銅含有亜硝酸還元酵素(どうがんゆうあしょうさんかんげんこうそ、英語: Copper-containing Nitrite Reductase)は補因子としてイオンを含む 異化型亜硝酸還元酵素で、亜硝酸イオン(NO2-)を一酸化窒素(NO)へと一電子還元する反応を触媒する酵素である。Copper-containing Nitrite Reductaseを略してCuNIR(カッパ―エヌアイアール)と呼ばれることが多い。本酵素の構造遺伝子であるnirKは水中や土壌中の窒素酸化物を分子状窒素(N2)へと段階的に還元する脱窒に関わる古細菌真正細菌および一部の菌類に広く存在する[1][2]。脱窒自体は嫌気呼吸の1つであり、nirKを持つ生物の多くは通性嫌気性生物である。脱窒過程の最初の段階である硝酸塩の還元を触媒する硝酸塩還元酵素は多くの生物が有する酵素であるが、次の段階を触媒する異化型の亜硝酸還元酵素を持つ生物は限られており、酸素の少ない環境下では脱窒菌がエネルギー合成上有利なため、このような代謝系が進化してきたものと考えられている。

銅含有亜硝酸還元酵素(CuNIR)の結晶構造(PDBコード:1OE1)

構造

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CuNIRの2つの銅中心のジオメトリー

CuNIRはマルチ銅酸化還元酵素(マルチ銅タンパク質)英語版の1種である。1991年に初めてAchromobacter cycloclastes英語版由来のCuNIRの結晶構造が明らかになって以来、X線結晶構造解析NMRを用いた解析で構造が知られているCuNIRの多くはホモ3量体構造を取り、各モノマーはグリークキーβバレル構造からなる2つのキュプレドキシンドメインによって構成される[3][4]メタノール資化性脱窒菌であるHyphomicrobium denitrificansから単離されたCuNIR(HdNIR)のモノマーは、N末端側にさらにもうひとつのキュプレドキシンドメインが付加した構造をしており、一般的なCuNIRのような3量体構造が2つ向き合った6量体構造を取ることが知られている[5]。このようなドメイン付加型CuNIRは、他の生物にも広く分布していることがゲノム解析によって明らかになっている。例えば類鼻疽菌(Burkholderia pseudomallei)が有するnirK遺伝子は、C末端側にシトクロムcドメインが付加した構造であることが知られている[6]。CuNIRの各モノマーには2つの銅イオンが含まれている。これらの銅イオンはその配位環境の違いから区別され、それぞれタイプ1銅、タイプ2銅と呼ばれている。

タイプ1銅

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構造的・分光学的特徴
タイプ1銅(Type 1 Cu, T1 Cu)は1つのシステインと2つのヒスチジンが平面3配位に近い形で配位し、さらに軸位の方向にメチオニンが4つ目のリガンドとして存在する。タイプ1銅は酸化状態(Cu2+)の紫外可視吸収スペクトルにおいて、システインのπ結合性のp軌道から銅のd軌道への電荷移動遷移(LMCT)に由来する強い吸収を600nm付近に持つため,その溶液は青色を呈し、別名ブルー銅とも呼ばれる[7]。CuNIRの多くはさらに、システインのσ結合性のp軌道から銅のd軌道へのLMCTに由来する吸収も450nm付近に持つため、緑色から青緑色を呈する。タイプ1銅は還元状態(Cu+)ではLMCTが起こらず、溶液は無色になる。また、酸化状態でEPR活性であるが、不対電子がシステイン上に非局在化する傾向が強いため、銅の電子核スピンの相互作用が弱められ、EPRによって測定される超微細結合定数は5-7mT程度と小さい。
機能
タイプ1銅はアズリンシュードアズリンなどのブルー銅タンパク質や、シトクロムc551のようなcヘムタンパク質といった生理的電子供与体から電子を受け取る場であると考えられている[1][8]。タイプ1銅のリガンドであるシステインと、タイプ2銅のリガンドの3つのヒスチジンの1つはアミノ酸配列上隣同士であり、タイプ1銅が受け取った電子はペプチド結合を含む11の共有結合を通して12~13Å離れたタイプ2銅へ伝達されると言われている。

タイプ2銅

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構造的・分光学的特徴
タイプ2銅はサブユニット間に存在する。CuNIR表面からは約8Åの深さに位置し、3つのヒスチジンが配位している。このうち2つのヒスチジンはタイプ1銅のリガンドと同じモノマー内の残基であるが、残りの1つは隣のサブユニットに存在するヒスチジンである。酵素反応が行われないときはさらに軸位から、または水酸化物イオンが配位しており、全体としてはゆがんだ四面体型構造をとっている。タイプ2銅はタイプ1銅と異なり、紫外可視吸収スペクトルにおいて明瞭な吸収帯を持たないが、酸化状態でEPR活性であり、タイプ1銅よりも大きな超微細結合定数(10-20mT)を持つ。
機能
タイプ2銅は、タイプ1銅から伝達された電子を用いて亜硝酸イオンの還元反応が行われる活性中心である。亜硝酸還元反応の際には亜硝酸イオンが軸位に配位している水分子と入れ替わって銅に配位するとされている。活性中心構造が類似したスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)活性も持つとされるがその活性能は低い(SODの半分程度)[9]

