インスリン様成長因子結合タンパク質7

IGFBP7から転送)

インスリン様成長因子結合タンパク質7(インスリンようせいちょういんしけつごうタンパクしつ7、: insulin-like growth factor-binding protein 7、IGF結合タンパク質7、IGFBP-7)は、ヒトではIGFBP7遺伝子にコードされるタンパク質である[5][6][7]。このタンパク質の主要な機能は、組織内で利用可能なインスリン様成長因子(IGF)の量の調節と、IGFの受容体への結合の調節である。IGFBP-7はIGFに低い親和性で結合する[7][8]。IGFBP-7はIGF-1受容体に結合し、その活性化を防ぐことも報告されている[9]。また、IGFBP-7は細胞接着も刺激する。一部のがんへの関与も示唆されている[10]

IGFBP7
識別子
記号IGFBP7, AGM, FSTL2, IBP-7, IGFBP-7, IGFBP-7v, IGFBPRP1, MAC25, PSF, RAMSVPS, TAF, insulin like growth factor binding protein 7
外部IDOMIM: 602867 MGI: 1352480 HomoloGene: 1193 GeneCards: IGFBP7
遺伝子の位置 (ヒト)
4番染色体 (ヒト)
染色体4番染色体 (ヒト)[1]
4番染色体 (ヒト)
IGFBP7遺伝子の位置
IGFBP7遺伝子の位置
バンドデータ無し開始点57,030,773 bp[1]
終点57,110,385 bp[1]
遺伝子の位置 (マウス)
5番染色体 (マウス)
染色体5番染色体 (マウス)[2]
5番染色体 (マウス)
IGFBP7遺伝子の位置
IGFBP7遺伝子の位置
バンドデータ無し開始点77,497,087 bp[2]
終点77,555,888 bp[2]
RNA発現パターン


さらなる参照発現データ
遺伝子オントロジー
分子機能 血漿タンパク結合
growth factor binding
insulin-like growth factor binding
extracellular matrix structural constituent
細胞の構成要素 細胞外マトリックス
エキソソーム
細胞外空間
endoplasmic reticulum lumen
細胞外領域
collagen-containing extracellular matrix
生物学的プロセス regulation of cell growth
negative regulation of cell population proliferation
細胞接着
response to retinoic acid
cellular response to hormone stimulus
regulation of steroid biosynthetic process
response to heat
embryo implantation
有機環状化合物への反応
response to cortisol
翻訳後修飾
出典:Amigo / QuickGO
オルソログ
ヒトマウス
Entrez
Ensembl
UniProt
RefSeq
(mRNA)

NM_001553
NM_001253835

NM_001159518
NM_008048

RefSeq
(タンパク質)

NP_001240764
NP_001544

NP_001152990
NP_032074

場所
(UCSC)
Chr 4: 57.03 – 57.11 MbChr 4: 77.5 – 77.56 Mb
PubMed検索[3][4]
ウィキデータ
閲覧/編集 ヒト閲覧/編集 マウス

相互作用 編集

IGFBP7は、IGF-1[8][11]VPS24英語版[12]と相互作用することが示されている。

RNA編集 編集

IGFBP-7のpre-mRNARNA編集を受ける。2つの編集部位は、以前はSNPとしてdbSNP英語版に登録されていた[13]

編集の種類 編集

アデノシン(A)からイノシン(I)へのRNA編集はADARファミリーによって触媒される。ADARはpre-mRNAの二本鎖領域内のアデノシンを特異的に認識し、イノシンへ脱アミノ化する。イノシンは細胞の翻訳装置によってグアノシン(G)として認識される。ADARファミリーには3つのメンバーが存在し、ADAR1とADAR2英語版のみが構成活性を持つメンバーである。ADAR3英語版は脳で調節的役割を担うと考えられている。ADAR1とADAR2はさまざまな組織で広く発現しているが、ADAR3は脳に限定されている。RNAの二本鎖領域は、編集部位近傍の残基と、通常は隣接するイントロンにある残基との間での塩基対形成によって形成されるが、エクソン配列である場合もある。編集領域と塩基対を形成する領域は、ECS(editing complementary sequence)と呼ばれる。編集酵素の発現スペクトルから、IGFBP7のpre-mRNAはADAR1の基質になっていると考えられている[14]

