Wikipedia:井戸端

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Template:Mainなどの斜体が廃止されていたことについて編集

Template:MainTemplate:Main2Template:SeeTemplate:See alsoがいつの間にか斜体から通常の字体になっていて驚いたのですが、Template‐ノート:Rellinkで提案されて誰も議論に参加せずそのまま変更されたようです。コメント依頼に提出された形跡もなかったので、ひとまず井戸端で他の方の意見を伺ってみたいと思い投稿させていただきました。個人的には現状の字下げのみの形式では本文と紛れてしまい目立たないので、斜体でないにしても太字や下線、文字サイズを変更するなどしてフォントの違いを入れたいのですが、皆さんの意見はいかがでしょうか。--SilverSpeech会話) 2017年4月3日 (月) 06:09 (UTC)

  RelinkはMainなどに読み込まれている基礎的なテンプレートですから、影響の大きい変更になります。こういったものは、コメント依頼やコミュニティ・ポータルで告知を十分に行って変更するべきでしょう。一旦差し戻すか、合意不十分と変更者に通知したうえで速やかに変更を元に戻すあるいは元に戻させて、改めて告知を十分に行って変更するべきかどうかを話し合ったほうが良いでしょう。--アルトクール会話) 2017年4月3日 (月) 07:46 (UTC)
斜体は読みづらい問題があるので、よくても太字でしょう。--hyolee2/H.L.LEE 2017年4月3日 (月) 08:30 (UTC)
特定のテキストに対しての特別なフォント設定は抑制的にやってほしいと思います。よほどのことが限りテキストは「通常の字体」にしていただきたい。私は現状で見にくいとは感じません。むしろ変に目立たれては目障りです。こういうのはCSSをうまく設定して「目立った表示」がお好みのユーザーのお手元のブラウザにおいてのみそのように表示できるようにしていただけないものでしょうか。--Kojidoi会話) 2017年4月3日 (月) 16:02 (UTC)
  コメント メイリオだと日本語は斜体が結局効かないですからねぇ… 私としては表面上の表示が全く変わらないので変更自体が気が付かなかったのですが、手続きとしては告知不足で戻されても仕方がないと思います。ただこれで編集合戦をされても迷惑なので、戻す方はその点を十分ご留意ください。実装としては rellink クラスに対する装飾ガジェットで手を打つのが無難かもしれない。--rxy会話) 2017年4月4日 (火) 10:41 (UTC)
  指摘されて、見て変更に気が付きました。個人的にはザッと概覧時に早く目に留まるのでフォントが違っていた方がいいと感じています。なお、閲覧者に依る好みがありますので、common.cssとかでのユーザカスタマイズ設定となるんでしょうけど、ガジェットで切り替えられればありがたいです(commons.cssは万人向けではないから)。--Camillu87会話) 2017年4月4日 (火) 12:18 (UTC)
こういうのは個人の好みでしかないのでさっさと投票でもやって多数決でもやったらいいと思います。いくら多数決主義じゃないと言ったってメインページのデザインと同様好みの問題でしかないのならああだこうだ言い合っても無駄でしかないので。個人の設定でどうこうというのは登録利用者にしてみれば解決法に思えるかも知れませんが、大多数の閲覧者はそんなものを知らずにデフォルト設定しか見ない非登録利用者ですのでどちらにせよデフォルト設定を定める必要があります。--Karasunoko会話) 2017年4月4日 (火) 16:33 (UTC)

  皆さんご意見ありがとうございます。今のところの論点としては、以下のとおりでしょうか。

  1. Template:Rellinkのフォントをどうするか。
    1. 字下げのみにする(斜体の廃止)。
    2. 斜体と字下げに戻す(旧来のフォント)。
    3. 斜体は止めるが別途フォントの違いをいれる(例:太字、下線、文字サイズの変更、これら複数の組み合わせなど)。
  2. フォントの違いをいれる場合、ガジェットやCSSにより表示形式を選択できるようにするか。
    • 導入する場合、デフォルト設定はフォントの違いが有る方とない方どちらにすべきか。

私個人としては、斜体が読みにくいというのはもっともですが本文との区別はいれたいので、下線あたりが良さそうかなと考えています。ガジェットやCSSを導入する場合はウィキ技術部あたりにお願いする形になるでしょうか。その場合、デフォルトはフォントの違いありの方が初心者向けな気がします。とりあえず、もう少し他の方の意見も待ってみたいと思います。--SilverSpeech会話) 2017年4月5日 (水) 00:41 (UTC)

斜体は読みにくいといえば読みにくいですし、かといって太字だと目立ちすぎますから、下線がよいでしょう。--新世紀のウィキぺディア会話) 2017年4月5日 (水) 06:26 (UTC)取り消し--新世紀のウィキぺディア会話) 2017年4月6日 (木) 11:39 (UTC)

  下線はリンクの装飾と衝突するので適当ではないと思います(マウスポインタを重ねたときの下線が表示されなくなるなど)。個人的には矢印のようなアイコンを付けるのも一手かなと思いましたので提案します。

並べてみるとこんな感じでしょうか。上から現状、斜体(編集前)、下線、太字、アイコンです。(アイコンはコモンズから見繕ってきたものですので仮置きとお考えください) --竹麻呂会話) 2017年4月6日 (木) 08:27 (UTC) サンプルを修正 --竹麻呂会話) 2017年4月6日 (木) 08:39 (UTC)

  返信 (竹麻呂さん宛) 分かりやすい提示ありがとうございます。そういえば下線にはその問題がありましたね。アイコンだと分かりやすいので、アイコンがよいと思います。--新世紀のウィキぺディア会話) 2017年4月6日 (木) 11:39 (UTC)
  情報 モバイル環境では見え方が異なるようです。竹麻呂様が提示された例についてAndroid端末のブラウザで確認したところ、
  • モバイル端末のデスクトップビューで見た場合
    • 斜体は「Template:relink」と「Help:」しか斜体にならない。
    • 太字は「Template:relink」と「Help:」しか太字にならない。
  • モバイル端末のモバイルビューで見た場合
    • 4つのパターン全てで、「Template:relink」「Help:」の部分が斜体になる。
    • フォントが1段階小さく、文字の基本色が黒でなく灰色。
    • アイコンの後に改行されてしまっている。
といった状況でした。
なお、Template:See alsoなどについても、以前から斜体が反映されていなかったような気がします。ただ、文字が少し小さいこと、文字色が灰色であること、少し字下げされていることなどから、本文との区別は明確だったと記憶しています。--Assemblykinematics会話) 2017年4月6日 (木) 17:02 (UTC)
モバイル環境で見え方が異なるのは、class="rellink"が影響しているのかもしれません。個人的にはアイコンを付ける案に賛成ですが、モバイルビューでは逆にアイコンはない方がいいですね。--新幹線会話) 2017年4月7日 (金) 03:08 (UTC)
  モバイル端末のデスクトップビューでの問題は、使用しているフォントに由来する環境依存の問題ではないかと思います(日本語のフォントが太字・斜体に非対応とか)。
モバイルビューでの表示が斜体になるのは、モバイルビューの既定の(組み込みの)CSSのせいのようです。font-style: normal;を追加して上書きすればよいのかな。フォントの色とサイズ(灰色小さめ)については以前からだったように見えますのでそのままでいいのかなと思いますが、どうでしょうか。
アイコンの後に改行が入ってしまうのはモバイルにおける画像表示の仕様の問題です。ノートページで使っているコメントアイコンなんかでも改行が入ってますね。ええと、対処療法ですがMediaWiki:Mobile.css.rellink > .image {display: none;}でとりあえず消えてくれるような気がします。--竹麻呂会話) 2017年4月7日 (金) 06:38 (UTC)
  下線の件は気づきませんでした。斜体は反対が多いようですし、現状ではモバイルでの見え方に問題が出なければアイコンが有力でしょうか。CSSについては全く知識がないので対処していただけて助かりました。--SilverSpeech会話) 2017年4月7日 (金) 11:24 (UTC)

 Template:Rellink』の適用範囲が、僕には分かりませんが。アイコンだと、終わりが分からなくならないですか?   アイコンにするなら、終わりにもアイコンが必要  だと思うのですが。斜体太字下線は、終わりが明確ですので、その心配はないですけど。--ただのしかばね会話) 2017年4月8日 (土) 13:48 (UTC)

