メインメニューを開く
この項目に含まれる文字は、オペレーティングシステムブラウザなどの環境により表示が異なります。

関帝廟(かんていびょう)は、関帝関羽関聖帝君・関帝聖君)を祀る孔子を祀る孔子廟(文廟)に対比させて、武廟(ぶびょう)とも呼ぶ場合もある。

目次

概要編集

関帝廟の本殿は中央に関羽を祭り、右側に小説『三国志演義』で養子の関平(史実では実子)、左側に同じく『演義』に登場する配下の武将周倉の二神をそれぞれ祭っている。

関羽は、信義や義侠心に厚い武将として名高くまた『演義』での普浄の逸話などから、民衆によって様々な伝承や信仰が産まれ、信仰を高め、また後の王朝によって神格化されていった。その関羽を祭ったほこらが関帝廟の始まりである。

また、関羽は(塩湖で知られた解県の出身である為)塩の密売に関わっていたという民間伝承があり、義に厚いとされる事から商売の神として祭られた。この事に起因して、そろばんの発明をしたという俗説まで生まれた。そのため世界中に華僑が散らばっていったときに、商売が繁盛する様にとその居住区に関帝廟を立てた。そのため世界中の中華街などで関帝廟を見ることが出来る。

各地の関帝廟編集

中国大陸編集

 
解州関帝廟(中国・山西省)

関羽の出身地である河東・解県(山西省運城市塩湖区解州鎮)にある解州関帝廟は、中国でも規模の大きな関帝廟として知られる。

韓国編集

ベトナム編集

 
ベトナム、キエンザン省ラックザーの関帝廟

ベトナム語では Chùa Quan Đế 関帝)、またはMiếu Quan Đế(廟関帝)と呼ばれ各地に存在する。

マレーシア編集

台湾編集

日本編集

出典編集

関連項目編集

外部リンク編集