選挙妨害(せんきょぼうがい)とは、国政選挙又は地方選挙で、応援演説といった選挙演説の妨害(演説妨害)など選挙活動を妨害する行為[1][2][3][4]

概要 編集

かつては第二次世界大戦後の日本における選挙妨害といえば、スピーカー声量が大きいことなどを理由に突っかったり、選挙ポスターを破くなどをする単独犯だった。しかし、特に選挙演説中にシュプレヒコールといった罵声による二人以上による選挙妨害・組織的演説妨害の事例が目立つようになっている[1]。日本の最高裁は1948年に候補者陣営による演説周囲で大音量で騒ぐなど「聴衆がこれを聴き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」を演説妨害と認定しているが、以降も「選挙の自由妨害」の事例が発生している[5]月刊Hanadaは選挙演説妨害事例が日本で広まったきっかけとして、安倍晋三首相が参加した2017年7月の東京都議選での自民党候補への応援演説に対する組織的選挙妨害事件におけるマスコミ報道にあると指摘されている[1]

近年の日本国内選挙を振り返ると執拗な選挙妨害行為に悩まされ続けたのは、安倍晋三元首相だった[6]。しかし、2024年4月の衆院東京15区補選における諸派新人は野党の候補者側も標的にした選挙妨害を行ったことで「選挙が成り立たない」と野党も問題視する事態になっている。国民民主党田中健衆院議員は、 衆院予算委員会における岸田文雄首相への質問で候補者の演説が大音量で妨害されたり、候補者側への威嚇・恫喝行為が繰り返されており、「演説を聞く有権者の権利」を奪われていること[6]、選挙妨害とは「民主主義に対する妨害」と指摘した[7]。「(岸田)首相の演説でもこんなことがあってはならない」とし、妨害行為者側はSNSなどインターネットで拡散・炎上で利益を得ていることも指摘した[6]。岸田文雄首相は衆院予算委員会の田中議員の質疑に対して[7][6][8]、「一般論」とした上で、選挙演説に対する大音響妨害などの行為には対策が必要とし、「選挙制度の根幹に関わる事柄として各党各会派で議論すべき課題だと認識している」と答弁した[8]