  現状アイコンを使用しているテンプレートにTemplate:混同Template:Otherusesがありますが、最後に自動で改行されますから終わりが分からないということにはならないはずです。--SilverSpeech会話) 2017年4月10日 (月) 00:33 (UTC)
  つまり、通常の記述内での使用(上記のコメント内で、前後にアイコンを付けた場所のような)は、確実にありえないテンプレートという事ですか? 先述通り、僕には適用範囲が分からないのです。--ただのしかばね会話) 2017年4月11日 (火) 10:41 (UTC)
  下書きページあたりで上にあげたような既存のアイコン付きテンプレートを試してみていただければわかりますが、テンプレートの後に改行せずに本文を続けても実際のページでは改行されて表示されます。ただのしかばねさんが例示したように後ろに本文がそのまま続くことはありません。モバイルでテンプレートが正しく表示されないような環境でどうなるかまではあいにく把握していませんが。--SilverSpeech会話) 2017年4月11日 (火) 10:55 (UTC)
  なるほど、特に改行タグ:<br />を挟まなくても、自動的に改行されるのですね。それでしたら、確かに終わりのアイコンは必要ないと思います。--ただのしかばね会話) 2017年4月11日 (火) 16:06 (UTC)

  概ねアイコンにご賛同いただけたかなと思いますので、仮置きを置き換えてみます。

  • モバイルでアイコンの後に改行が入る件は、内部的に表を使ったので問題なく表示できるはずです(ご提示いただいたdablink系のテンプレートでそうしているのを見て気付きました)。
    • 改行が入らないのであればモバイルでもアイコン表示していいのかなとも思いますが、どうでしょうか。
  • モバイルで斜体になる件はMediaWiki:Mobile.cssの編集で対応するのがよさそうです(デスクトップ環境でのユーザーCSSガジェットによる対応を容易にするため)。

あわせて、dablink系のテンプレートTemplate:混同Template:Otherusesなど)についてもモバイルビューでは既定の(組み込みの)設定により斜体表示になっているのですが、これについても同時に斜体を解除することを提案したいと思います(具体的には、.hatnote,.dablink)。ご意見よろしくお願いします。  取り下げ--竹麻呂会話) 2017年4月11日 (火) 22:43 (UTC)

1週間ほど待ってみて、特に異論のないようであればMediaWiki:Mobile.css保護ページ編集依頼提出とテンプレート本体 (Template:Rellink) の編集を行いたいと思います(なお、モバイルで画像を非表示にするのであれば、MediaWiki:Mobile.cssの編集より後にテンプレートを編集する必要があります)。--竹麻呂会話) 2017年4月10日 (月) 10:21 (UTC)

  アイコンつける必要ありますかね? 行頭のスペースだけで十分だと思うのですが.斜体の解除には賛成(というか日本語に斜体は論外).新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月11日 (火) 03:32 (UTC)
  アイコンは必要だと思います。コメントのアイコンを付けたりするのは、コメントである事を示すだけでなく、始まりを分かりやすくするという意味も有りますし。
それと、『日本語にも斜体は有り』だと、僕は思います。日本語に斜体は論外という言い方でなく、『日本語に斜体は不向き』というような言い回しの方が、良いのではないかと思います。本当に論外なので有れば、日本語の斜体フォントが存在する訳ないですし。--ただのしかばね会話) 2017年4月11日 (火) 10:41 (UTC)   撤回 メイリオですら斜体が無いと知り撤回します。--ただのしかばね会話) 2017年4月12日 (水) 20:09 (UTC)
  論点をずらさないでください.dablink系のテンプレートの話でしょう(取り下げられたようですが).(まあもちろんそれ以外でもですが,)斜体が無いことはメジャーなフォントですらあるんですから,そんなものを目印に使うのは論外です.(ついでに言えば私もメイリオなので,あなたが強調しているつもりの部分もソースを見ないと分からないんですよ.)新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月12日 (水) 03:14 (UTC)
  論点をずらす意図はなく、単純に『斜体は論外、とまで言わなくても』と思っただけなのですが、語弊のある書き方かつ不快にさせてしまう書き方だったみたいで、すみません。そして、メイリオといえば、特にフォントに詳しくない僕ですら、名前を知っているフォントですけれど。メイリオですら、斜体に非対応だとは知りませんでした。(上記で既に指摘済みでしたね、今回の件で再確認するまで、見落としており気付いてませんでした)
『日本語にも斜体は有り』だというのには変わりないですが、『メジャーなフォントですら、斜体に非対応だったりする為、Wikipediaとしては斜体は不適切』だったのだと分かりました。(Wikipediaは、ページ内で使用するフォントを、サイト側で指定というか、強制している訳では無いので)
ご指摘、ありがとうございました。--ただのしかばね会話) 2017年4月12日 (水) 20:09 (UTC)
  こちらも少々語気が荒くなってしまいすみません.ご理解いただけたようで幸いです.
1つ誤解されているかもしれないので補足しておくと,「日本語に」という限定をつけたのはアルファベットとかだと斜体になるからで,一般の日本語文書に対して言ったものではありません(それでも“不向き”だとは思いますが).新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月13日 (木) 03:18 (UTC)
  返信 (新規作成さん宛) 私としては現状で少し物足りないと言いますか、そのように感じているところです(もちろん変更されたばかりというのはあるのですが)。考えてみると、Template:Rellinkは「(通常の内部リンクとは異なる)特に参照してほしい記事」を示す場合に(たとえば分割先記事へのWikipedia:サマリースタイルによるリンクで)使用することが意図されているテンプレートであるわけで、それに見合ってある程度目についてほしい、というところなのだと思います。--竹麻呂会話) 2017年4月11日 (火) 22:43 (UTC)
  ブロックの左側に空白が入ってある程度目につく1つのかたまりをなしていると思いますが.新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月12日 (水) 03:14 (UTC)
  •   反対dablink系のテンプレートの斜体解除に対して)
    Template:Otherusesは30,000以上のページで使われているテンプレートです。それを、一週間程度の期間で結論を出し、変更するのは問題が有るのではないかと思います。コメント依頼をした上で、二週間は期間を設けるべきだと思います。
    それと、変更を行おうと考えている(もしくは影響の出る)テンプレート全てで、ノートにて、この提案と、この議論への誘導リンクを行うべきです。でなければ、当該テンプレートのノートにて提案・告知されていなかったことを根拠に、差し戻す人が出てこないとも限りませんし。
    この議論自体、コメント依頼に出されていなかった故のものな訳ですが、変更後に、同様の議論が提起されかねません。
    とりあえず、変更を考えているか、影響の出るテンプレートの一覧を、表にて記載するか、貴方の利用者サブページにまとめた上でリンクされるか、お願いできますでしょうか?--ただのしかばね会話) 2017年4月11日 (火) 10:41 (UTC)
  •   賛成 (置き換えたアイコン案 及びモバイルでのアイコン表示に対して)
    今回の画像 は、今回の変更で使うかどうかに関わらず、とても良いアイコンだと思います。ですので、以前の画像 から今回の画像 に置き換えた案には、賛成です。
    また、始まりが分からないという事を避けるためにアイコンは必須だという考えから、モバイルでのアイコン表示に関しても、賛成です。(最も、このテンプレートの影響範囲や使用場所が、イマイチ僕には分かりませんので、見当違いな事を言っている可能性は否定しきれませんが)--ただのしかばね会話) 2017年4月11日 (火) 10:41 (UTC)
  •   コメント Otheruses系は別個に提案すべきだと思います。Template talk:Otheruses#テンプレートの体裁の変更につきを見ていただければ分かるように以前のデザイン変更のときも疑義が生じていたので。--新幹線会話) 2017年4月11日 (火) 14:09 (UTC)

  取り下げdablink (Otheruses) 関係の提案については取り下げます。ご指摘の通りこのような形で取り扱うことは適当ではありませんでした。Template:Rellinkへのアイコン追加については引き続きご意見をお願いいたします。 --竹麻呂会話) 2017年4月11日 (火) 22:43 (UTC)

  コメント - 参考のため{{Main}}の他言語版の様子を確認してみました。斜体を許容する言語でもアイコンを使用している例はありますね(アルバニア語版のように背景色を付けて目立たせる例もあります)。個人的な感想としてはオランダ語版の右矢尻とかが良さそうな気がしました。現行案の のような黒系はある程度大きくしないと文字に埋没しそうですし、かといって大きくするとうるさい気もします。

なお{{Main}}の言語版のうち漢字を用いる三言語版(中国語、広東語、漢文)はいずれも行頭スペース(+広東語と漢文は文字縮小)対応でした。--ButuCC+Mtp 2017年4月12日 (水) 13:27 (UTC)

  コメント - 表題の件について、テンプレ自体が廃止されてたことを全く知らずに驚くのみです。私は時々「main」や「see also」等を利用していましたが、斜字でも全くと言っていいほど不都合は感じませんでいたので、復活させる場合も斜字のままか太字枠の追加でいいと思います。それ以前にコメント依頼なども気づかないまま廃止が進んでいたのは遺憾です。--わたらせみずほ会話) 2017年4月12日 (水) 14:30 (UTC)

