Wikipedia:井戸端/subj/世数や代数等を伴う項目の基本的構成について

世数や代数等を伴う項目の基本的構成について 編集

人物項目の基本的構成についてですが、世数や代数を伴う場合はWikipedia:曖昧さ回避#1ページに共存が例外的に認められている「各項目に共通点のあるページ(例:政体など)」に該当するのでしょうか? 歴代のローマ教皇の記事なども見ましたが世数を伴っていても1ページに複数の人物の解説が並置する形式は見当たりません。おそらく世数や代数等を伴う場合でも1ページに並置可という扱いではないと思うのですが。。。。。例えばアミュンタス1世アミュンタス2世のように項目が分けられるのは量的な理由によるものではなくて、そもそも人物項目の基本的なパターンとして採用されていないからではと考えるのですがどうでしょうか? 以上、前提として人物項目の基本的構成について質問致します。

歌舞伎の名跡や落語の名跡などを見ると、多くは「名跡の解説」+「各代の一覧」という組み合わせになっており、

  1. 名跡の解説があり各代の一覧から人物ごとの独立した項目へリンクにしているもの(便宜的に「独立的な構成」とします)
  2. 名跡のページの1ページに各代の人物の解説も集約されているもの(便宜的に「集約的な構成」とします)

があります。(当代の人物に改名や再改名があった場合、前者ではページの改名、後者では分割か項目一部転記になると思います)

Wikipedia:井戸端/subj/名跡と曖昧さ回避でも指摘されていましたが名跡の解説と人物の解説は厳密には同じではないはずですが、集約的構成をとっている場合に各代の人物の解説の比重が大きくなってくると、事実上、世数や代数等を伴う場合には1ページに共存というパターンを採用している状態に近づいてきます。この集約的な構成については「人物項目一般とのバランスも考慮してある程度の分量が認められればもう少し早い段階で独立的な構成に移行してもよいのでは?」と考えますがどうでしょうか。

集約的な構成から独立的な構成に移行させる場合にはWP:SPLITの適用が問題になります。WP:SPLITを見ると量的な基準と質的な基準があるわけですが、量的な基準は本来的にはこの事例にはそぐわないと考えます(前提で確認した事項とのバランス、改名時の対応で二重基準になってしまう、分割後の均一な状態の維持など)。かと言って2、3行での分割が妥当だとも思えません。Wikipedia:曖昧さ回避#1ページに共存を避けることは人物の項目にも一貫して適用されるが(前提のところで確認した事項と同趣旨)、Wikipedia:井戸端/subj/名跡と曖昧さ回避でも指摘されているように名跡の解説は人物の解説とは厳密には目的と範囲が異なるので、名跡の解説という観点で妥当な範囲であれば「1つにまとまっているべき情報である場合」にあたるとみることになるでしょうか。。。このあたりの判断は難しいですが「人物項目一般とのバランスも考慮してある程度の分量が認められればもう少し早い段階で独立的な構成に移行してもよいのでは?」という観点で申し上げました。--W-run会話2014年2月5日 (水) 08:52 (UTC)返信[返信]

