 不明
死没 延徳3年(1491年
別名 清定、秀直(初名)
官位 従二位非参議
主君 後花園天皇後土御門天皇
氏族 藤波家
父母 藤波清忠
兄弟 秀忠大中臣敏忠
清秀信忠伊忠高辻長直
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生涯 編集

神宮祭主藤波清忠の子として生まれる。初名は清定(きよさだ)[1]秀直(ひでなお)[注 1]

寛正2年(1461年)、従三位となり、公卿に列した。このとき、すでに神祇権大副であった。

文明元年4月11日1469年5月22日)、父から継承して神宮祭主となる[2]。文明2年(1470年)には神祇大副に転任した[注 2]。延徳3年に逝去した。

官歴編集

系譜 編集

脚注 編集

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注釈編集

  1. ^ 『公卿補任』後土御門天皇文正元年条。この年から名が「秀忠」となっている。
  2. ^ 『公卿補任』後土御門天皇文明二年条。この年から「神祇大副」となる。
  3. ^ 『公卿補任』後土御門天皇文明十八年条。補注に「據家譜此年叙従二位、據内宮引付文明十年三月四日叙」とある。

出典編集

  1. ^ 藤波家”. 公卿類別譜. 2020年12月13日閲覧。
  2. ^ 神宮司庁 編 『神宮要綱』神宮皇学館館友会、1929年。 

参考文献 編集