テンプレ自体は廃止されていませんよ。斜体の設定が解除されただけです。--新幹線会話) 2017年4月12日 (水) 14:42 (UTC)

(返信)そうでしたか。斜字をテンプレ設定からなくしたのですね。斜字が日本語では不適当ということ自体が不明瞭と感じますし通常表示はわかりにくいので上記の選択肢の中から選ぶとしたら「2」の斜字を維持する(つまり元に戻す)のが最適と思いますが、視覚性を考慮する場合は「3」の設定変更(太字か太字と斜字を併用)にも反対しません。少なくとも「1」の斜字廃止には反対です。--わたらせみずほ会話) 2017年4月12日 (水) 21:55 (UTC)

  あなたはまずログを読むべきでしょう.新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月13日 (木) 03:18 (UTC)
  コメント - 日本語文化的にどうこうはともかくとしても、『メイリオ環境では斜体表示できない』ことはJaWPの閲覧環境を考慮する上で見過ごせない点でしょう(自分はそれを嫌ってブラウザフォントをMS Pゴシックにしていますが)。この点から「日本語表記の斜字表現」に依存する方法が明瞭に不適当と言えることができます。下線表現にも欠点があることが明らかになっていますし、今のところ「太字」「アイコン」「何もしない(行頭スペースのみ)」の三つの選択肢から選ぶことになりそうです。ただこの三つについては個人の好み(見やすさ)で意見が分かれている感があるので、このまま議論して平行線になるなら投票でもして決めるしかなくなるかもしれません。--ButuCC+Mtp 2017年4月13日 (木) 09:58 (UTC)
  コメント
画像 を用いたアイコンが、個人的には最適なのではないかと思います。
 詳細はWikipedia:井戸端を参照。(井戸端では有りません)
みたいに、部分的に強調したい場合に、太字が使用済みだと、不都合が有りますし。
そもそも、斜体はフォントによっては非対応で、そういう場合に、部分的に斜体フォントを強制する事が出来ないから、斜体は不適切という話なので、そういう場合に斜体は使えません。となると、後は文字サイズを変えるか、下付き文字上付き文字位しか思いつきません。
詳細はWikipedia:井戸端を参照。(井戸端では有りません)
ですが、モバイル環境において、コレが使えるのかが、僕には分かりませんし、アイコン表示の方が適しているのではないかと思う次第です。--ただのしかばね会話) 2017年4月17日 (月) 02:03 (UTC)
  Template:Rellinkで部分的な強調が必要なユースケースはないと思います。繰り返しになりますが、特別:リンク元/Template:Rellinkから使用例をご確認ください。--竹麻呂会話) 2017年4月17日 (月) 02:59 (UTC)
  実をいうと、使用例を見ても、よく分からなかったのです。ただ、『Template:Rellink』や『Template:Main』の説明を見ると、十分、部分的な強調が必要なケースというのは、有りうるように思います。仮に、現時点での使用例には、存在しなかったとしても。今後、恒久的に有りえないという根拠はありますでしょうか? 僕は、まだまだ未熟者ですが、それゆえに、『有りえないとは言えないのではないか』としか思えないのです。ですので、恒久的に有りえないというのであれば、その根拠となるページの提示を、お願いいたします。尚、今回提示されました検索結果だけでは、イマイチ『どのように使われているのか』が分からない(ソースに『Rellink』の文字列がない)、としか言えませんので、他のページをお願いいたします。--ただのしかばね会話) 2017年4月17日 (月) 04:38 (UTC)
  横から失礼いたします。Rellinkは他のテンプレートに使用されるテンプレートなので、記事内での使用例を見るのでしたらTemplate:mainなどのRellinkを使用しているテンプレートを調べた方が分かりやすいかと思います。また、テンプレートの仕組み上、ただのしかばね氏が指摘しているような部分強調はそもそも不可能なはずです。テンプレート全体を太字や斜体にするとか、今回のように大元のテンプレート自体を変更するときに一部だけフォントを変えるように設定するとか、そういったことはできますが。--SilverSpeech会話) 2017年4月17日 (月) 05:16 (UTC)
  コメント - 画像(アイコン)を用いること自体は案の一つとして反対しませんが、使う画像を のようなグレースケール系にすることには反対します(グレースケールにするくらいならドイツ語版のようにテキスト(「→」)を使えば事足りるというか、テキストと大した差異がない画像ではアイコンにする意味がない)。既に述べた通り私は(アイコン案にするなら)オランダ語版のアイコン( )を推してますが、要はこのアイコンのように色がついていれば文字と差別化できるわけで、目立たせることを目的にアイコンを用いるならこれくらいはするべきでしょう。--ButuCC+Mtp 2017年4月17日 (月) 10:41 (UTC)

  (何て呼ぶのだったか度忘れしましたが、戻します)

{{Rellink|文'''章'''<sup>を</sup>'''''ここ'''''<sub>に</sub>''書く''}}……えと、出来るみたいなのですが。少なくとも、現時点の仕様で、現時点の僕の環境では、強調表示が反映されています。--ただのしかばね会話) 2017年4月17日 (月) 06:00 (UTC)

  Rellinkを直接使う場合を想定していませんでした。Template:mainやTemplate:see alsoなどのRellinkを使ったテンプレートを使用する場合は記事名しか記入できないので部分変更できなかった気がするのですが。Rellinkを直接記事に利用するのは稀ですから想定する必要はないと思います。また、太字については下記のように見出しと衝突するという明確な問題点もありますから、採用される可能性は低いでしょう。--SilverSpeech会話) 2017年4月17日 (月) 07:38 (UTC)
  Template:Rellinkの説明には、必要ならば直接使うこともできます。と有ります。なので、それを想定しないというのは、問題が有ると考えます。
また、今後、新しくテンプレートが作られて、そのテンプレートにおいては、部分強調にも対応しているかも知れません。
また、このテンプレートを使っている、総てのテンプレートを確認していない僕には、既に、そのようなテンプレートが、存在していてもおかしくないと思います。このテンプレートを使用している、総てのテンプレートというのは、どうやって調べるのか、分からないですが。
それに、そういう事で有るのなら、『部分強調の有りえないテンプレートの為のRellink』としてRellink2を作り、『部分強調の有りえないテンプレート内のRellinkをRellink2に変更する』というようにすべきではないでしょうか。
『直接利用するのは稀』で有ったとしても、『直接利用するのは有りえない』という訳では無いのですから。既に、『直接Rellinkを使用し、部分強調を太字で行っているケース』が100%無くて、少なくとも当分の間は有りえないというのでも無ければ、『部分強調も考慮すべき』だと考えます。--ただのしかばね会話) 2017年4月17日 (月) 16:49 (UTC)
  部分強調を考慮したところで,太字が不適切な理由が増えるだけだと思うのですが.新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月18日 (火) 02:57 (UTC)

  簡単にですが中間まとめを作成しました。また、節を分けましたので、以後アイコンについては新節で議論していただけると助かります。現状では斜体と下線は明確な問題点が挙げられているので不可、アイコンが有力でしょうか。太字は個人的にはレベル4以下の見出しと同じフォントになってしまうので避けた方が良いかと思います。--SilverSpeech会話) 2017年4月17日 (月) 02:46 (UTC)

  太字については、強調しすぎと言いますか、ご指摘の通り見出しと被るのもありますので、私も個人的にはあまり好ましくないと思っています。--竹麻呂会話) 2017年4月17日 (月) 02:59 (UTC)

アイコン編集

  報告 議論が長くなってきていますので、現状主な話題となっているアイコンについては新しい節を用意しました。アイコンについての議論は以降こちらを使っていただけると助かります。以下はこれまでに出たアイコンの案になります。

  •  :最初の仮組みとして提示されたアイコン。
  •  :上記から置き換えられたアイコン。
  •  :オランダ語版のアイコン。目立たせるため色のついたアイコンが良いとの主張あり。

--SilverSpeech会話) 2017年4月17日 (月) 10:54 (UTC)

 
ベースライン(赤)

  コメント - アイコンの欠点として「漢字仮名と並べると少し下にずれる」というのもあります。文中の画像はアセンダーからディセンダーまでの高さを取るため、ベースラインより下を使わない漢字仮名と並べるとサイズが合いません。可能なら画像の高さをベースラインに合うようにテンプレ側で調整できれば良いのですが・・・--ButuCC+Mtp 2017年4月17日 (月) 11:06 (UTC)

中間まとめ編集

  以下に簡易まとめを作成しました。--SilverSpeech会話) 2017年4月17日 (月) 02:46 (UTC)

