Wikipedia‐ノート:方針とガイドライン

アクティブな議論

「should」と「べき」という訳について編集

英文テキストの「should」の多くが「べき」と訳されているようですが、日本語の「べき」には強い強要を伴う言葉として「ねばならない」(must)とほぼ同じ、「義務」という語感・意味があり、「義務」として解釈されてしまわれているように思われます。一部の翻訳では「推奨」という言葉が使われ、shouldが持つ「弱い強要」の翻訳的にはむしろこちらの方がいいような気がしますが、皆さんのお考えはいかがでしょうか。たとえば、日本語「方針」の冒頭注意、

この文書はウィキペディア日本語版の方針です。多くの利用者に支持されており、すべての利用者が従う べき だと考えられています。必要に応じて編集することは可能ですが、その変更はコミュニティーの合意を反映している 必要があります

は、多分英文の、

This page documents an English Wikipedia policy, a widely accepted standard that all editors should normally follow. Changes made to it should reflect consensus.

に由来すると思うのですが、意味的には「…ということが望まれています」ではないでしょうか。 また別の日本語「ガイドライン」の冒頭注意ではこうあります。

多くの利用者が基本的に同意しており、従うことが推奨されますが、方針ではありません。必要に応じて編集することは可能ですが、大きな変更を加える場合は、先にノートページで提案してください。

これは、多分英文の、

It is a generally accepted standard that editors should attempt to follow, though it is best treated with common sense, and occasional exceptions may apply.

だと思うんですが、これはその訳でいいのか少し自信がありません。

要するに、「should」を「べき」に対応翻訳していいかという疑問を感じたのですが、そのようなことはこのノートに書いてもいいのでしょうか。--以上の署名の無いコメントは、砂手紙会話投稿記録)さんが 2016年10月14日 (金) 12:26 (UTC) に投稿したものです(Yapparina会話)による付記)。

  • 文脈次第ですし、基本的な方針群はともかく、それ以外の文書であれば基が英語版であったとしても、ウィキペディア日本語版でどのような取り決めにしたいのかということを重視した方がいいでしょう。
    なお、参考情報ではIETFのRFCでは、mustなどの意味の取り決めとしてRFC 2119「Key words for use in RFCs to Indicate Requirement Levels」というものがあります。これには《SHOULD This word, or the adjective "RECOMMENDED", mean that there may exist valid reasons in particular circumstances to ignore a particular item, but the full implications must be understood and carefully weighed before choosing a different course.》とあります。もちろん解釈をこれに揃える必要はありませんが、日本語表現の意味が気になるのであれば、RFC 2119のように方針系文書での表現の意味を規定するという手はあります。まあ、無駄な手間だと思いますけど。--iwaim会話) 2017年6月17日 (土) 15:04 (UTC)

流れを無視して書きますと、 まず、日本語の「べき」には強要を伴う語感は基本的に有りません。(「規則に準ずるべき」と言う場合は、その基準に従わなねばならないニュアンスがありますが、)基本的に「べき」≒SHOUDであり、「義務」と解釈することは正常な神経ならあり得ないことです。 「ねばならない。」ならばある基準において義務と解釈できますが、しかしこれも状況によっては避けようのないものというニュアンスがありどの状況でも義務を意味するわけではないです。厳密な意味での義務は 「〇〇は義務である」と明示した時だけと思います。

  1. 関係ないがTEXTAREAが三行しかないので凄く編集し辛いです… Hihifuru会話) 2020年10月13日 (火) 04:08 (UTC)

位置づけ節の改訳提案編集

現在の位置づけ節の説明文は2010年2月の編集で英語版当時の版を翻訳した文を元にしていますが、方針とガイドラインで「should」の訳語が「べき」と「推奨される」で異なる事により、義務レベル(強制力のレベル)が意味的に違うものとの誤解を招きやすい為、節内のshouldの訳語統一および義務レベルの明瞭化を図った改訳を提案します。