歌舞伎の名跡や落語の名跡などを見ると、多くは「名跡の解説」+「各代の一覧」という組み合わせになっているのに、「そもそも人物項目の基本的なパターンとして採用されていないからではと考える」のは何故でしょうか。歴代のローマ教皇の記事などが、歌舞伎の名跡や落語の名跡などより優先される理由はないと思いますけれども。
単に、どっちのほうがわかりやすいかと、これまでのその記事、分野の執筆者が自然に考えていたのか、というのが、ローマ教皇と歌舞伎や落語では違うから、違う使い方になっているのだと思いますよ。今の記事の書かれ方が最善というわけでもないですし。
名跡の解説になっているのなら、それは曖昧さ回避と捉えないほうがいいと思います。名跡は、個々の人物の活動によってイメージ付けられるという面もあるのですから、解説記事に、個々の人物への言及やリンクがある。「アミュンタス」に、アミュンタス1世、アミュンタス2世ほかの内容が列挙されているのとは違う。
集約的な構成でも独立的な構成でもよくて、集約的なものを独立的な構成に移行してもよいですけど、曖昧さ回避の文書を根拠とするのではなく、項目の主題の性質や受容のあり方から検討し、合意を得てください。量的な基準は量的な基準ですから、分割は可能です。大きくなったら分割すればいい。--Ks aka 98会話2014年2月5日 (水) 11:06 (UTC)返信[返信]
Wikipedia:井戸端/subj/名跡と曖昧さ回避での議論を出したため余計ややこしくしてしまったかもしれません。この議論を挙げさせていただいたのは、名跡のページには独自の意義があるという点で出発点が同じだと考えたからです。Wikipedia:井戸端/subj/名跡と曖昧さ回避での議論は名跡のページには人物のページとは異なる独自の意義があるからリンク元(名跡のページ)を曖昧さ回避にするのはどうかという趣旨かと思います(違っていたら申し訳ありません)。ここでの議論は名跡のページには人物のページとは異なる独自の意義があり、同時に人物項目は独立させることが基本的な構成だという認識でおりましたので「名跡のページにある人物一覧の部分が人物項目を組み合わせたような状況に至った場合には、独立的な構成に移行して人物項目のパターンに合わせ、(もちろん一定の規模の一覧を置きつつも)名跡のページとして改めて再編してみてはどうでしょう」という趣旨で述べました。「世数や代数を伴う場合はWikipedia:曖昧さ回避#1ページに共存が例外的に認められている「各項目に共通点のあるページ(例:政体など)」に該当するのでしょうか?」と述べたのは、これによってWP:SPLITの適用基準が大きく異なってくるからです。Wikipedia:曖昧さ回避#1ページに共存の状態が前提として認められる状態だとすると、量的な基準しかページを分割する方法は残されていないと思われ、ページの分割の量的な基準がこの場合にもそのまま適用されると考えると独立的な構成に移行するにはかなりハードルが高くなると考えました。
「人物項目は独立させることが基本的な構成だという認識でおりました」というのは、例えばウィリアム・ピットの場合、紙媒体の人名事典等では、1項目内に集約して番号で振り分けて分離している構成と、2項目に完全に独立している構成とがあり、前者も構成としては成立し得るものの、JAWPでは一貫して後者のような構成が採用されているという認識があったのです。(WP:NOTがあるので紙媒体の人名事典等と比較すること自体が誤りだったのかもしれません。)
名跡のページでの各代の人物の一覧部分を見ると記述の分量の多い人物だけ特に記述もなく単にリンクになっていて、各節が「記述」「リンク」「記述」「記述」「リンク」のような感じになっている場合もあり、そもそも名跡のページと人物のページは立項を考えるときに延長線上にあるものなのか、名跡のページがまずあって特定の人物の解説が成長してきたら独立項目へ切り離すというようなものなのか疑問に思ったわけです。あまり上手な例えができないのですが、例えて言うと「徳川将軍家」の解説は「徳川家康の解説+・・・・・・+徳川慶喜の解説」と同じで、徳川家康の解説の分量が増えてきたら独立させてリンクというのは「徳川将軍家」の解説としてどうなのかなというような印象を持ったからです。
Ks aka 98さんの「項目の主題の性質や受容のあり方から検討」という結論は仰る通りだと思います。--W-run会話2014年2月5日 (水) 14:35 (UTC)返信[返信]
  コメント Wikipedia:井戸端/subj/名跡と曖昧さ回避の作成者ですが、何点かコメントします。
  • この議論は、名跡記事に{{人名の曖昧さ回避}}が貼ってあることに疑問を感じて始めたもので、名跡として歴代の人物をまとめた記事と、代ごとに記事を分けるのとどちらがいいのかに言及したものではありません。
  • アミュンタス1世アミュンタス2世のような場合、「○世」は(曖昧さ回避のカッコを付けるようなものではない)名前の一部であり、「2世」を省略して呼ぶことはそうそうありませんし、「アミュンタス」だけかき集めても同じ名前という共通点しかなく、有意な記事とはならないでしょう。一方、市川團十郎 (12代目)の場合、あくまで名前は「市川團十郎」であって、「(12代目)」は識別のために付けている曖昧さ回避用のカッコですし、それこそWikipedia:井戸端/subj/名跡と曖昧さ回避で触れたように、市川團十郎という名跡そのものが1つの「存在」たりうるものです。両者は本質的に異なるものだと考えます。--Jkr2255 2014年2月5日 (水) 14:59 (UTC)返信[返信]

