長連起

日本の江戸時代中期の武士。加賀藩士長連安(5代高連の弟)の子で、長家27代当主(加賀八家長氏7代当主)。従五位下大隅守

長 連起(ちょう つらおき、享保17年12月5日1733年1月20日) - 寛政12年10月14日1800年11月30日))は、加賀藩年寄。加賀八家長家第7代当主。

父は先々代長高連の弟長連安。母は佐々木博太夫の娘。養父は長善連。正室は三田村監物の娘。子は長連穀、長連愛、長連郷。幼名小源太。通称右膳、津五郎、三左衛門、九郎左衛門、号は恵迪斎。官位従五位下大隅守。

生涯

編集

享保17年(1732年)12月5日、加賀藩年寄長高連の実弟連安の子として生まれる。宝暦7年(1757年)、宗家善連の末期養子となり、3月6日、家督と3万3000石の知行を相続する。安永3年(1774年)12月、従五位下大隅守に叙任。天明5年(1785年)8月24日、長男連穀が早世したため、翌天明6年(1786年)、次男連愛を継嗣とする。寛政12年(1800年)3月、隠居して嫡男連愛に家督を譲り、恵迪斎と号する。隠居領として2000石を授かった。同年10月14日没。享年69。墓所は金沢市野町開禅寺。

参考文献

編集
  • 「加能郷土辞彙」