推定されている反応メカニズム

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CuNIRが触媒する反応の化学反応式は以下のとおりであり、1つの電子と2つのプロトンが消費され、NO分子と2分子の水が生成する。

 

タイプ2銅に配位している水分子が基質である亜硝酸イオン(プロトン化された亜硝酸イオンと言われている)と入れ替わり、2つの酸素で配位する(窒素も配位結合距離にある構造も知られている)[10][11]。2つの酸素と銅との間の配位結合距離はほぼ等しい。タイプ2銅上部にあるアスパラギン酸が、配位した亜硝酸イオンの酸素原子と水素結合をつくり、この水素が反応に使われる1つ目のプロトン源であると言われている。もう1つのプロトンは、やはりタイプ2銅上部に位置するヒスチジンが関わる水素結合ネットワークであるとされている[12]DFT計算を用いた研究によれば、2つ目のプロトンが供給された時点で自発的に片方のNO結合が開裂し、NOと水が生成するとされる[13]。生成物であるNO結合型CuNIRのX線結晶構造解析から、NOは銅に対して、モデル錯体でよく見られるようなエンドオンではなくサイドオンで結合しているとされる[10][14]

分光学的・結晶構造学的研究によれば、「亜硝酸イオンが銅に配位するとタイプ1銅からタイプ2銅への分子内電子移動が促進されること」、「タイプ2銅が還元状態の時はタイプ1銅からの電子移動が起こらないこと」が示唆されるため、亜硝酸還元反応においては基質の配位と分子内電子移動がこの順に秩序だって起こるとされるが(ordered mechanism)[9][15]、基質の配位より先に分子内電子移動が起こることも可能であるとする研究もあり、すなわち2つのルートが組み合わさって反応が起こる(random sequential mechanism)のだとも言われている[16][17]。近年になって、この分子内電子移動はプロトン移動とカップルして起こることが示唆されている[18]

また、タイプ2銅上部に存在するイソロイシンは多くのCuNIRで保存されており、基質の配向を制御する働きをしていると言われている[19]

分類と進化

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かつては溶液が緑色を呈するCuNIRをgreen NIR、青色を呈するCuNIRをblue NIRとして分類していたが、green NIRとblue NIRの間には大きな構造的違いは見られない。淋菌Neisseria gonorrhoeae)が有するCuNIRホモログであるAniA(アニエー、アニア)の結晶構造解析によって既知のCuNIRと異なる構造のCuNIRが認知されて以来、CuNIRはクラス I CuNIRとクラス II CuNIRに分類される[20]。クラス I CuNIRはクラス II CuNIRに比べ、タワーループと呼ばれるループおよび、2つのキュプレドキシンドメインを繋ぐリンカーループが長いという特徴がある。また、上述のHdNIRのようにさらに別のドメインが付加したCuNIRをクラス III CuNIRと呼ぶ場合もある[21]

CuNIRを含むマルチ銅酸化酵素の進化的起源についてはいくつかの研究があり、提唱されている説によればCuNIRは、ゲノム上の1つのブルー銅タンパク質の構造遺伝子に遺伝子重複が生じ、連続する2つのキュプレドキシンドメインを持ったタンパク質が生まれ、これが3量体を形成するようになり、それと前後して2つのうち片方のキュプレドキシンドメインのタイプ1銅サイトが消失し、新たにサブユニット間にタイプ2銅サイトが形成されるように進化したと考えられている[22]