実際に起きた例 編集

2017年東京都議会議員選挙 編集

組織的演説妨害事例の最初の代表例と指摘されている[1][4][6]2017年7月秋葉原(正確な場所は東京都千代田区外神田)で自民党候補の選挙演説中に事前にプラカード[1]、「安倍やめろ」の巨大な横断幕を広げたり[6]中指立て又は親指下げながら大声で叫んでいるシュプレヒコール集団から[1]、「帰れ」「安倍ヤメロ」「安倍ヤメロ」「安倍ヤメロ」「安倍ヤメロ」などの集団的罵声コールで選挙妨害を演説中終始受け続けたことである[1][6]。安倍政権に批判的なコール集団が「演説を正面から見られる一等地」に密集出来ていた背景として、もともと「一等地」にいた多くの一般聴衆が抗議者らの掲げた大きな横断幕のせいで安倍首相が選挙カーに登壇しても隠れて見えなくなると不満に思って、移動したことにある。そのため、「演説を正面から見られる一等地」にできた空白にコール者らが一斉に集まっていた[9][10]。このシュプレヒコール集団に途中から加わった京都精華大学講師の白井聡によると、広場の一角に「安倍やめろ!」と書かれた大きな横断幕を掲げる人々がおり、それを囲むように安倍批判スローガンのプラカードを持ってきて掲げている人々が一箇所に集まっていて、彼らは安倍首相の到着前の自民党の都議選挙候補者や他の応援弁士による演説中から「安倍辞めろ」などと既に大声で叫び続けていた。白井は「私は即座にそこに加わった。」とし、その後に安倍が到着して選挙カーの上に登壇すると「辞めろ」「帰れ」のシュプレヒコールは既に地鳴りのような状態であったが、更にボルテージが上がったと述べている。安倍が自民党候補者応援演説で何を言っているのかほとんどわからない状態だったとし、安倍が応援演説で話している最中の約15分間も「地鳴り」レベルのシュプレヒコールが響き続けたことを振り返っている。コールをしていた白井は「安倍が受けたのは野次ではない」との認識を示し、「読んで字のごとく、命令であった。」と明かしている。都議選挙での都民ファーストの会の躍進・自民党敗北の結果が出た後のサンデー毎日への寄稿にて、「安倍はこの命令に従わざるを得なくなるだろう。」と予測し、安倍首相について「レームダック[11]」「水に落ちた犬[12]」に漸くなったと感慨を示した[10]。産経新聞や月刊Hanadaは、自民党側の選挙演説に対する1時間以上にわたる「安倍やめろ」コールによる演説妨害と共に、これに堪忍袋の緒が切れた安倍首相が「あんな人たち(シュプレヒコール集団)に負けるわけにはいかない」と発言した場面だけを切り取って報道した、一部テレビ局による印象操作を批判している[13][1]。そもそもこの事件は「ヤジ(野次)」と過小的に報道されていることで、現場に居なかったり、演説開始から終わりまでの妨害集団の様子をフル動画を見ていない人たちが「一瞬会話の合間に一言だけ声を出した」程度のように誤解が起きている。しかし、実際には演説を一切聞くつもりもない反安倍派の人々がSNSで互いに呼掛けて行った、首相ら候補者陣営のスピーカーを用いた演説さえも傾聴不可能な長時間に渡る組織的罵声連呼による演説妨害であった[14]。産経新聞が、前述の大きな「安倍やめろ」横断幕の制作過程をツイッター上で公開していた「対レイシスト行動集団」の野間易通による都議選挙での妨害行為への関与を報じると、ツイッター上で野間は「7月1日からネットに書いてあることを何いまごろ『明らかに』しとんねん笑」と認めている[15]。事件後の選挙演説には、池袋や秋葉原ではテレビ朝日TBSに抗議する支持者らが現れた。産経新聞は「選挙妨害はやめろ」との批判は選挙妨害者にだけでなく、組織的演説妨害に乗っかる一部メディアにも向けられたものだと自覚しないと日本のマスコミは「ガラパゴス化」が加速すると警告している[13]。事件後にTwitter検索で判明したが、初めから演説を聞くつもりもなく、安倍首相の演説妨害の意図で、左翼団体メンバーや妨害賛同者らがツイッターで、秋葉原に集結するように組織的動員していた。 しかし、マスコミや積極的自民党不支持層はこれらを擁護したため、同事件以降からシュプレヒコールなど大声で喚くことで、メディア注目度の高い選挙における自民党候補選挙演説での聴衆の傾聴妨害が目立つようになった。選挙演説での不支持側へのシュプレヒコールでの傾聴妨害が合法行為とみなされると、左派系野党候補にも同じことが行われることに繋がり、選挙に基づいた民主制が守れなくなる。そのため、いくら反安倍政権の立場でも民主主義者ならばシュプレヒコールを含む選挙妨害には反対すべきだと指摘されている[1]

2019年参議院議員通常選挙 編集

2019年に行われた第25回参議院議員通常選挙期間中の7月15日に北海道札幌市中央区のJR札幌駅前で応援演説中の安倍首相に対して、「安倍やめろ」「帰れ」など大声連呼していた人などを、北海道警が制止や移動させた事例である[16][17]。一審では道警の主張を悉く否定し[16]、令和7年3月25日に札幌地裁広瀬孝裁判長は「原告の表現の自由は警察官らによって侵害されたと言うべきだ」も道警側の対応は違法だったなどとして[18]、二人へ北海道側が賠償するとの判決を下した[16][17]。しかし、この1審判決から約3ヶ月後の同7月8日に応援演説中の安倍元首相が銃で暗殺される事件が発生し、「演説中の要人が危害を加えられる」リスクが顕在化した[16]。二審の札幌高裁では演説開始から間もなく演説中の安倍首相へ「安倍辞めろ」「帰れ」などと大声で連呼し始めた原告男性に対し「うるさいぞ」との声が聴衆から上がる様子、警察官による注意後も男性が大声連呼を続けたこと、演説車両に向かって突然走り出したことで制止処置となったことも踏まえられ、男性への道警の対処は「安倍首相らへの危害を加える危険性が切迫していた」ことが認められ、男性の方の請求は棄却された[16]。北海道警は、片方は演説者側への大声連呼や動きなどから警察官による制止は適正内の措置と認められたものの、もう片方に対する対応も適切だったとして、最高裁へ上告中である[16][17]