現状に対する所見 : 既存の翻訳文は次のようになっています。
Policies have wide acceptance among editors and describe standards that all users should normally follow.
→ 多くの利用者に支持されており、すべての利用者が従うべきものと考えられている基準です。 — 方針より抜粋
Guidelines are sets of best practices that are supported by consensus. Editors should attempt to follow guidelines, though they are best treated with common sense, and occasional exceptions may apply.
→(2010-2-9 初期版) 多くの利用者に支持されている、最善の慣行(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインに従うよう推奨されます。必要に応じてその基準を適用しなくても構いませんが、そうするには好き勝手にではなく常識に基づいて判断してください。
→(2010-2-11版) 多くの利用者に支持されている、最善の慣行(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインに従うよう推奨されます。個別の事情に応じて例外を適用することはできますが、そうするには好き勝手にではなく最大限常識に基づいて判断してください。
→(2010-2-27版) 多くの利用者に支持されている、最善の慣行(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインに従うよう推奨されますが、それについては常識に基づいて判断し、個別の事情に応じて例外を適用してもかまいません。
→(2011-1-18 至現行版)多くの利用者に支持されている、最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインに従うよう推奨されますが、それについては常識に基づいて判断し、個別の事情に応じて例外を適用してもかまいません。 — ガイドラインより抜粋
 この文脈で「should」が意味している内容は、このノートの一つ前の節で言及されているRFC 2119のような意味に相違ないと思います。つまり、「個別の状況によってはその事項を無視する正当な理由があるかもしれないが、無視するという選択にあたっては、その事項の示唆する所を十分理解し注意深くよく考えた上でしなければならない(must)」という意味。簡潔に要約すれば「should」=「絶対じゃないけど例外の適用はよくよく考えて」、「must」=「絶対事項、例外は認めない」という意味であって、具体的に何を表現しているかと言えば、方針とガイドラインに共通するshouldな性質、つまり「ルールすべてを無視しなさい」や「規則主義ではありません」に示される内容、すなわち「百科事典を作るという共通の大目的の方が大事なんだから、その為の手段に縛られないで」「本末転倒に考えないで」というような趣旨での例外の可能性が表現されたものと考えられます。従ってこの場合の訳語はどちらも同一にするのが妥当と思われます。
 それでは方針とガイドラインの違いはどう表現されているかというと、shouldの係る内容の違い、「normally follow(順当に従う)」と「attempt to follow(従おうと試みる)」という違いで表現されています。どちらも義務的意味があり、どちらも例外がありうる事はかわりないけれど、方針の方はほぼほぼ順当に従って間違いがない、例外が少ない。ガイドラインの方はとりあえず適用してみようとやってみなさい、例外も割とあり得る。というような例外の可能性に差がありますよと、従う上での心構えの差の説明になっていると思います。義務レベルはおなじだがやる内容が違うとも言えます。
 現状の翻訳は同じ「従う」という行為に「べき」と「推奨される」で表現が分けられており、日本語の「推奨」には意味論的な意味(文脈によらない辞書的な意味=褒めて勧める事)では「義務」の要素が無い為、前者には従う義務があるが、後者はあくまでお薦めに過ぎず従うかどうかは自由に各自が判断出来るとの誤解を生みやすくなっています。それでも初期の頃は、見出し語が「考慮すべきガイドライン」となっており義務の意味合いを汲み取れたのですが、2011-1-27の編集で記事名の改名に伴って単に「ガイドライン」という見出しに改められて以降、文面からは義務の要素を認識しづらくなっています。(見出し語の変更経緯はノートに議論の記録あります)
考慮事項 :
  • 前提 … 日本語版の執筆と議論の経緯から判断して現行の「位置づけ」節の内容は、英語版から内容を変えずに翻訳されたものであり、英語版と同一の意味内容として合意を得ているものと考えています。今回の改訳は現行版の意味内容を変えずに日本語として曖昧さをなくすという趣旨です。翻訳から離れて内容自体を検討する場合はまた別の議論でお願い致します。
  • 英語版での議論 … 翻訳元の英語文章は、2009年に英語版ノートで検討されたもののようです。
  • SHOULD … このノートの直前の節でも言及されていますが、「should」には「推奨」を意味する場合もあって、よく見落としやすい知識として紹介されていたりします(参考1参考2)。しかし、「should」の義務的な意味が常に、実は日本語で言う「推奨される」程度の意味しかないわけではない事に注意が必要です。プログレッシブ英和中辞典-should2(2)によれば、2人称主語で助言・推奨の意味とされています。例文:You really should go to Italy, it's a fascinating country.ぜひイタリアに行くべきだよ. 魅力的な国だから(同辞典例文より)。ニュアンスとしては、「是非ともおすすめ(きっと気にいるはず)」「絶対やったほうが良いよ(多分、当然に満足する事になるはず)」「マストアイテムだよ!(例外なくと言って過言でないくらい間違いないから試してみて)」というような、「当然」というニュアンスを含んだ「推奨」の意味と理解するべきではないかと思います。『Cambridge Advanced Learner's Dictionary(2nd edition)』でも一番最初の用法はshould (DUTY)、次いでshould (PROBABLE)、should (POSSIBILITY) と続きます。
  • べき … 複数の国語辞典(デジタル大辞泉、大辞林)において「べき」の一番目の意味は「当然」です[1][2]。デジタル大辞泉では次いで、「適当・妥当」、「可能」、「勧誘・命令」、「義務」、「推量・予想」と続きます。もちろんニュアンスが「should」と完全に一致するわけではないですが、かなり広範に様々な文脈、用法で重なる日本語である事は間違いないでしょう。
  • RECOMMENDED … 『Cambridge Advanced Learner's Dictionary(2nd edition)』によれば「recommend」の最初の意味は「to suggest that someone or something would be good or suitable for a particular job or purpose, or to suggest that a particular action should be done」です。純粋に「良いと提案する」意味もありますが、「当然」や「義務」に近いニュアンスも元々あります。
  • 推奨 … 文脈によって、例えば「(頭に銃を突きつけて)動かないことをご推奨しますよ、マダム」のようにかなり婉曲的に妥当・当然・義務に近いニュアンスで使われる事もあり得ますが、意味論的(辞書的な意味)には「よいものと褒めて勧める」意味しかありません。