  1. 字下げのみ
    • 賛成:特別なフォントの使用はひかえてほしい、行頭スペースのみで十分など。
    • 反対:字下げのみでは目に留まりにくいなど。
  2. 斜体
    • 反対:メイリオなど一部環境で対応していない、日本語で斜体は読みにくいなど。
  3. 下線
    • 反対:リンクの下線と衝突する(WP:ACCESS)など。
  4. アイコン
  5. 太字
    • 反対:部分強調したいときに不都合。

口頭での許可しか無い顔写真の掲載について編集

私の利用者ページで顔写真の肖像権について問合せが来ております。

一応口頭で被写体となる人にはWikipediaに掲載する旨お話しし、私の連絡先(メアドと電話番号と携帯電話の番号)をお渡ししております。今のところ、掲載を止めてくれという依頼は来ておりませんが、本来はどのように対処するのがWikipediaの正しいルールか、井戸端を閲覧した限りでは正式なルールを見つけるに至りませんでした。

本来はどのような方法をとるのが正しいのかご指導頂けると幸いです。--Earthbound1960会話) 2017年4月4日 (火) 02:29 (UTC)

  返信 (Earthbound1960氏宛) Wikipedia:画像利用の方針#法的問題の注意をご覧ください。こちらの方針によれば、顔や名前など個人を特定できるような情報が写った写真はモザイクなどで加工して判別できないようにして掲載することになっています。被写体の許可を得たことを証明するのは難しいことなどからこのようなルールになっているようです。詳しくはノートページの過去ログを検索してみてください。また、Wikipediaのルールで不明点がある場合は、Wikipedia:方針とガイドラインCategory:ウィキペディアの方針Category:ウィキペディアのガイドラインが調べるのに便利です。--SilverSpeech会話) 2017年4月4日 (火) 05:02 (UTC)
  コメント分かりやすいご説明ありがとうございます。板取川の写真については人物の容貌・姿態が写り込んでいますので削除します。根道神社については地域の秋祭りで有り、神職・氏子総代等、「公人」が公務をしている状態の写真の写真なので存続させて頂きます。--Earthbound1960会話) 2017年4月4日 (火) 08:22 (UTC)
コモンズの方では、適切な同意が得られていることをアップロード者が表明すれば良いということになっています。
Wikipediaでも基本的には同じ基準で良いと思いますが、建物や場所の説明に余計な人物が写り込んだ写真を使うのってどうなの?という意味で、板取川の写真などはやっぱり使わない方がいいかなと思います。--Dwy会話) 2017年4月5日 (水) 03:39 (UTC)
  コメント御指摘ありがとうございます。ただ、板取川は東海地区では夏の水遊びで有名な観光地で有り、人物は余計な物では無いと思い当時はアップしました。顔にモザイクかけるのも4名の方に了承して頂いているので、逆に失礼かな?と考えてアップしました。ただ、肖像権について本人の同意を得ていることを客観的に証明する事ができないので削除いたしました。--Earthbound1960会話) 2017年4月5日 (水) 22:08 (UTC)
モザイクは技術的に除去不能とは言い切れないらしくて、コモンズではあまり推奨されていないようです。
水遊びしている人々の様子を伝えたいのであれば、「顔写真」である必要はないですよね。構図を工夫して、例えば後ろ姿を取るとか、遠くから写すとかして、写っているのが誰かわからないような撮り方にすれば、被写体の同意を取る必要はなくなります。
ただ、根道神社の写真のように人物も含めて写したいこともあるわけで、そういうときには、不自然な構図やモザイク処理を使うより、写真に写る人たちの同意を得た上で、最高の構図を考える方が良いことも多い。そういうとき、趣旨をちゃんと説明した上で適切な同意を得るのは当然のことですが、その同意を後から証明出来るように記録を残すのは、必ずしも容易でない。一方、万一同意が不十分で後から法的な問題になった場合に責任を負うのは、一義的には撮影者・アップロード者であって、写真をホストするプロバイダーではない(プロバイダーは苦情を受けた時に適切に対応すれば、責任を負いません)。ちゃんと説明して必要な同意を取り付けることは絶対条件ですが、その同意の記録をどこまで残すかは、撮影者・アップロード者が自己責任で判断すべきことだと思います。--Dwy会話) 2017年4月8日 (土) 04:44 (UTC)
板取川の写真については同意しかねます。笑顔がなくて後ろ姿ばかりの写真に楽しい水遊びの様子を表現として盛り込むのは大変難しいと思います。まあ、ここは所詮百科事典ですから楽しさを盛り込む必要は無いので、今後は後ろ姿のみにするよう配慮します。--Earthbound1960会話) 2017年4月8日 (土) 21:45 (UTC)
また、根道神社の写真に関しては村の区長や氏子総代、班長、稚児等が参加している村の公式行事です。公式行事に参加している以上、公人として取り扱うことには問題無いと思います。そうでなければよさこい阿波踊り祇園祭の写真のほとんどがアウトになる恐れがあります。訴えられるのが私であることは認識しております。--Earthbound1960会話) 2017年4月8日 (土) 21:45 (UTC)
百科事典だから楽しさを盛り込む必要が無いとは思いませんが、「楽しさ」に焦点を当てると、その分「楽しさ」以外の要素からは焦点が外れます。板取川の写真には「猿飛の秘境。板取川の奇岩の一つ」という説明書きがついていますが、どちらかと言えば「川遊びに興じる若者たち」の写真になっており、「秘境」や「奇岩」を説明する際に最初に使いたい写真ではなくなっています。まあ、それはそれで良いのかもしれませんが・・・
もう一つ。「公式行事に参加している以上、公人として取り扱う」というのは、ちょっと違うと思います。その「公式行事」の性格や趣旨、参加者が写真撮影を予期した上でその行事に参加していたかどうか、というような要素が考慮されるべきでしよう。観光客に写真を撮ってもらうために着飾って行列している村の代表と、非公開の場で地域の問題を話し合っている村の代表では、当然扱いが違います。--Dwy会話) 2017年4月22日 (土) 07:36 (UTC)
猿飛の奇岩については写真から受け取る印象は人それぞれで有り、顔を消した写真に差し替えておりますので、既に問題は解決済みと思いますのでコメントは致しません。
公式行事については、コメントさせて頂きます。少なくともこの行事は板取地区白谷では「ハレ」の行事で有り、稚児は正式に稚児の装束をし、神職も神職の服装をしております。また、氏子総代も「礼服」を着て祭りに参加しております。毎年ではありませんが、地方ローカル紙の岐阜新聞中日新聞中濃版では、記事になったこともあります。この日も、新聞記者らしき人物(新聞社の腕章を付けていました。)も撮影にきていました。我が子か我が親族かは分かりませんが多数の人が写真を撮影していました。また、観光客がモネの池のために多数押しかけているので写真撮影されることは当然予見出来る状態でした。私と新聞記者らしき人物以外は名刺を配布したりして写真撮影の許可はもらってませんでした。
田舎であろうが都会であろうが、有名な祭りであろうが無名な祭りであろうが「ハレ」の日の地域の祭りに参加するのはその地域の代表として「公人」として扱うべきで有り、公人として扱うのが礼儀であると思慮します。また、Dwyさんが最後に記載されている『非公開の場で地域の問題を話し合っている村の代表』は非公開である時点で正式な行事ではなく今回の写真お話しとは論点がずれているのでは無いかと思慮します。--Earthbound1960会話) 2017年4月24日 (月) 22:43 (UTC)
個人的な意見を言わせてもらうと板取川や根道神社の写真は全部主題が人になってるというのが一番の問題で、だから本当に大丈夫なのかと何回も聞かれるわけです。撮った人の事は誰も心配していません。自分ですべて責任は取るとおっしゃっているので。撮られた人が後で困らないようにきちんと確認をしたいだけです。--220.102.240.224 2017年4月25日 (火) 03:06 (UTC)
それは私が指摘した他の祭りに関しても同様なことが言えるのでは無いですか?私が写真を掲載したのと同様にそちらも確認された上で現在の状態になっているのでしょうか?繰り返しになりますが、承認は取ってありますし、いまや知人ですので法的に問題になることはあり得ません。全て責任は取ると申し上げていますが、あくまでも根道神社板取川の写真だけに限定した話で、花見鶴舞公園よさこい祇園祭等々、探せばもっと沢山出てくるとは思いますが、他の写真については一切責任は取りません。顔写真が許可も無く撮影されていて、長い期間放置状態になっていた場合、管理者の善管注意義務も問題となる可能性は無いのでしょうか?--Earthbound1960会話) 2017年4月25日 (火) 03:53 (UTC)