編集部位 編集

IGFBP-7のpre-mRNAは2か所で編集が行われる。これらの編集部位はIGFドメイン内に位置する。編集によって、最終的なタンパク質の78番目のアミノ酸がアルギニン(R)からグリシン(G)へ(R/G部位)、95番目のアミノ酸がリジン(K)からアルギニンへ(K/R部位)、それぞれ置換される。

ECSは編集部位の約200塩基上流のコーディング領域内に位置する。ECSは140塩基対の二本鎖構造を形成する[13]。これら2つの編集は、同じ組織試料のcDNAゲノムDNAを分析することで、RNA編集によるものであることが実験的に確認されている[10]。興味深いことに、このRNAは対合にイントロン配列を必要としないため、理論上は成熟後のmRNAでも編集が起こり続けている可能性がある。3番目の編集部位候補が存在していたが、配列解析ではRNA編集の証拠は得られなかった。これは、RNA編集過程が組織特異的であるか、または編集が低頻度で行われていることを示している可能性もある。他の可能性としては、これらの編集が特定のゲノム多型と関連していることが考えられる[10]。また、この編集部位はアンチセンス転写産物と重複しており、これが二本鎖RNA構造を形成してADARの基質となっている可能性もある[13]

編集の調節 編集

編集は広範囲の組織で観察されている。95番目のアミノ酸のK/R部位での編集は、ヒトの脳では非常に高い頻度で生じている[10]

編集の影響 編集

構造 編集

未編集転写産物から合成されるタンパク質では、78番のアミノ酸であるアルギニンに近接してバリン49番が存在する。このバリンはIGF-1のフェニルアラニン疎水性相互作用を行う重要な残基である。編集によるグリシンへの置換によって、ループのコンフォメーション変化につながる柔軟性がもたらされ、複合体を安定化する疎水性相互作用が破壊されると考えられている。未編集転写産物から合成されるタンパク質では98番のアミノ酸はリジンである。この残基はIGF-1のグルタミン酸38番の側鎖の両親媒性部分と非特異的な相互作用を行う。編集後転写産物から合成されるタンパク質ではこの部位はアルギニンとなっている。アルギニンの長い側鎖では、こうした弱い相互作用を維持することができないと考えられている[13]

機能 編集

編集領域にはヘパリン結合部位が存在し、この領域はタンパク質分解のための認識配列の一部でもある。ヘパリンの結合はタンパク質の細胞への結合と細胞接着機能を阻害する[15]。97番のアミノ酸での切断はヘパリンの結合を低下させるとともに、タンパク質の成長促進活性も調節する[11]。編集部位はこの推定ヘパリン結合領域内に存在するため、編集によってヘパリン結合とタンパク質分解の切断に影響が生じ、その結果として下流で他の影響を及ぼしている可能性がある。このタンパク質はアポトーシス、細胞成長や血管新生の調節に関与していることから、編集はこれらの過程に影響を与えると考えられる[10]

学習と記憶における機能 編集

ある研究では、恐怖消去学習によって誘発されるIGF2/IGFBP7シグナルが生後17~19日目の新生マウスの海馬神経細胞の生存を促進することが明らかにされている。このことは、PTSDなどの過剰な恐怖記憶に関連する疾患の治療にはIGF2シグナルと成体神経発生を強化する治療戦略が適していることを示唆している[16]。同グループは、アルツハイマー病ではIGFBP7レベルが上昇しており、これがDNAのメチル化を介して調節されていることを発見した。野生型マウスでのIGFBP7レベルの上昇は記憶障害を引き起こし、またアルツハイマー病様の記憶障害を発症したマウスでIGFBP7の機能を遮断すると記憶機能が回復する。これらのデータは、IGFBP7が記憶固定の重要な調節因子であることを示唆しており、アルツハイマー病のバイオマーカーとして利用できる可能性がある。また、IGFBP7の標的化はアルツハイマー病患者の治療の新たな手段となる可能性がある[17]