個人的には英語ネイティブのニュアンス感覚などに詳しいわけではないので、議論の余地がある部分などございましたらご指摘のほど宜しくお願い致します。--hal* 2019年3月25日 (月) 15:11 (UTC)

改訳文案編集

 一案として、下記の通り改訳文を提案します。

Policies have wide acceptance among editors and describe standards that all users should normally follow.
→ 編集者に広く承認されている、全ての利用者が通常従うべき基準です。
Guidelines are sets of best practices that are supported by consensus. Editors should attempt to follow guidelines, though they are best treated with common sense, and occasional exceptions may apply.
→ 合意に支えられた最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインの適用を試みるべきです。ただし、常識的に十分考慮した上で、場合によっては例外を適用して構いません。

 配慮した点 … 方針とガイドラインでshouldの訳語を「べき」で統一し義務レベルおよび義務内容を明瞭化した。users と editors を区別した。acceptance と consensus を区別した。記事本文「内容」節「文章が明快である。」に準じて「ものと考えられている」という婉曲表現を避けた。attempt to follow は「準用」や「従うこと」ではなく平易さを優先し「適用を試みる」とした。best treated を「十分考慮」と訳した。, and を「上で、」と訳した。occasional を「場合によって」とし、助詞「は」で偶発性を表した。
 文案においては初期のKurz氏の推敲と、直前の節の議論が大変参考になりました。感謝致します。--hal* 2019年3月25日 (月) 15:11 (UTC)/上記文案改訂[editors:執筆者→編集者]--hal* 2019年3月29日 (金) 08:04 (UTC)