また、2019年頃にも安倍首相が参加する応援演説に対する選挙妨害が相次いだ。自民党がインターネット上での公開を辞め、オフラインのみで告知するようになったも選挙演説妨害が続いていることが報道された。このような背景には、ツイッターなどで設置した首相演説日程が書かれた看板などの画像も、検索用目印の「#(ハッシュタグ)」を付けられ、抗議者らよって賛同者を集める形で拡散されていることにある。安倍首相が同年の参院選の自民党候補の応援演説に来ることが告知されていた東京都中野区のJR中野駅前で、首相が駆けつけると、聴衆の一部の集団から「安倍辞めろ」と首相の演説中も罵声が続いた。そのため、この騒いでいる集団を撮影しようとした女性がスマートフォンを奪われ、壊された。加害者の40代女は警視庁器物損壊容疑で現行犯逮捕された。被害者の女性は産経新聞の取材に「(自民党)候補者に『死ね』とも言っていた。」と怒りを表にした。立憲民主党もこの事件の翌々日に演説妨害の可能性を踏まえ、枝野幸男代表の岡山県入りの日程の一部を非公表にした[4]

2024年衆議院東京15区補欠選挙 編集

2024年の衆議院東京15区補欠選挙ではつばさの党の候補者・根本良輔や代表・黒川敦彦ら3人が他の候補者の街頭演説を妨害した公職選挙法違反の疑いがあるとして警視庁から警告を受けた。補選公示日の4月16日に江東区のJR亀戸駅前でつばさの党の候補者や党代表ら3人が他の候補者の街頭演説の近くで大音量で演説したり、車のクラクションを鳴らすなどした。これらの行為が公職選挙法の自由妨害にあたると警視庁は判断し、18日に3人に警告を出した[19]

この補選で自民党は候補者を出さなかったが、小池百合子東京都知事陣営が選挙妨害の標的になった[3]。警察目線が罵声を出すなどの選挙妨害対応に抑制的である背景には、最高裁判決はまだなものの、ヘタに動くと上記の2019年参議院議員通常選挙における北海道警への訴訟のように違法ともされかねないとの畏怖があるからである[20]

2024年4月18日には、つばさの党の根本良輔側が補欠選挙区外にある小池百合子都知事の自宅前で大音量の街宣活動を行った。小池氏は「近所の方々にご迷惑をおかけすることになっている。選挙活動の範囲を逸脱し、住宅環境も壊している。憤りを感じている」と述べた[21]。小池は翌日の定例会見で「の危険を感じるような場面もあった」「選挙活動の範囲を逸脱している」[22]、「これまでに経験したことがない選挙妨害が発生している。選挙のあり方について法律上見直していただきたい」とし、選挙に関する現行法改正を訴えた[3]。こうしたつばさの党の一連の妨害活動について、小池百合子は会見で「これまで経験したことがない選挙妨害が発生している」と発言した[23]

選挙戦最終日の4月27日、党代表の黒川敦彦はフジテレビの取材に対し、「(警告は)警察の職権濫用だと思います。法律で許されている範囲のなかで最大権利を行使しているだけ」と話したほか、他の陣営の演説会場の前で演説を強行したことについて「(自分の)質問に答えてもらうため」と反論した[24]

その他 編集

護憲の左派である天木直人も、2017年(平成29年)「新党憲法9条」から第48回衆議院議員総選挙東京21区より出馬したが、立憲民主党・日本共産党社会民主党による野党共闘統一候補の小糸健介(社民党公認)がいた。そのため、野党共闘側を支持するしばき隊(当時:対レイシスト行動集団,略称C.R.A.C)や市民団体から「左派有権者層の票が割れる」と標的にされ、選挙活動妨害を受けたことを明かしている[2]