Earthbound1960さんは以下の質問に全て回答ください。

  1. 板取川の若者にも名刺を渡したのでしょうか?水遊びをしている最中の若者に紙の名刺を渡したのでしょうか?
手前の若者に4枚渡しました。皆に配るようお願いしました。--Earthbound1960会話) 2017年4月5日 (水) 11:26 (UTC)
  1. 「Wikipediaに掲載される」と全員に説明して許可を得ましたか?
間違いなくしました。手前の岩にいる2人から川にいる2人にも大声で説明してもらったので、カメラ目線でポーズを撮った写真になっています。--Earthbound1960会話) 2017年4月5日 (水) 11:26 (UTC)
  1. 「Creative Commons」が適用されると全員に説明して許可を得ましたか?
してません。全世界にさらし者になるよ!って事は説明しました。「ラッキー」とその時は喜んでいましたが、今となっては「若気の至り」で削除して欲しがっていたかも知れませんので、良い機会だったかと思います。--Earthbound1960会話) 2017年4月5日 (水) 11:26 (UTC)
  1. 当時、肖像権について理解された上でコモンズアップロードにしましたか?
してません。--Earthbound1960会話) 2017年4月5日 (水) 11:26 (UTC)

--肖像権を守る会会話) 2017年4月5日 (水) 04:21 (UTC)

手前味噌ですが、こういうのを利用してみてはどうでしょう(文章でエビデンスは頂いた方が絶対にいいです)。Wikipedia:個人情報の拡散に関する注意については現状ページが無いので該当のリンクをご参照ください。--遡雨祈胡会話) 2017年4月5日 (水) 08:07 (UTC)作りました。--遡雨祈胡会話) 2017年4月8日 (土) 02:03 (UTC)

半引退の身ですので、写真なんてWikipediaにアップすることは無いと思います。せいぜいやることと言えば削除されそうになっている記事について調査して残せるものは残す事くらいです。--Earthbound1960会話) 2017年4月5日 (水) 11:26 (UTC)

アップしないと書きながら三式戦闘機にギャラリーまで作って解体されて復元前の写真をアップしたのは私です。--Earthbound1960会話) 2017年4月7日 (金) 19:42 (UTC)

肖像権を守る会様。Wikipediaでかつて使われていたらしい「スピード違反の論理」に該当するのかも知れませんが、花見鶴舞公園で写り込んでいる人々の写真の掲載者にも同様な質問をされているのでしょうか? お答え下さい。--Earthbound1960会話) 2017年4月5日 (水) 22:26 (UTC)

一旦写真を削除しましたが、味も素っ気も無いので顔が写り込んでい部分に修正をかけた別の写真をアップしました。人物は4名から5名に増加しておりますが、追加の1名についても名刺を渡して趣旨を説明しております。--Earthbound1960会話) 2017年4月20日 (木) 00:21 (UTC)

大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?編集

ノート:ニュース女子で大衆紙に記載されている、マスコミ問題に詳しいとされるある人物が連載しているコーナーを出典とした加筆ができるかできないかで意見がわかれています。WP:NOTRELIABLEより引用します。ある情報が、例えばタブロイド新聞(夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙)のような、信頼性に乏しい出版物ひとつの上にしか見つけられないという時があり得ます。その情報があまり重要でないものならば、それを除去してください。もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば、それを件の情報源によるものと明示してください。 この出典は、出典自らが大衆紙だと認めています(ノートでも、これには異論がなかったと思います)。加筆できるとされる方の御意見は、「大衆紙編集部ではなく、その問題に詳しい人物の意見であれば、記載可能」という旨です(私はこの人物自体には異論はありません。これが産経新聞や朝日新聞であれば異論はありませんでした)。反対意見は「娯楽誌と新聞では、発言内容が変わってくる可能性がある」という旨です。要は人物は信頼できるが、出典が信頼できない、という事です。なお、「その情報があまり重要でない」かどうかは、ここでは判断しません。芸能や趣味など「楽しい話」であれば、私も四角四面に煩い事は言いませんが、存命人物の批判や政治など「楽しくない話」でこのような出典は使っても良いのでしょうか?皆様に御意見頂きたいのは、

  1. 掲載可:Wikipedia:検証可能性を変更する必要なし
  2. 掲載可:Wikipedia:検証可能性に一文追加する必要がある(「大衆紙でも、その問題に対し詳しいとされる人物の記名記事は例外とする」)
  3. 掲載不可:
  4. その他:

のいずれと御考えでしょうか?私は3です。2でも良いと思っていますが、1はダメと考えます。以上、御意見頂ければ幸いです。--JapaneseA会話) 2017年4月7日 (金) 09:19 (UTC)