they are best treated with common sense, and のところはいくぶんニュアンスが異なるのではないでしょうか。ご提示の案の「常識的に十分考慮した上で、」という訳だと「例外の適用に際しては常識的に考慮すべきである」というふうに読めますが、原文に書いてあるのは「ガイドラインの適用は常識を持って行うのが最善である」という意味であり、ガイドライン全般に当てはまる規定であるように思います。--Ryota7906会話) 2019年3月29日 (金) 09:33 (UTC)
  ニュアンスと云うか、結局は事例ごとになるのですが、shouldにこだわるなら、mayも「構いません」はなんかOK度が強すぎるようには思います。なんだか、「構いませんって書いてある」と独断でOKが認められる感じ。occasionalとセットであることを思うと「ときには・・・許容されうる」「場合もある」ぐらいで、OKかどうかは他者の判断に委ねられるよ、というくらいが無難かなーと思います。--柒月例祭会話) 2019年3月29日 (金) 14:02 (UTC)
確かに最初の提案文だと、適用できないかと試みた結果、常識的に考えれば不適当と思われる場合でもそのまま適用してしまうケースが普通にあり得ますね。一方で「ガイドラインの適用を試みる」それ自体をする前に個々人の常識で判断してその試みをスキップしてしまっても駄目で、通常(normally)、少なくともガイドラインの内容を把握して適用できないかと考慮する一定の努力(attempt)が要求されているわけで。どうしましょう。要するにdのように表現した方が、主旨的に誤解が生まれなさそうですかね。
Guidelines are sets of best practices that are supported by consensus. Editors should attempt to follow guidelines, though they are best treated with common sense, and occasional exceptions may apply.
→ b.合意に支えられた最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインの適用を試みるべきですが、実際に適用するのが良いかは常識的に判断しましょう。場合によっては例外を適用して構いません。
→ c.合意に支えられた最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインの適用を試みるべきですが、適用するにあたっては常識的に判断しましょう。そのままではうまく適用できない場合、例外を適用しても構いません。
→ d.合意に支えられた最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインの適用を試みるべきです。常識的にそのガイドラインを当てはめるのが適当でないと判断される場合、例外を適用しても構いません。
--hal* 2019年3月29日 (金) 14:41 (UTC)
追記で、㭍月さんのご意見に関してですが、個人の主観的独断では駄目だけど常識的な観点でガイドラインを考慮した時、客観的にうまくいかないと思われる時は、実際独断で例外を適用して構わないというのが原文の主旨だと思うんですよね。ベストプラクティスと言ってもあらゆるケースが想定しつくされているわけではないという事で。その意味で「適用すべき」ではなく「試みるべき」になっているだろうと。一方 they are best treated の they はガイドラインのはずですから、対処する問題に対して直接(ガイドライン無しに)常識を持って扱うのが最も適切だと説明されているわけではない。そこで「構わない」場合を具体的に限定する事で明瞭にしたのがd案です。--hal* 2019年3月30日 (土) 01:49 (UTC)
  返信 「構わない」としてしまうと、「最終結論としてOKだ」というふうになってしまうと思うんですよ。「自分は常識で考えて例外を適用できると判断した。そうしても構わないのだから誰からの文句も受け付けない」的な。それよりは、「許容される」「ありうる」みたいな言い回しのほうが、「みんながどう思うか次第ですよ」感があると思うのです。
まあ、実情からいって、いまさらここを修正しないとうまくいかない問題が顕在化している、とは思わないので、そんなに原文訳文にこだわらなくても今のままでいいんじゃないかなー、とも思います。--柒月例祭会話) 2019年3月30日 (土) 02:46 (UTC)
うーん、d案であれば、常識的にそのガイドラインを当てはめるのが適当でないと判断される限りにおいては例外を適用できますし、それ自体については誰かが文句を言うべきではないというのが基本原則から導かれていると思うんですよね。何でも事前に合意を取り付けなくてはいけないとなると記事の発展が難しくなるし結果的に間違いであったとしてもやり直せるのだから、常識=異論がないだろうと思われる事柄についてまで編集をためらわないでほしいという趣旨は、原則・方針も含めて全体に通底してますよね。一方、ガイドラインの適用が適切かどうか考えもせず、例外が適用できると判断した場合は「構わない場合」ではないのだから、大いに構われる事になります。今のままだと、「べき」事は何もなく例外を適用しても構わないとも読めてしまいますから、むしろご懸念の状態になり易いと思いますが…。今ひとつご指摘のポイントが理解できていないかも知れません--hal* 2019年3月30日 (土) 03:56 (UTC)
 追記ですが、柒月例祭さんの一連の主張について、文面から初心者の方かと思って丁寧に説得を試みていたのですが、初心者ではなく管理者の方と気づきました。という事で率直に言うと、正直誠実さを感じません。特に改定案の「構わない」という表現は問題が潜在している事を理由に否定するものの、「構わない」という表現を含む現状は問題が顕在化していない事を理由に肯定し、全体の改訂の必要なしと結論づけている点は矛盾も甚だしく、私としてはこれを真摯な意見のひとつと認めません(暫定)。その他の根拠は全て主観的印象の繰り返しですし。必要であれば第三者に判断してもらう方向にしようと思います。じゃないといたずらに疲弊して記事の方に手が回らなくなりますので。--hal* 2019年3月30日 (土) 13:55 (UTC)

下記の通り改定しました。

Policies have wide acceptance among editors and describe standards that all users should normally follow.
→ 編集者に広く承認されている、全ての利用者が通常従うべき基準です。
Guidelines are sets of best practices that are supported by consensus. Editors should attempt to follow guidelines, though they are best treated with common sense, and occasional exceptions may apply.
→ 合意に支えられた最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインの適用を試みるべきです。常識的にそのガイドラインを当てはめるのが適当でないと判断される場合、例外を適用しても構いません。