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f g h i 月刊Hanada2022年9月号 - p232-4, 月刊Hanada編集部
  2. ^ a b 紙の爆弾 2018年 4月号 - p41 鹿砦社
  3. ^ a b c 衆院東京15区補選で「選挙妨害」警視庁が違反警告 怒る小池百合子知事「経験したことがない」:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2024年4月20日閲覧。
  4. ^ a b c INC, SANKEI DIGITAL (2019年7月13日). “首相演説で妨害相次ぐ 聴衆に被害 公選法に抵触も”. 産経ニュース. 2024年4月20日閲覧。
  5. ^ 選挙妨害で諸派新人ら警告 東京15区補選で警視庁”. 日本経済新聞 (2024年4月28日). 2024年4月29日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g 慎平, 奥原 (2024年4月23日). “東京15区補選注目の「選挙妨害」に苦しんだ安倍氏 ヤジ排除は「表現の自由侵害」判決も”. 産経ニュース. 2024年4月23日閲覧。
  7. ^ a b 【衆予算委】田中けん議員が選挙妨害対策などについて質疑”. 新・国民民主党 - つくろう、新しい答え。 (2024年4月22日). 2024年4月23日閲覧。
  8. ^ a b 他候補の隣で大音量の主張 諸派新顔に「選挙妨害」批判 東京15区:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2024年4月23日). 2024年4月23日閲覧。
  9. ^ 批判者に反撃「こんな人たち」コロナ危機、安倍氏の代償:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2021年3月17日). 2024年4月24日閲覧。
  10. ^ a b サンデー毎日2017年7月23日号p34-37
  11. ^ 足の不自由なアヒル」から転じて、政治的な影響力を失った者のこと。
  12. ^ 打落水狗「水に落ちた犬を打つ」から転じて、既に敗北したが降参していない悪人に追い打ちをかけてやっつけること
  13. ^ a b INC, SANKEI DIGITAL (2017年10月24日). “【衆院選】安倍晋三首相の演説を妨害した「こんな人たち」を封じた聴衆の「声」 「選挙妨害をやめろ」はメディアにも向けられた(1/4ページ)”. 産経ニュース. 2024年4月20日閲覧。
  14. ^ 月刊Hanada2018年12月号 p94,月刊Hanada編集部
  15. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年7月7日). “【ネットの話題】秋葉原の安倍晋三首相の演説で、「安倍やめろ」のコールをしたのは誰?場外戦に発展も(1/3ページ)”. 産経ニュース. 2024年4月23日閲覧。
  16. ^ a b c d e f 滝口 亜希, 大渡 美咲 (2023年6月22日). “具体的な危険性認定 警察対応は適法 やじ訴訟”. 産経ニュース. 2024年4月23日閲覧。
  17. ^ a b c 安倍首相の街頭演説ヤジ排除訴訟、男性への賠償命令取り消し…札幌高裁”. 読売新聞オンライン (2023年6月22日). 2024年4月23日閲覧。
  18. ^ 安倍元首相にヤジ、警官の排除は「違法」…札幌地裁、北海道に賠償命じる”. 読売新聞オンライン (2022年3月25日). 2024年4月23日閲覧。
  19. ^ 「つばさの党」に選挙妨害で警告、別陣営の街頭演説中に近くで大音量の演説 衆院東京15区補選‐社会:日刊スポーツ 2024年4月28日2024年4月29日閲覧。
  20. ^ 乙武洋匡氏陣営への「選挙妨害行為」が物議… 公職選挙法で“暴力”を取り締まれない背景とは【弁護士解説】(弁護士JPニュース)”. Yahoo!ニュース. 2024年4月23日閲覧。
  21. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2024年4月19日). “小池都知事、衆院補選での〝ヤジ〟戦略に異議 「これまでに経験したことのない選挙妨害」”. 産経ニュース. 2024年4月20日閲覧。
  22. ^ 内政部, 時事通信 (2024年4月19日). “「命の危険感じる」と批判 東京15区補選で妨害行為―小池都知事:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2024年4月20日閲覧。
  23. ^ 小池都知事「経験ない選挙妨害が発生、憤り感じる」 衆院補選|毎日新聞 2024年4月19日2024年4月29日閲覧。
  24. ^ 「つばさの党」根本良輔氏・党代表の黒川敦彦氏ら3人に公選法「自由妨害」で警告 黒川氏「警察の職権濫用だ」 警視庁|FNNプライムオンライン 2024年4月28日2024年4月29日閲覧。

関連項目 編集