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陽炎 (東雲型駆逐艦)

大日本帝国海軍の駆逐艦
IJN Kagero at Kure Taisho 9.jpg
艦歴
計画 1897年度[1]
起工 1898年8月[1]
進水 1899年8月23日[1]
就役 1899年10月31日[1]
その後 1905年12月12日駆逐艦に種別変更[1]
1912年8月28日三等駆逐艦[1]
1922年4月1日雑役船編入、曳船兼交通船指定[1]
除籍 1924年10月8日廃船[1]
性能諸元
排水量 常備:322トン
全長 63.6m
全幅 6.0m
吃水 1.7 m[2]
機関 2軸推進、5,475shp
最大速力 30ノット
航続距離
乗員 58人[3]
兵装 8.0cm単装砲1基
57mm単装砲5基
45cm水上発射管2門

陽炎(かげろう / かげろふ)は、大日本帝国海軍駆逐艦で、東雲型駆逐艦の5番艦である。同名艦に陽炎型駆逐艦の「陽炎」があるため、こちらは「陽炎 (初代)」や「陽炎I」などと表記される。

艦歴編集

発注時の艦名は第九号水雷艇駆逐艇[4]1899年10月31日、イギリスソーニクロフト社で竣工し、水雷艇(駆逐艇)に類別[1]1900年3月14日、佐世保に到着[1]。同年6月22日、軍艦に編入され、駆逐艦に類別[1]

1900年北清事変に参加[1]1904年日露戦争が勃発した際には第2艦隊第5駆逐隊に所属していた[5]旅順口攻撃黄海海戦日本海海戦樺太の戦いなどに参加した[1][5]1905年5月28日、僚艦と協同してロシア駆逐艦のベドーヴイを拿捕し、バルチック艦隊司令長官ロジェストヴェンスキー中将を捕虜とした[1][5]

1914年青島の戦いに参加[1]1922年4月1日、雑役船(曳船兼交通船)に編入。1924年10月8日、廃船認許[1]

艦長編集

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

回航委員長
艦長
  • 桜井吉丸 大尉:1900年6月22日 - 1900年9月25日
  • 堀内権三郎 少佐:1900年9月25日 - 1901年9月10日
  • 武部岸郎 少佐:1901年9月10日 - 1903年4月30日
  • 井手篤行 大尉:1903年4月30日 -
  • 吉川安平 大尉:1905年3月27日 - 1905年12月12日
駆逐艦長
  • 増田幸一 大尉:1905年12月12日 - 1906年8月30日
  • (兼)猪山綱太郎 少佐:1906年8月30日 - 1907年4月27日
  • (兼)横地錠二 大尉:1907年4月27日 - 1907年8月26日
  • 田辺栄次郎 大尉:1907年8月26日 - 1908年5月28日
  • 平田尚信 大尉:1908年5月28日 - 1908年11月20日
  • 松本謙之助 大尉:1908年11月20日 - 1910年3月1日
  • (兼)藤田許太郎 大尉:1910年3月1日 - 1910年12月1日
  • 猿渡真直 大尉:1910年12月1日 - 1911年5月22日
  • 山下正一 大尉:1911年5月22日 - 1911年10月9日
  • 中山鞆信 大尉:1911年10月9日 - 1912年2月1日
  • 米原末男 大尉:1912年2月1日 - 1912年12月1日
  • 丸山半三郎 大尉:1912年12月1日 - 1913年12月1日
  • 田辺栄次郎 少佐:1913年12月1日 - 1914年8月7日
  • 石田正一 大尉:1914年8月7日 - 1915年5月1日[6]
  • 中村有年 大尉:1915年5月1日[6] - 1916年6月1日
  • 河原忠蔵 大尉:1916年6月1日 - 1916年12月1日
  • 今泉美啓 大尉:1916年12月1日 - 1917年8月23日
  • 高橋真十郎 大尉:1917年8月23日 - 1919年2月6日[7]
  • 西村速水 大尉:1919年2月6日[7] - 1919年10月18日[8]
  • 鈴木清 大尉:1919年10月18日 - 1919年12月2日[9]
  • 和田省三 少佐:1919年12月2日 - 1920年6月1日
  • 荒糺 少佐:1920年6月1日 - 1920年12月1日
  • 池田七郎 大尉:1920年12月1日[10] - 1921年11月20日[11]
  • 堀江吉正 大尉:1921年11月20日[11] - 1921年12月1日[12]
  • (兼)宮崎平 大尉:1921年12月1日[12] -

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『日本海軍史』第7巻、286頁。
  2. ^ 『日本海軍史』第7巻、182頁。
  3. ^ 『写真日本海軍全艦艇史』資料編「主要艦艇要目表」51頁。
  4. ^ 『官報』第4550号、明治31年8月29日。
  5. ^ a b c 『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、403-404頁。
  6. ^ a b 海軍辞令公報 大正4年5月』 アジア歴史資料センター Ref.C13072071200 
  7. ^ a b 『官報』第1953号、大正8年2月7日。
  8. ^ 『官報』第2163号、大正8年10月20日。
  9. ^ 『官報』第2200号、大正8年12月3日。
  10. ^ 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
  11. ^ a b 『官報』第2793号、大正10年11月22日。
  12. ^ a b 『官報』第2801号、大正10年12月2日。

参考文献編集

  • 『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo Collection』資料編、KKベストセラーズ、1994年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、光人社、2003年。

関連項目編集