Ryota7906さんより指摘のあった they are best treated with common sense, and のニュアンスについては熟慮しましたが、「適用を試みるべきなんだけどその際は常識をもって取り扱われるのが最適だ」というのは、やはり「試みる際」に適用しない/出来ない場合(=例外)がある事を前提とした但し書きでありましょう。そして「そう多くはない例外」を適用して良いのは、試みに対して or ではなく and の関係、試みた上での例外ですよという事が誤解されないようにという事でこの表現にしました。--hal* 2019年4月7日 (日) 06:59 (UTC) 下記の通り改定しました。

追記:柒月例祭さんの独断により差し戻されてしまいましたが、差し戻しについては別途対処するとして、「しても構いません」の「も」は削除しなければいけませんでした。常識的に適用出来ない場合に例外を適用しなくても良いというニュアンスが強くなってしまうと、Ryota7906さん指摘の「常識的に扱うのが最適」という但し書きの意味が弱くなりバランスが悪くなると考えられます。㭍月例祭さんからの一連の暴論でうっかり惑わされてしまいました。その後本人から申し開きもないので㭍月例祭さんの主張については、完全に考慮外とします。--hal* 2019年4月7日 (日) 07:22 (UTC)

  報告 差し戻しました。

  • WP:CONLIMITED「方針とガイドラインに関する場合、他のページ以上に関与と合意に高い基準が期待されます。」
  • 賛成意見ゼロ、慎重意見だけという状況のもとで、重要な文書を独断で他者の意見を退けて編集強行するのは感心しません。--柒月例祭会話) 2019年4月7日 (日) 07:02 (UTC)

  報告 ご納得いただけていないようなので、第三者のコメントを募るためWikipedia:コメント依頼/Hal*を提出しました。--柒月例祭会話) 2019年4月7日 (日) 07:52 (UTC)

管理者(または管理者互助会)からの翻訳妨害について編集

以下、差し戻し&コメント依頼と同時に管理者ぱたごん氏からのブロックを受け投稿出来なかった文章。

  • 編集要件について方針に「修正するには、(必須というわけではありませんが)修正する前にまずノートページで提案してください。」とある通り、今回の方針内容の変更を伴わない翻訳文の修正は、合意や告知が本来必須ではありません。実際、提案時に示した通り従前の翻訳文と改訂文のほとんどは議論および告知なく編集されたものです。「議論と、コミュニティ全体での高いレベルの合意が必要です(Wikipedia:合意形成も参照)。」というのは「新しい方針の提案」に必要な要件であり、勝手な解釈で記事の修正を妨害しないで下さい。方針を尊重して下さい。
  • 議論の評価について:賛成意見ゼロ、慎重意見のみという評価は客観的根拠がなく事実無根です。Wikipedia:合意形成#合意のレベルに「コミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ、沈黙を同意とみなすことができます。 」とある通り、十分な告知(プロジェクトコメント依頼)後の沈黙は「慎重意見」でも「コミュニティにおいて賛成がない」でもありません。また、Ryota7906さんからの的確な助言内容に私は同意し、議論によって改訂文はさらに改良されています。コミュニティの合意内容を主観的に独断で評価して決めつけるべきでなく、評価するのであれば客観的根拠が必要でしょう。
  • 柒月例祭さんの投稿および差し戻しについて:「慎重意見」というのは㭍月例祭さんご自身の投稿の事かと思われますが、指摘[3]した通り、論理的に矛盾しており客観的に意見内容を把握する事が不可能です。私としては編集妨害を目的とした投稿かとも考えましたが、そこは善意にとって、御本人からの説明を待ちました。しかしその後も説明が放棄されている為、本人以外内容を理解する事が不可能な文章です。今回の差し戻しと「慎重意見」という御本人の説明によって、それが編集を慎重に考えている事を意味していた事が明らかとなったものの、依然として何をどう慎重に考えてるのか、改訂に反対なのか賛成なのか不明です。一応、方針を誤解しているかも知れないと善意にとり24時間ほど説明を待ちますが、それ以降はやはり破壊的行動を意図したものとして対処できればと思います。ただ、暇と労力に限りがある為、どなたか他の方に進めて頂けると助かります。いずれにしてもコミュニティーの合意による改善が明らかに阻害されている現状を憂慮します。--hal* 2019年4月7日 (日) 10:47 (UTC)

