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野村嘉六

野村 嘉六(のむら かろく、1873年明治6年)8月10日 - 1952年昭和27年)1月17日)は、日本の政治家弁護士衆議院議員立憲国民党立憲同志会憲政会立憲民政党)、富山市長貴族院勅選議員などを務めた。

経歴編集

富山県婦負郡鵜坂村(現在の富山市)出身。東京法学院(現在の中央大学)卒業。1897年に弁護士試験に合格し、1901年から判事として、富山・敦賀大津の裁判所を歴任した。1907年に退官して弁護士を開業し、富山弁護士会長も務めた。

富山県会議員を経て、1912年の衆議院議員総選挙に当選し、1942年まで連続10回当選を重ねた。その間、加藤高明内閣第1次若槻内閣商工参与官を、濱口内閣文部政務次官を務めた。また1934年には富山市長に選出された。

1946年7月8日、貴族院議員に勅選され[1]、翌年に廃止されるまで在任した。

脚注編集

  1. ^ 『官報』第5847号、昭和21年7月12日。

参考文献編集

  • 衆議院事務局『衆議院要覧(乙) 昭和12年11月増訂』 1937年
  • 貴族院事務局『貴族院要覧(丙) 昭和21年12月増訂』 1947年
  • 北陸日日新聞社『富山県名鑑』 1936年


公職
先代:
金山米次郎
富山市長
第14代:1934年-1935年
次代:
平田紀一