Wikipedia:井戸端/subj/名跡と曖昧さ回避での議論を出してしまい御迷惑をおかけしました。「世数や代数を伴う場合」とまとめて認識して質問を行ったことがそもそもの誤りだったようです。名跡そのものの解説と各代の人物の解説の項目について、重なり合う部分があることを考慮しつつも、独立的な構成が基本パターンと認識していましたので、後者については「人物項目一般とのバランスも考慮してある程度の分量が認められればもう少し早い段階で独立的な構成に移行してもよいのでは?」という趣旨で述べたものです。--W-run会話2014年2月5日 (水) 15:39 (UTC)返信[返信]

そんなに詳しいわけじゃないんですが、歌舞伎や落語の名跡記事っていうのは、制度上「家」および「名前」が重要だった時代の言葉ですよね。人物記事は基本的に独立させればいい、というのは、個人を単位に考える習慣があるからで、たいていの人物記事は、その考えでいいんですけど、いったん、これらは別物だと考えたほうがいいと思うんです。
Jkr2255さんも書かれていますが、たとえば「猿之助」は、たくさんの「猿之助」がいて、みんな「猿之助」ですよね。「何代」というのは、特定のための符丁です。だから本来全部「猿之助」に書かれているのが自然。そういうことがなぜ生じるのかというと、猿之助は猿之助であればよくて、猿之助を名乗る(襲名)ことが認められたなら、実体としての人物は二の次。複数の人の集合体として名跡があるんじゃなくて、名跡の一部として多くの人物がある。だから、「集約的な構成」が使われる。
名跡の解説と人物の解説は厳密には同じではない、というのは、ある人物が何代目かの「猿之助」であったとして、「猿之助」時代の活動は名跡記事であり、そうでない時期の活動は、(厳密には)名跡の解説ではない、というようなことになるでしょうか。
ただし、こんにち、西洋の価値観、科学のものの見方は一般的なものですし、百科事典はそういう文脈の上に成り立っています。加えて、ウィキペディアは多言語展開するプロジェクトです。人物は人物として捉えることも、今となっては自然なことですし、個人個人の記事に分割するのは難しいことではないですから、「人物記事は基本的に独立させればいい」と考えてもいいですし、ある程度の分量が認められれば、別途人物記事を作ってもよいとも思います。でも、井戸端でいくら話しても、早めに独立させたほうがいい、ということにはならないです。どうすればいいかは、落語記事や歌舞伎役者の記事を編集している人たちが方針やガイドラインの枠内で判断すればいいことです。
ただ、ここでの話を伺っていると、W-runさん自身が、なぜ名跡記事の構成を変えようとしているのかが、よくわからないのですね。違うところで通用している、自分が知っている原理を、よく知らない対象に、知らないまま適用させようとしているように見えます。それは、植民地主義とか帝国主義とかに近いものなので、今のうちに一度立ち止まって、よく考えたほうがいいと思う。
Wikipedia‐ノート:出典を明記する#詳細な名称・数量・日付・所属・内訳などの補完情報・付加情報についてでも、似たようなことを思ったんですが、方針やガイドラインの向こう側、ウィキペディアの外側にある現実の資料群、それらの扱いや書式についての蓄積といったものに無頓着に、情報源の統一的な扱いを夢想しているようなところがあるように思います。それはあきらめたほうがいいです。--Ks aka 98会話2014年2月9日 (日) 09:00 (UTC)返信[返信]