出典 編集

  1. ^ a b c GRCh38: Ensembl release 89: ENSG00000163453 - Ensembl, May 2017
  2. ^ a b c GRCm38: Ensembl release 89: ENSMUSG00000036256 - Ensembl, May 2017
  3. ^ Human PubMed Reference:
  4. ^ Mouse PubMed Reference:
  5. ^ “Identification and characterization of genes differentially expressed in meningiomas”. Cell Growth Differ 4 (9): 715–22. (Dec 1993). PMID 7694637. 
  6. ^ “Purification and molecular cloning of prostacyclin-stimulating factor from serum-free conditioned medium of human diploid fibroblast cells”. Biochem J 303 (2): 591–8. (Nov 1994). doi:10.1042/bj3030591. PMC 1137368. PMID 7980422. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1137368/. 
  7. ^ a b Entrez Gene: IGFBP7 insulin-like growth factor binding protein 7”. 2021年9月23日閲覧。
  8. ^ a b “Synthesis and characterization of insulin-like growth factor-binding protein (IGFBP)-7. Recombinant human mac25 protein specifically binds IGF-I and -II”. J. Biol. Chem. 271 (48): 30322–5. (November 1996). doi:10.1074/jbc.271.48.30322. PMID 8939990. 
  9. ^ Evdokimova, Valentina; Tognon, Cristina E.; Benatar, Tania; Yang, Wenyi; Krutikov, Konstantin; Pollak, Michael; Sorensen, Poul H. B.; Seth, Arun (2012-12-18). “IGFBP7 binds to the IGF-1 receptor and blocks its activation by insulin-like growth factors”. Science Signaling 5 (255): ra92. doi:10.1126/scisignal.2003184. ISSN 1937-9145. PMID 23250396. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23250396. 
  10. ^ a b c d e “Screening of human SNP database identifies recoding sites of A-to-I RNA editing”. RNA 14 (10): 2074–85. (October 2008). doi:10.1261/rna.816908. PMC 2553741. PMID 18772245. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2553741/. 
  11. ^ a b “Proteolytic processing of IGFBP-related protein-1 (TAF/angiomodulin/mac25) modulates its biological activity”. Biochem. Biophys. Res. Commun. 310 (2): 612–8. (October 2003). doi:10.1016/j.bbrc.2003.09.058. PMID 14521955. 
  12. ^ “Interaction of IGF-binding protein-related protein 1 with a novel protein, neuroendocrine differentiation factor, results in neuroendocrine differentiation of prostate cancer cells”. J. Clin. Endocrinol. Metab. 86 (9): 4504–11. (September 2001). doi:10.1210/jc.86.9.4504. PMID 11549700. 
  13. ^ a b c d “Evolutionarily conserved human targets of adenosine to inosine RNA editing”. Nucleic Acids Res. 33 (4): 1162–8. (2005). arXiv:q-bio/0502045. Bibcode2005q.bio.....2045L. doi:10.1093/nar/gki239. PMC 549564. PMID 15731336. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC549564/. 
  14. ^ “Liver disintegration in the mouse embryo caused by deficiency in the RNA-editing enzyme ADAR1”. J. Biol. Chem. 279 (6): 4894–902. (February 2004). doi:10.1074/jbc.M311347200. PMID 14615479. 
  15. ^ “Structural requirements of heparan sulfate for the binding to the tumor-derived adhesion factor/angiomodulin that induces cord-like structures to ECV-304 human carcinoma cells”. J. Biol. Chem. 275 (20): 15321–9. (May 2000). doi:10.1074/jbc.275.20.15321. PMID 10809767. 
  16. ^ “A hippocampal insulin-growth factor 2 pathway regulates the extinction of fear memories”. EMBO J 30 (19): 4071–83. (August 2011). doi:10.1038/emboj.2011.293. PMC 3209781. PMID 21873981. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3209781/. 
  17. ^ “Insulin growth factor binding protein 7 is a novel target to treat dementia”. Neurobiol Dis 62: 135–43. (2013). doi:10.1016/j.nbd.2013.09.011. PMID 24075854. 

関連文献Further reading 編集