  コメント 現行の方針に準じて、情報が重要であれば「なにがし氏はなにがし紙でなにがしと述べた。」と書くのが宜しいではありませんか?上記の選択肢でいうと、1に重要性の要件を追加したものになります。また、「楽しい話」「楽しくない話」で信頼性の基準を変えるのはあまりよろしくないかと。--ネイ会話) 2017年4月7日 (金) 09:41 (UTC)
  コメント 「信頼性に乏しい情報源」という節にそう書かれていると言う事は、「信頼性に乏しいからといって記載してはならないとは限らない」という事でしょう。引用部分の直後の具体例のとおり、記事本文内に出典を明示する形で表記すればよいかと思います。選択肢で言えば1番ですね。もちろん価値のある内容に限りますが。--Hiroes会話) 2017年4月7日 (金) 09:55 (UTC)
  コメント こんにちは。Moon.riseと申します。私の見解では3になります。2も1ダメです。
以下理由を述べます。Wikipedia:検証可能性では、「それは、査読を受けるのと同様の過程を経ることになります。つまり、まず記者、次に編集者、そしておそらくは事実調査員にチェックされるでしょう。もし問題があれば、さらに弁護士、そして編集長にチェックされるかもしれません。このような事実確認とその評価のしくみがあるのは、新聞に正確で公正な記事を載せるためです」「この事実関係を確認するという過程は、ウィキペディアでは提供できません」「要するに、査読に相当する機能はウィキペディアの外部に求めよということ」とされています。
JapaneseAさんが問題を「要は人物は信頼できるが、出典が信頼できない、という事です」という一文にまとめてくださいました。「査読に相当する機能を果たしてくれる機関が信用できない」のであれば、信頼できる情報源にはならず、出典にもならないと考えます。
最後に「芸能や趣味など「楽しい話」であれば、私も四角四面に煩い事は言いませんが」というお気持ちにも、私も同意させていただきます。--Moon.rise会話) 2017年4月7日 (金) 10:21 (UTC)
Moon.riseです。多少追記させていただきます。「信頼性に乏しい情報源(タブロイド新聞など)」は、「通常は信頼できないとされる情報源」とされています。「通常は信頼できない」ということですから、出典として使えるかどうかの評価には、かなり慎重に考えなければなりません。「もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば」という条件が付いて、情報源として使用できるのは、かなり限定された場合だと考えるべきでしょう。ひとつ「方針からの若干の逸脱」が紹介されているからといって、逸脱を拡大適用していくのは望ましくありません。
参考ですが。「通常は信頼できないとされる情報源」として他に「自主公表された情報源」が並んでいます。そしてWikipedia:信頼できる情報源#自己公表された情報源では、「自身の専門分野内について記述している著名な専門研究者が、自主公表された情報源で公表した文章」をどう扱うべきかが紹介されています。「一般的に自己公表された情報源については、ほかの情報源が評価したりコメントしたりするまで待つのが望ましいです」ということが結論です。同様に考えるのであれば、「一般的に、自身の専門分野内について記述している著名な専門研究者が、信頼性に乏しい情報源(タブロイド新聞など)で公表した文章については、ほかの情報源が評価したりコメントしたりするまで待つのが望ましいです」という考え方は、方針とガイドラインに対してなじむものではないでしょうか。--Moon.rise会話) 2017年4月7日 (金) 11:49 (UTC)
  コメント 私も1番または2番(ただし条件付き)を支持します。Hiroesさんと同様で噂レベルの記事や検証可能性を満たさない記事、信頼性に乏しい記事などを除去することで対応可能と考えます。必要となればWikipedia:検証可能性の対応アップデートも必要です。--わたらせみずほ会話) 2017年4月7日 (金) 11:40 (UTC)
  コメント この話題の前段階の議論では、夕刊フジケント・ギルバート(弁護士)のコラムを、ケント・ギルバートの文責として記述することに問題ないとするコメントがありました。また、夕刊フジは、産業経済新聞社発行で日本新聞協会にも加盟しており、株式会社日刊現代発行で日本新聞協会非加盟の日刊ゲンダイ等とは異なる、という意見もありました。この井戸端ではそれが曖昧であります。夕刊フジは「1」〜「2」(噂レベルは不可)、日刊ゲンダイは、内容によっては「3」となることもあると考えるものです。--RXX-7979Ⅲ会話) 2017年4月7日 (金) 11:46 (UTC)
  私は夕刊フジと日刊ゲンダイは同格だと思いますが、色んな意見があってよいと思います。ただし、その基準では週刊朝日も夕刊フジと同格という事ですね。--JapaneseA会話) 2017年4月7日 (金) 12:31 (UTC)
新聞社系であっても、週刊誌と夕刊紙は異なるのではないかと考えております。週刊誌であれば、継続的な他誌による報道等がない限り「3」となるであろうと思われます。--RXX-7979Ⅲ会話) 2017年4月7日 (金) 12:44 (UTC)
  WP:NOTRELIABLEそのものではなく、それ以前の文脈も併せて解釈すれば、「信頼できない情報は記載するべきではないが、それが重要な情報である場合には出典を明記するべきである」と読めます。つまり信頼できない情報を無条件に禁止する方針ではなく、現状で充分に運用可能だと思います。--Hiroes会話) 2017年4月7日 (金) 13:03 (UTC)
ウィキペディアに限らず、一定の信頼性の保証が必要なものの場合において、一般に大衆紙、ゴシップ紙が信頼できないとされるのは情報源が曖昧な場合においてです。「○○の関係者によると」「△△に近い筋によると」などのような記事が典型例かと思います。
逆に言えば情報源がはっきりしているもの、それこそ情報源として有用な人物の記名記事、コラムである場合に、それの出典を元に淘汰するなんて話は普通無いです。媒体による語調、角度(確度じゃない)などが問題だというなら、それこそ、そこを踏まえて引用なり、記述するのが執筆者に求められている能力であって、そこを否定したら話にもなりません。--EULE会話) 2017年4月8日 (土) 06:23 (UTC)
  •   返信 (わたらせみずほさん宛) Moon.riseと申します。わたらせみずほさんのご意見で、一点気になりました。「噂レベルの記事や検証可能性を満たさない記事、信頼性に乏しい記事などを除去することで対応可能と考えます」ということですが、対応可能かどうかではなく、その手順には問題があるのではないでしょうか。Wikipedia:検証可能性には、「この事実関係を確認するという過程は、ウィキペディアでは提供できません。それゆえに、独自研究は載せないという方針と検証可能なことのみ載せるという方針が大変重要となるのです」とあります。つまり、査読に相当する機能(信頼性に乏しい記事の除去など)は、最初から機能としてウィキペディアには置かないというのが、方針ということになります。「誰かが行なえばできるではないか」ということではなく、最初から誰も行わなくても成立する方針にいたしましょう、ということです。
  •   返信 (EULEさん宛) Moon.riseと申します。EULEさんのご意見で、一点気になりました。「媒体による語調、角度(確度じゃない)などが問題だというなら、それこそ、そこを踏まえて引用なり、記述するのが執筆者に求められている能力であって、そこを否定したら話にもなりません」ということですが、そこを特別に否定して、方針として立てているのがウィキペディアではないでしょうか。(上記わたらせみずほさんへと繰り返しになりますが)査読に相当する機能は、執筆者に対して求めないのがウィキペディアの方針となっています。他のサイトであればともかく、ウィキペディアでは特別に考えるべきではないでしょうか。
Wikipedia:独自研究は載せないには「記事に含められるのは、信頼できる情報源に基づいた、検証可能な内容に、解釈を加えていないものだけです」と明言されています。中立的な観点、検証可能性独、独自研究は載せないについて、この三方針は議論の余地がないものであり、他のガイドラインや利用者同士での合意によって覆されるものではありませんと明言されています。--Moon.rise会話) 2017年4月8日 (土) 12:06 (UTC)
三方針が議論の余地なく一切の例外を認めないという事であれば、WP:NOTRELIABLEの記述と整合性が取れませんね。どちらかを変更するべきだと思いますが、どちらを変更するべきかは判断しません。--Hiroes会話) 2017年4月8日 (土) 12:15 (UTC)
  •   返信 (Moon.riseさん宛) すみません、まさに個別に解釈しておりました。という事は「信頼できない情報は記載するべきではないが、それが重要な情報であると考えられる場合には出典を本文に明記するべきである」という解釈で良いという事でしょうか。--Hiroes会話) 2017年4月8日 (土) 12:47 (UTC)
  •   返信 (Hiroesさん宛) ちゃんとご挨拶申し上げておきます。Moon.riseと申します、Hiroesさんよろしくお願いいたします。
「信頼性に乏しい情報源」を出典として使う場合、まずは「ある情報が、(中略)信頼性に乏しい出版物ひとつの上にしか見つけられないという時があり得ます」とあります。つまり、他の信頼性のある情報源で見つけられる場合には、信頼性に乏しい情報源を(あえて選んで)出典に使うのはダメでしょう。他の信頼性のある情報源で見つけられない場合には、その先は2種類に対応が分かれます。
  • その情報があまり重要でないものならば、それを除去してください。
  • もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば、それを件の情報源によるものと明示してください。
どうやら2種類とも「すでに誰かが情報として記事に書き込んでいる場合、どうするべきか」として書いていますね。「進んで書き込むべきではない」という意図がにじむようにも見えます。そして、あくまでも稀な対応として、情報を残す場合でも、記事本文からですぐに読み取れるように明示することが求められています(脚注などにはしないで本文で明示する)。「それを件の情報源によるものと明示」とまで特別な対応を要求しているのは、ウィキペディア全体からでもめずらしいのではないでしょうか。--Moon.rise会話) 2017年4月8日 (土) 13:07 (UTC)
  •   返信 (Moon.riseさん宛) 唯一の情報源である場合でも2種類に対応が分かれる事までは理解していたつもりですが、言われてみれば確かに「あくまでも既存の記事への対応であって、自ら進んで書き込むべきではない」と読めますね。心がけたいと思います。ありがとうございます。--Hiroes会話) 2017年4月8日 (土) 13:33 (UTC)
現状の方針を総合的に解釈するなら「掲載するべきではないが、既に掲載されているものを削除すべきかは内容による」という事になるかと思います。Moon.riseさんのご指摘の通り、単独で解釈するべきものではない旨それぞれの冒頭に明記はされていますが、中には私のように項目に直行して誤解してしまう人もいるでしょうから、先の解釈をもう少し明示するような記述の方がいいのかもしれません。私としては単純に可否という話でもないと思いますので2寄りの4でしょうか。--Hiroes会話) 2017年4月8日 (土) 13:57 (UTC)
(返信)まず、Moon.rise氏のつきましては、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかWikipedia:ルールすべてを無視しなさいを参照していただきたいと思います。重要なのはルールの精神であって、その文言の逐次解釈ではありません。それは三大方針すら例外ではなく、重要なのはその主旨であって、「Wikipedia:検証可能性」(の、さらに言えばたかが日本語版)の文言の一言一句や、そこからサブ的な話題として言及されている内容まで一言一句固守しろというものではありません。まして、社会常識一般と照らして、ルールを杓子定規に適用したら、おかしなことはおかしいのです。
現に、信頼できる情報源の英語版には以下のように、

Editorial commentary, analysis and opinion pieces, whether written by the editors of the publication (editorials) or outside authors (op-eds) are reliable primary sources for statements attributed to that editor or author, but are rarely reliable for statements of fact.