  コメント 誤解のないよう追加のコメントを準備していたところ一足遅れることになってしまいました。名跡のページと各代の人物のページは本質的に性格が異なるという点では各議論を見ても特に異論はありません(媒体上の特性なども考慮されてのものと思います)。例えば名跡のページを通常の単なる曖昧さ回避とみるべきではないことについても、名跡のページと各代の人物のページは本質的に性格が異なるという理由と合致していると思います。

私も単純な分割のデメリットの部分も考慮するなど模索中だったわけで、Ks aka 98さんの御意見もよく理解できますので、「植民地主義とか帝国主義とかに近いもの」あるいは「あきらめる」という表現をとられると戸惑ってしまいますし完全な杞憂です。もし機械的な処理というようなものを念頭に置いているのなら思いついた時点で分割提案を行っているはずですが、現にこうして井戸端に議論を提出しておりますので御理解ください。Wikipedia‐ノート:出典を明記する#詳細な名称・数量・日付・所属・内訳などの補完情報・付加情報については提案ではないことからも理解していただけると思うのですが何か情報源を画一的に処理すべきなどということを念頭に置いたものではなく、前議論のWikipedia‐ノート:出典を明記する#出典表示の重要性の再確認と複数付けられた出典表示の保護についてと同じ具体的事例に基づいて一般的な観点で質問をしたものです。

本論に戻るのですが、集約的な構成について、本論を見て名跡のページ全体が各代の人物の解説が集約されたものという認識しての意見ではないかと思われた方があるかもしれませんがそういう考えで出した見解ではありません(「集約的」という説明がよくなかったようです)。名跡のページのうち人物の一覧になっている部分の分量がある程度まで成長してきている場合には、その解説部分が人物のページに性格が近くなってくるので、ある程度の分量があれば分割を考えてはどうでしょうという趣旨で述べたものです。Wikipedia:曖昧さ回避#1ページに共存の関係で確認したのはページの分割という手段をとる以上はWP:SPLITの適用条項について確認する必要があったためです。当初から名跡のページにはあくまでも独立した解説を置いたほうがよいものと考えていますので、単に曖昧さ回避への移行を意図しているものと混同させてしまったとすれば申し訳ありませんでした。

名跡のページと各代の人物のページは本質的に性格が異なるという観点に注意して改めて名跡のページをよく見ると確かに各代の個人基準でのカテゴリ付与は基本的には行われていません。実際、独立的な構成で各代の一覧のほうにかなりの分量の記述があっても別個に独立した項目が存在している例もあるわけで、何も分割ありきで考える必要はなかったのです。Ks aka 98さんの「ある程度の分量が認められれば、別途人物記事を作ってもよいとも思います。」と仰っていただいたことに感謝いたします(Ks aka 98さんに御迷惑をおかけするつもりはありません。仮に私の作成した項目が統合されることになったとしても、それはそれでコミュニティの良識ある判断に委ねます)。少し時間がかかるかもしれませんが新規作成も考えております。

Ks aka 98さんにはこの議論について数日間にわたって考慮していただいた上で御返答をいただいており、とても真摯に対応していただいておりますことに感謝申し上げます。ありがとうございます。--W-run会話2014年2月9日 (日) 14:12 (UTC)返信[返信]

  コメント ここまで複数の論点が挙がりましたけれども、名跡の項目と人物の項目は本質的には異なるもので本来その範囲も性格も異なるが、その一方で名跡の項目にもしっかりと人物の解説としての性質も投影している必要があるという二つの観点に行き着くようです。後者の観点について決して「改名時から」というように狭く理解していたわけではありませんが、ここでの検討で特に分割には慎重であるべきという考えになりました。改めて資料にあたるつもりでいますが、新規立項については名跡の項目との関係もあるのでよくよく慎重に検討してみることにします。いずれにしても長期的には分野ごとに安定した構成になるよう調整されていくことを希望します。--W-run会話2014年2月9日 (日) 22:45 (UTC)返信[返信]