評定河原球場(ひょうじょうがわらきゅうじょう)とは宮城県仙台市青葉区花壇にある野球場である。

評定河原球場
評定河原球場
施設データ
所在地 宮城県仙台市青葉区花壇1-1
座標 北緯38度15分23.5秒 東経140度51分57.4秒 / 北緯38.256528度 東経140.865944度 / 38.256528; 140.865944座標: 北緯38度15分23.5秒 東経140度51分57.4秒 / 北緯38.256528度 東経140.865944度 / 38.256528; 140.865944
開場 1936年
所有者 仙台市
管理・運用者 財団法人仙台市公園緑地協会
グラウンド 内野 - 土
外野 - 芝
照明 なし
収容能力
1,200人
グラウンドデータ
球場規模 両翼 - 92 m
中堅 - 107 m

概要編集

広瀬川左岸、評定河原橋の北東にある。管理は財団法人仙台市公園緑地協会。

両翼92m、センター107m。座席はバックネット裏のみ整備してある。

近隣は仙台藩評定所があったことから「評定河原」と呼ばれるようになった[1]。その後は仙台市長を務めた早川智寛所有の牧場となり、東北帝国大学旧制二高が使用していた。1936年(昭和11年)学生の勤労奉仕によって整備され開場。本多光太郎が5千円の私費を投じスタンドを寄贈した[1]

第二次世界大戦後、宮城球場1950年に竣工するまではプロ野球の試合も開催された野球場である。

1948年5月16日に行われた読売ジャイアンツ金星スターズの試合で、読売ジャイアンツの川上哲治がプロ野球史上初の1イニング2本塁打を達成した地として知られている。また1949年5月7日の大映スターズ阪神タイガースで、大映スターズの大岡虎雄が3打席連続本塁打を放っている。当時は両翼91m、センター82mだったため、合計で9本塁打が出た[1]

1950年に宮城球場が開場するとプロの試合は行われなくなったが、仙台六大学野球連盟を中心としたアマチュアの試合で棲み分けされた[1]

管理は1964年に東北財務局、1982年に仙台市に移管した[1]

1983年に現在の広さに改修された[1]

近年ではアマチュアは宮城広瀬球場愛島球場など設備が整った球場を利用するようになり、利用者が少なくなった[1]

道路を挟んだ向かい側に評定河原陸上競技場がある。

施設概要編集

  • グラウンド面積:-
  • 内野:土、外野:芝
  • 両翼:92m、中堅107m
  • 照明:なし
  • スコアボード:手書き式

アクセス編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g みやぎ野球史)狭くて本塁打続出、評定河原 - 朝日新聞

外部リンク編集