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経歴編集

1997年に世界ジュニア選手権で5冠を獲得、翌1998年長野オリンピックに韓国代表として初出場し男子1000mで金メダルを獲得した。その後行われた男子5000mリレーも韓国チームの一員として銀メダルを獲得している。オリンピック以降もW杯やアジア大会で次々と優勝し、韓国のショートトラック界のエースとして活躍した。2002年ソルトレークシティオリンピックにも出場し、二連覇を懸けて挑んだ男子1000mは準決勝で転倒となりメダルを獲得することができなかった。男子1500mは決勝まで進出したが、決勝で失格となりこの大会は一つもメダルを獲得する事が出来なかった。しかしオリンピック後の世界選手権では4種目完全優勝を果たし、これまでの実力を発揮した。その後は怪我もあって2004年に25歳で現役を引退した。引退後は芸能界で活動し、2006年トリノオリンピックでは解説者としてオリンピック中継に参加した。

ソルトレイクシティオリンピックでの失格編集

ソルトレイクシティオリンピックの男子1500m決勝はアメリカアポロ・アントン・オーノとの争いに勝利し、1着でゴールしたかに見えた。ゴール後、金は韓国の国旗を手に喜びを表現していた。だが、このレースは審議となり審議の結果は金がオーノの進路を妨害したとして結果は失格となった。この結果が表示され、金は韓国の国旗を氷上に投げつけた(この行為は判定の是非とは別の次元で、高齢者を中心に韓国社会から強い批判を受け、金本人は謝罪している)。当然ながら韓国チームは猛抗議したが判定が覆ることはなかった。この件では男子1000mでの寺尾悟のレースでの誤審もあってか、次のトリノオリンピックからはビデオ判定が導入された。同年に行われた2002 FIFAワールドカップの韓国対アメリカ戦では韓国の安貞桓が同点ゴールを挙げた後、この金とオーノのシーンを再現してアピールするという一幕があった。

暴行によりアメリカ国内のコーチ資格剥奪編集

2012年5月、アメリカスピードスケート連盟仲裁委員会は指導している幼い選手たちへの体罰などの疑いで、金のアメリカ国内のコーチ資格を剥奪した[1]

不倫と韓国世論変化編集

2016年末に崔順実の姪と不倫していたことが2016年末に明らかになり、一転韓国世論で強烈なバッシングを受けて離婚の危機に陥った[2]

脚註編集

  1. ^ 中央日報 <ショートトラック>“韓国の英雄”金東聖、米国でコーチ資格剥奪 2012年05月18日16時39分
  2. ^ https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180217-00000006-pseven-spo

外部リンク編集