とあるように、それを「事実」として記述する場合には問題があるが、あくまでその主張者の主張として記述する場合には「信頼できる情報源」として問題ないですし、至極常識的に考えて、実に当たり前の話でしょう。例えばケント・ギルバート氏のコラムだとして掲載されながら、実はギルバート氏のコラムではなかったというくらいに「信頼性が低い」情報源であるなら問題でしょうが、今回、俎上に乗っているのはそこまでのものではありません。
また、「査読に相当する機能は、執筆者に対して求めないのがウィキペディアの方針となっています」というのは、私の論旨を理解していないか、または綺麗ごとに過ぎないと切り捨てさせていただきます。まず、ウィキペディアとして信頼できる情報源である朝日新聞や産経新聞に掲載された内容ですら、それら媒体に乗った情報ということを考慮して執筆する必要があるのです。それら情報をどう載せるかというのは、ウィキペディアの執筆者の編集に掛かっており、ここで査読は云々は非常にナンセンスな指摘に過ぎません(ここに査読の意味が掛かるなら、ウィキペディアそのものが成り立ちません)。そうではなく、事実関係に対する査読ということであれば、ギルバート氏の「言った内容」が「事実」であるということを、ウィキペディアの執筆者が査読した場合には問題になりますが、ギルバート氏が「こう言っている」という「事実」の査読は、それが夕刊紙であれ週刊誌であれ、検証可能な媒体に記載されている以上、問題はありません。もし、今回のケースで否定するなら、例えばギルバート氏そのものが信頼できない情報源とする以外なく、そもそもそこがクリアされた上での議論において、媒体を問題視するというのはピントがズレているとしか言いようがありません。 --EULE会話) 2017年4月8日 (土) 14:48 (UTC)
Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいについては不勉強でした。申し訳ありません。個人的には大局的な見地に立つというのはなかなか苦手な分野でありますので、これ以上の言及は避けようかと思うのですが、一点だけ。ご紹介いただいた英文の方がより解釈がし易いように思いますので、同様に「出典の主張であるということの検証可能性」という観点を盛り込んだ表現に変える方向はどうでしょうか。--Hiroes会話) 2017年4月8日 (土) 15:13 (UTC)
  •   返信 (EULEさん宛) Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかWikipedia:ルールすべてを無視しなさいについては参照させていただいております。ウィキペディアは規則主義ではありませんし、いまある方針を十分に考慮した上で、そのルールのいくつかについて、あえてそれらを省略した行動を取っても、それは適切なものです。検証可能性のルールの精神は、ウィキペディアで事実関係を確認するという過程が取れないため、広く信頼されている情報源(査読あり)から発表されている、検証可能なことのみ載せるというものです。私の方ではそう考えております。
EULEさんの「ウィキペディアとして信頼できる情報源である朝日新聞や産経新聞に掲載された内容ですら、それら媒体に乗った情報ということを考慮して執筆する必要があるのです」というご意見につきまして、多少具体的に解説をいただけませんでしょうか。申し訳ありませんが、何について言わんとされているか分かりませんでした。
引用していただいた英文(英語版)について、例としてケント・ギルバート氏を使って申し上げます。この時に「信頼できる情報源」として扱うことができる場合は、ギルバート氏についての記事にのみ、ということが書かれているように思いますが、いかがでしょうか。ご確認お願いいたします。今回ここでの問題は「政治問題や存命人物の批判の出典」ということで、大衆紙でのギルバート氏のコラムが、もっと広い政治問題などの記事で出典に使えるかということです。その場合はbut are rarely reliable for statements of fact.とされるように、信頼できる情報源にはならないでしょう。また、申し添えますが「たかが日本語版」ではなく、私たちが日本語版の利用者である以上、日本語版での方針やガイドラインはもっとも意味の大きいものです。--Moon.rise会話) 2017年4月8日 (土) 16:51 (UTC)
Editorial commentary, analysis and opinion pieces, whether written by the editors of the publication (editorials) or outside authors (op-eds) are reliable primary sources for statements attributed to that editor or author, but are rarely reliable for statements of fact.
出版物(社説)の編集者によって書かれたのでも外部の著者(op-eds)によって書かれたのでも、編集論評、分析および意見集は、その編集者または著者に帰する記述については信頼できる主な情報源ですが、しかし(編集論評、分析および意見集は)事実の記述についてはほとんど信頼できません。
間違えていたらごめんなさい。--Moon.rise会話) 2017年4月8日 (土) 20:00 (UTC)
返答いしますが私に対する問いが多いため、長いですがご容赦ください。
>多少具体的に解説をいただけませんでしょうか
まず、朝日新聞が、ウィキペディアの規定する「信頼できる情報源」であることに異論は無かろうかと思います。では、朝日新聞が信頼できる情報源だからといって、吉田清治の発言や、特に80-90年代の記事を引用して、日本が奴隷狩りのごとき従軍慰安婦をしていたと、全面的な事実として書くことは妥当でしょうか。無論、妥当ではありません。
この時、ウィキペディアの編集者は、媒体自体が行う査読とは無関係に、情報の取捨選択(あるいは重み付けの判断)を行っているし、「中立的な観点」を守るにあたって必要な行為です。この判断において、何らかの執筆者個人の価値基準に基づいて不適切なことが起こる可能性はありますし、ここが一種の独自研究となりうることは否定いたしませんが、だからといって「けしからん」とやったら、ウィキペディアは成り立たないという話です。
氏はおそらくここまで考察しているわけではないのでしょうが、だからこそ、氏の主張というのはそういうところまで踏み込むものであるということを念頭に置いて欲しいと思います。
>この時に「信頼できる情報源」として扱うことができる場合は、ギルバート氏についての記事にのみ、ということが書かれているように思いますが、いかがでしょうか。」
まったく違います。おそらく「attributed to ~」あたりの訳で誤解しているのでしょうが、この場合に通常訳すとすれば「~によって著述された」です(もっとも「起因した」でも同じだと思いますが、切る位置が異なるのかな。にしたって、but以降との文脈的整合性が取れない)。
別に英語論議をせずとも、仮に氏の理解の通りだとすれば、つまり「ギルバート氏についての記事においてのみ媒体に依らずギルバート氏本人の著作物が使える」ということであれば、それは明白に一次資料の問題に抵触するのでありえないことがわかります。それこそ、本人という確証さえあれば、公式サイトもツイッターも、その当人の記事に関しては信頼できる情報源として用いても良いということになってしまう。ありえないです。
>その場合はbut are rarely reliable for statements of fact.とされるように、信頼できる情報源にはならないでしょう。
違います。ギルバート氏の主張を、ギルバート氏の主張ということを明示せず、それ無条件の事実として記述する場合には問題だとする一文です。そもそも氏が前段を読み間違えているので仕方ないですが、「for statements attributed to that editor or author」と「for statements of fact」が対になることを念頭においてください。
>私たちが日本語版の利用者である以上、日本語版での方針やガイドラインはもっとも意味の大きいものです。
これは少し補足が必要かもしれません。まず大前提はルールの精神、意図、そして常識的な判断が重要であって、文言の一字一句には大した意味はありません。それは英語版であってもです。その上で、更に三大方針レベルというのは、英語版と日本語版で大きく異なるようなものではありません。そもそも英語版から引き写したものです。英語版の文面すら一言一句、逐次解釈するのは問題があるのに、ルールの精神や現実の事象を無視して、そこからはるか昔に引き写した日本語版での一文を基に「こう書かれているから、これ以外の解釈は不適切である」などというのはお話にもなりません。「たかが日本語版」と私が言ったのは、本家の英語版ですらそうなのにいわんや黎明期に翻訳されただけの日本語版の一言一句を金科玉条にされても困るということです。
あと私が英語版を引用するのは、日本語版より英語版の規定が優越しているからではありません。私はそもそもルールの精神や社会常識、現実問題に照らして考えれば、まずそれで十分だと思ってます(=ルール全部を把握する必要はない、ルールの精神と常識を尊重する)。ただ、それでも成文になっているものを参考しようとすると、定期的に保守・更新されている英語版の方が妥当だと思うことが多いです。なので、成文法に重きを置く相手に対しては仕方ないのでカウンターとして引用することが多いです。日本語版でも十分ならそっちを引用いたします。--EULE会話) 2017年4月9日 (日) 06:59 (UTC)
  •   返信 (EULEさん宛) Moon.riseです。EULEさん各項目解説ありがとうございます。参考にさせていただきます。
英文について、分からなくて困っております。EULEさんから「attributed to ~」の和訳が「~によって著述された」であるとご紹介いただきましたが、「~に帰する」ではいけない理由が分かりません。「EULEさんが正しいと分かった」とも「Moon.riseが正しいと分かった」とも思うことができす、もやもやとしております。私の英語力が高ければよいのにとは思いますが(前回にすでに「間違えていたらごめんなさい」と書くくらいに)、日本語使用者としては日本語で議論ができますとありがたいです。例えば私からEULEさんに(思い当たる適当な言語がありませんが)英語ではなく何かもっと他言語で話しかけさせていただいたとして、それでEULEさんが意思疎通に苦労されるとすれば、それは結果として実りある議論や意見交換にはならないと思えます。--Moon.rise会話) 2017年4月9日 (日) 15:34 (UTC)
何か大きな誤解をされているようですが、そもそもMoon.rise氏が日本語部分で意思疎通できていないので、氏にとって結果として実りある議論や意見交換にはなってないのです。もう一度、私の日本語で書かれている部分をよく読んでいただきたいと思います。ちゃんと日本語部分が理解できていれば、少なくとも『「~に帰する」ではいけない理由が分かりません』と返答することはまず無いはずです。--EULE会話) 2017年4月10日 (月) 11:35 (UTC)
問題の部分、「帰する」も「著述」も、原文の意味をとりにくい訳語だと思います。あえていえば、「帰する」の方が近いですが。原文が言っているのは、社説や意見文寄稿は帰属化された記述(「<当該部分著者>は○○と言った<ref>...」)のソースには使えるが、事実記述(「○○である」<ref>...)のソースには使えない、ということです。この場合、attributed は「帰属化」(誰の意見であるか明示すること)に当たります。 --49.239.68.245 2017年4月10日 (月) 12:11 (UTC)
英語そのものは得意とは言えないのですが、大昔に機械翻訳システムに関わった経験からひとこと。ある意味WP:IGNOREと似た考え方ですが、個々の語の訳に囚われると正しく意味を汲み取るのが困難になります。辞書ではひとつの語に対して複数の訳が対応する事は珍しくありませんが、大抵の場合はそれらが表す「意味」は一つです。特に異文化間では「意味」の違いを正確に言葉で記述するのが困難であるため、複数の訳として表しているのです。よく例に出されるところでは「青」と「blue」なんかがありますね。その「意味」を正しく捉え、組み立て直してから言葉に戻す事が重要です。
と長々と書かせて頂いた上で、Google先生の助力を得て私なりに意訳するとするならば、
出版社の編集者や著者によって書かれた編集論評・分析・意見などは、その編集者または著者の言説としては信頼できる一次出典ですが、事実としてはほとんど信頼できません。
こんな感じでしょうか。ご参考になりますでしょうか。--Hiroes会話) 2017年4月10日 (月) 13:21 (UTC)
  返信 (EULEさん宛) Moon.riseです。日本語部分でのお話をさせてください。先に、情報をどう乗せるか(査読ではない)についてです。「例えば朝日新聞の記事からの情報の取捨選択」という解説をいただきまして、これが例えば中立的な観点を守るために必要な行為であること、EULEさんの意図が(私の言い出した)査読とは関係ない所にあるということを理解いたしました。EULEさんが一度「私の論旨を理解していないか」と推定されたのが適切だと思います。私がEULEさんの意図を誤解して、2017年4月8日 (土) 12:06 (UTC)に言及させていただいた部分につきまして、申し訳ありませんと撤回させていただきたいです。解説いただいた「例えば朝日新聞の記事からの情報の取捨選択」など、EULEさんのお考えの深さとしてよく読ませていただきました。「氏はおそらくここまで考察しているわけではないのでしょうが、だからこそ、氏の主張というのはそういうところまで踏み込むものであるということを念頭に置いて欲しいと思います」というお言葉をありがたくいただきます。
次に、三大方針についてです。三大方針はなぜ議論の余地がなく、他の合意によって覆されないのか。私がルールの精神として思いますのは、それによって複数の人が協調し、無用な論争を避けることができるからだと思います。三大方針に対して、100人が100通りの異論を掲げて持ち寄れば、それではいつまでも論争が避けられません。三大方針は議論の余地がないとすることで、必要なときにはお互いにここに立ち返ろうと思うことができます。三大方針についてだけは、「ルールによく従うAさん」と「先進的だがルールに従っていないBさん」がいた場合、立ち返るべきはAさんの立場です。「先進的だがルールに従っていないBさん」が、自分とは意見の異なるすべてのウィキペディア日本語版編集者に、自分の行為について説明して行くのは、やはりうまい方法ではないと思います。もちろん、現実と三大方針がかい離すれば、その時に三大方針を変更するのはよいことです。「先進的で新ルールに従っているBさん」というのは理想的でしょう。ただ、今日現在、三大方針では「タブロイド紙など大衆紙は、通常は信頼できないとされる情報源」とされています。今日現在という限定はつけさせていただいた上で、これが立ち返るべき所ではないでしょうか。--Moon.rise会話) 2017年4月10日 (月) 21:06 (UTC)
三大方針においても議論の余地がないのは、そのルールの精神であって、その文面の一言一句ではありません(ということも日本語で言っているはずです)。三大方針は重要だけれども憲法ではないです。下のKojidoi氏やHman氏のコメントの趣旨と同じなのですが、Moon.rise氏は、私や、また私以外の人たちが三大方針を軽視していると思っているようですが、軽視もしてないし、矛盾もしておりません。むしろ、文脈や全体との整合性を無視して、ただ一字一句の厳格な解釈にこだわり、媒体のことを解釈に争いのないものとして厳格に定めていると主張することが不適切であるとご理解いただきたいです。
(49.239.68.245氏とHiroes氏へ)補足感謝いたします。ただ私のちっぽけな名誉のために弁明させていただきますと、元よりそうした点は理解しているつもりです。「もっとも「起因した」でも同じだと思いますが」「英語論議をせずとも」と述べているように厳格な訳語にはこだわってませんし、「帰属する」だったとしてもMoon.rise氏は、その当人のついての記事にのみ可能ということを意味していると理解したでしょう。--EULE会話) 2017年4月10日 (月) 22:44 (UTC)
  返信 (EULEさん宛) 私としては仰る通りの補足のつもりで、EULEさんが理解されていないとは全く思っていません。ちょっと付ける位置がまずかったかもしれませんね。申し訳ありません。--Hiroes会話) 2017年4月11日 (火) 00:26 (UTC)
  返信 (EULEさん宛) Moon.riseです。EULEさん、連日お相手くださりありがとうございます。三大方針の精神は何であるのか、EULEさんがそうおっしゃって下さるのですから、ここは得られるもののある所だと思い、振り返ってみるために三大方針+αとこのページのEULEさんの書き込みを、2~3回でも改めて熟読してみようと思います。それから2~3日でもぐるぐる考えてみます。そういたしますと、私は数日か十数日か沈黙することになりそうです。それが外見的に不親切(沈黙意図が見えない)と思い、ここで「やってみます」というお返事だけ、出させていただこうと思いました。--Moon.rise会話) 2017年4月11日 (火) 10:00 (UTC)

