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西沢 舜一(にしざわ しゅんいち、1928年8月17日 - 2008年12月10日)は、日本の評論家勝山俊介(かつやま しゅんすけ)名義による、戯曲小説も知られている。

来歴編集

東京出身、装身具を扱う商店に育つ。旧制東京高等学校に入学。在学中の1946年12月12日日本共産党に入党[1]。のち東京大学に進学する。

1958年6月より5年間、世界民主青年連盟本部書記局員として日本民主青年同盟からブダペストに派遣された。1963年3月帰国、日本共産党中央委員会に勤務[1]

1967年に戯曲「回転軸」を「勝山俊介」のペンネームで書き、日本共産党創立45周年記念文芸作品に入賞、文筆活動にはいる。戯曲には「創世記」など、小説には「天橋義塾」などがある。

評論家としては、西沢舜一の名で、中野重治小田切秀雄を批判する論文を次々と発表し、『文学と現代イデオロギー』(新日本出版社、1975年)で、第8回多喜二・百合子賞を受賞した。その後も、中野重治の「甲乙丙丁」を全面的に批判した『「甲乙丙丁」論-いろはにほへと』(新日本出版社、1981年、ISBN 978-4-406-00735-1)などの批評を発表した。また、『愛とモラル』(新日本出版社、1976年)などで買売春、ポルノなどを「性的退廃」と批判した。

一方では、日本共産党の活動もおこない、国際部副部長、赤旗編集局次長、文化部長、幹部会委員を歴任した。この間、宗教委員会責任者、人民大学講師にもなった[1]1983年第13回参議院議員通常選挙には、比例区から名簿搭載順位6位で出馬する。共産党はこの選挙で5議席獲得という結果であったために、議席獲得はならなかった。また、全国パーキンソン病友の会千葉県支部長を10年間務めた[1]

著作集には、『勝山俊介作品集』(東銀座出版社、全4巻)がある。

脚注編集