追記、柒月例祭氏の独断による差し戻し後、Wikipedia:コメント依頼/Hal*の提出、および差し戻しと同じ理由による私への3日間ブロック処分(参照)、および3日間ブロック期間中に私が提案を取り下げなければブロック継続するという無茶な要求[4]がなされました。短時間での事である為、柒月例祭氏、ぱたごん氏、Rienzi氏、 Sho.miz氏が連動して方針翻訳文の訂正を腕ずくで阻止している事は明らかでしょう。Wikipedia:コメント依頼/Hal*では、フォーラムショッピング(参照)が行われた他、「管理者互助会」の隠蔽を目的としたとみられる誹謗中傷[5]およびめんどくさい人物だから云々という個人攻撃[6]がなされました。「管理者互助会」なる存在を私は知りませんでしたが、指摘された訳でもないのに「管理者の連携による不正推進の事実」はないと自ら否定する発言[7]を繰り返しているという事は、実際にあるのでしょう。実際、10年前に私が「論争当事者間で解決済み案件に対する独善的保護」の件を指摘した管理者Bellcricket氏までもが登場して10年前の非難などもしている為、かなり多くの管理者を含んだグループが関与していると想定されます。という事で最早訳出の訂正に私から協力出来る事はありません。--hal* 2019年4月13日 (土) 11:20 (UTC)

まとめ編集

いずれにしても、当該条項は英文の翻訳としてコミュニティーに合意されてきたものであり、翻訳の整合性については十分検証されないまま見出しの変更等に伴い、期せずして誤訳のような形となり現在に至っているものでした。今回「should attempt to follow」に対して意図的に原文を無視して「従うよう推奨されます」という誤訳が選択された事は非常に残念です。議論に参加せず個人攻撃に終止した管理者達にとって、ガイドラインが「適用を試みるべきもの」である事が明白に翻訳されてしまうと不都合があるという事でしょう。--hal* 2019年4月13日 (土) 11:20 (UTC)

  コメント 誤解されては困るので一応書いておきますが、まず当然ながら柒月例祭さんやぱたごんさん、Rienziさんと私との連動などといった事実はありません。また、管理者互助会だとか翻訳妨害だとかいう突飛な話が出てくる根拠も理解不能です。一体どこでそのような話があったのか、3点について明確な根拠をお示しください。 -- Sho.miz - talk/log 2019年4月13日 (土) 11:49 (UTC)
  コメント 単なる翻訳ではなく「ウィキペディア日本語版の独自の現状に即して、別の用語になっている」とは考えられませんか?何年も、ウィキペディア日本語版では英語版と異なる方針で運用しているんです--aki42006会話) 2019年4月13日 (土) 12:11 (UTC)
それは、皆さんで決める事です。わたくしは、管理者柒月例祭氏を始めとしたグループ(ぱたごん氏、Bellcricket氏、むよむよ氏、 Sho.miz氏、Rienzi氏、Usaminian氏、Kinori氏)から「どうせまたトラブルを起こすだけだ[8]」「他の利用者との共同作業は無理だ[9]」「対話拒否を宣言している[10]」「孤独な鼠だ[11]」「年寄りだ[12]」「倫理観が皆無だ[13]」「面倒な人物だ[14]」と罵倒、誹謗、中傷され、本提案を取り下げない限り無期限ブロックをすると脅迫されている[15]身であり、何を言ったとしても、それは脅されてのこととしか見られないでしょう。本件に私がご協力出来る事はもうありません。従前より管理者Bellcricket氏等から「エチケットに反する」などの難癖[16]を受け、編集を妨害される嫌がらせを受けていた為、目立たない記事や誤字脱字の訂正およびノートを中心としてしか参加できない状態でおりましたが、もはやWikipediaの編集に一切関わるつもりはありません。--hal* 2019年4月15日 (月) 14:10 (UTC)
  コメント まず、当然のことですがあたかも引用であるかのようにかぎかっこまで付けて虚偽の発言を捏造するのはやめましょう。ウィキペディアだとか方針だとかガイドラインだとか以前に社会生活を営む一人の人間として当然自明のことです。
さて、本題。ご指摘のグループとやらですが、まさか我々が裏で連絡を取り合ってあなたに不利な情勢に傾けようとしていたとでもお考えなわけはないでしょう。グループなるものの存在については明確にはっきり否定いたします。上で否定したはずですが、もし未だにそのような突飛かつ滑稽な妄想を繰り広げているようであるのならばもちろん何か根拠があるのでしょう。お示しください。
なお、ノート:クルアーンにて一字一句違わぬ同様の発言がありました。そちらに対しても同様です。 -- Sho.miz - talk/log 2019年4月15日 (月) 14:39 (UTC)
プロジェクトページ「方針とガイドライン」に戻る。