脚注

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  1. ^ a b Zumft WG. (Dec 1997), “Cell biology and molecular basis of denitrification.”, Cell Mol Life Sci., PMID 9409151 
  2. ^ Kim SW, Fushinobu S, Zhou S, Wakagi T, Shoun H. (May 2009), “Eukaryotic nirK genes encoding copper-containing nitrite reductase: originating from the protomitochondrion?”, Appl Environ Microbiol., doi:10.1128/AEM.02536-08, PMID 19270125 
  3. ^ Adman ET,Murphy ME. (Apr 2006), “Copper Nitrite Reductase”, Handbook of Metalloproteins, doi:10.1002/0470028637.met201 
  4. ^ Godden JW, Turley S, Teller DC, Adman ET, Liu MY, Payne WJ, LeGall J. (Jul 1991), “The 2.3 angstrom X-ray structure of nitrite reductase from Achromobacter cycloclastes.”, Science, doi:10.1126/science.1862344, PMID 1862344 
  5. ^ Nojiri M, Xie Y, Inoue T, Yamamoto T, Matsumura H, Kataoka K, Deligeer, Yamaguchi K, Kai Y, Suzuki S. (Mar 2007), “Structure and function of a hexameric copper-containing nitrite reductase.”, Proc Natl Acad Sci U S A., doi:10.1073/pnas.0609195104, PMID 17360521 
  6. ^ Ellis MJ, Grossmann JG, Eady RR, Hasnain SS. (Nov 2007), “Genomic analysis reveals widespread occurrence of new classes of copper nitrite reductases.”, J Biol Inorg Chem., doi:10.1007/s00775-007-0282-2, PMID 17712582 
  7. ^ Solomon EI. (Oct 2006), “Spectroscopic methods in bioinorganic chemistry: blue to green to red copper sites.”, Inorg Chem., doi:10.1021/ic060450d, PMID 16999398 
  8. ^ Nojiri M, Koteishi H, Nakagami T, Kobayashi K, Inoue T, Yamaguchi K, Suzuki S. (Nov 2009), “Structural basis of inter-protein electron transfer for nitrite reduction in denitrification.”, Nature., doi:10.1038/nature08507, PMID 19890332 
  9. ^ a b Strange RW, Murphy LM, Dodd FE, Abraham ZH, Eady RR, Smith BE, Hasnain SS. (Apr 1999), “Structural and kinetic evidence for an ordered mechanism of copper nitrite reductase.”, J Mol Biol., doi:10.1006/jmbi.1999.2648, PMID 10222206 
  10. ^ a b Tocheva EI, Rosell FI, Mauk AG, Murphy ME. (May 2004), “Side-on copper-nitrosyl coordination by nitrite reductase.”, Science., PMID 15131305 
  11. ^ Antonyuk SV, Strange RW, Sawers G, Eady RR, Hasnain SS. (Aug 2005), “Atomic resolution structures of resting-state, substrate- and product-complexed Cu-nitrite reductase provide insight into catalytic mechanism.”, Proc Natl Acad Sci U S A., doi:10.1073/pnas.0504207102, PMID 16093314 
  12. ^ Suzuki S, Kataoka K, Yamaguchi K (October 2000), “Metal coordination and mechanism of multicopper nitrite reductase”, Acc. Chem. Res. 33 (10): 728–35, PMID 11041837 
  13. ^ Sundararajan M, Hillier IH, Burton NA (May 2007), “Mechanism of nitrite reduction at T2Cu centers: electronic structure calculations of catalysis by copper nitrite reductase and by synthetic model compounds”, J Phys Chem B 111 (19): 5511–7, doi:10.1021/jp066852o, PMID 17455972 
  14. ^ Tocheva EI, Rosell FI, Mauk AG, Murphy ME. (Oct 2007), “Stable copper-nitrosyl formation by nitrite reductase in either oxidation state.”, Biochemistry., doi:10.1021/bi701205j, PMID 17924665 
  15. ^ Hough MA, Antonyuk SV, Strange RW, Eady RR, Hasnain SS. (Apr 2008), “Crystallography with online optical and X-ray absorption spectroscopies demonstrates an ordered mechanism in copper nitrite reductase.”, J Mol Biol., doi:10.1016/j.jmb.2008.01.097, PMID 18353369 
  16. ^ Wijma HJ, Jeuken LJ, Verbeet MP, Armstrong FA, Canters GW. (Jun 2006), “A random-sequential mechanism for nitrite binding and active site reduction in copper-containing nitrite reductase.”, J Biol Chem., doi:10.1074/jbc.M601610200, PMID 16613859 
  17. ^ Goldsmith RH, Tabares LC, Kostrz D, Dennison C, Aartsma TJ, Canters GW, Moerner WE. (Oct 2011), “Redox cycling and kinetic analysis of single molecules of solution-phase nitrite reductase”, Proc Natl Acad Sci U S A., doi:10.1073/pnas.1113572108, PMID 21969548 
  18. ^ Leferink NG, Han C, Antonyuk SV, Heyes DJ, Rigby SE, Hough MA, Eady RR, Scrutton NS, Hasnain SS. (May 2011), “Proton-coupled electron transfer in the catalytic cycle of Alcaligenes xylosoxidans copper-dependent nitrite reductase.”, Biochemistry, doi:10.1021/bi200246f, PMID 21469743 
  19. ^ Boulanger MJ, Murphy ME. (Feb 2003), “Directing the mode of nitrite binding to a copper-containing nitrite reductase from Alcaligenes faecalis S-6: characterization of an active site isoleucine.”, Protein Sci., doi:10.1110/ps.0224503, PMID 12538888 
  20. ^ Boulanger MJ, Murphy ME. (Feb 2003), “Crystal structure of the soluble domain of the major anaerobically induced outer membrane protein (AniA) from pathogenic Neisseria: a new class of copper-containing nitrite reductases.”, J Mol Biol., doi:10.1006/jmbi.2001.5251, PMID 11827480 
  21. ^ Anna C. Merkle and Nicolai Lehnert (2012), “Binding and activation of nitrite and nitric oxide by copper nitrite reductase and corresponding model complexes”, Dalton Trans., doi:10.1039/C1DT11049G, PMID 21918782 
  22. ^ Nakamura K, GO N. (Sep 2005), “Function and molecular evolution of multicopper blue proteins.”, Cell Mol Life Sci., doi:10.1007/s00018-004-5076-x, PMID 16091847