  皆様コメントありがとうございます。予想以上に盛り上がり、提起者としては嬉しい限りです。まだ「まとめ」とはしませんが、中間コメントします。さて、「重要かどうか」という御意見が見受けられます。例えば、信頼できる情報源である新聞で、「〇〇さんの2017年4月10日の朝食はパンだった」と書かれていても、それは記載しないと思います(WP:IINFO)。新聞であろうが、基本的に重要な情報のみを記載します。これと、大衆紙の「もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば、」は、違うレベルだと思います。WP:RSの場合は(どちらかといえば)除去側に「重要でない事の説明」を求めるのに対し、WP:RSでない場合は明確に加筆側に「重要である事の説明」を求めるのではないかと思います。もし、大衆紙も新聞と同じ扱い(単に「重要なものだけを載せる」)で良ければ、わざわざ「大衆紙は~」などと方針・ガイドラインに書く必要はないはずです。つまり、「大衆紙だけれども、これは載せる価値がある」、と誰もが認めるレベルのものだけが記載されるべきではないでしょうか?--JapaneseA会話) 2017年4月9日 (日) 08:40 (UTC)

件の記事の議論をざっと見る限りでは「大衆紙だけれども、これは載せる価値があると誰でもが認めるレベル」だと考えている人が当該記述を載せようと主張して議論になっているように思います。それに対して情報源の評価云々いっても仕方がないでしょう。「その情報があまり重要でない」かどうかについて議論するしかないです。そのギルバート氏の主張や発言したという事実は信ずるに足りるのか? 記事主題との十分な関連性や重要性を持つのか? すなわち、件の記事に関してはJapaneseAさんの論点がずれているように見えます。そのうえで当スレッドにおける当初の問題提起に即して意見を述べるなら、答えは「1」しかないでしょう。WP:NOTRELIABLEにわざわざ「もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば、」などと但し書きがあるということは、裏を返せば「信頼性に乏しい出版物上の情報は無条件に削除相当である」との命題は偽であるということです。ようするに内容をきちんと吟味しろという話につきます。これは方針文書上のどの記述とも矛盾しないし、方針云々以前に、仮にも調べ物をしてそれを人に読ませる文章にまとめようとするならば至極当然の話に過ぎないでしょう。--Kojidoi会話) 2017年4月9日 (日) 09:20 (UTC)
健康を害しておりまして、私がコメントを行う前にどうやら落着してしまった様です。ですが、妥当な結論に落ち着いた様でほっと致しました。結局、情報源の解釈については、EULE氏の仰る『一般に大衆紙、ゴシップ紙が信頼できないとされるのは情報源が曖昧な場合においてです。「○○の関係者によると」「△△に近い筋によると」などのような記事が典型例かと思います。』と言う点、また同時にKojidoi氏の仰る様に、記事にとって要不要は情報源のみに依存するものではない点に尽きるでしょう(私もたまに、出典があれば何でも書いていいわけじゃないんですよ!とか言いますし)。まあ検証可能性の文書の原則に則れば、専門家が書いたものでもやはり査読はされていないものはいないもので、これをさも「事実」のように書く事はできません。しかしそれが記事にとって必要な情報と見なせるのであれば、「○○によれば××である」と、その論を紹介する事は可能であると考えます。事実として断り無く書き下ろす事と、断りを入れ一つの論を紹介すること、この行為には大きな隔たりがあります。それを同一視し同一の基準で仕分けようとするからわけのわからないことになるのです。検証可能性の文書は、原則として事実で有ると見なせる筆致で記事を執筆するケースのみを想定していると見なせ、また、より細かく書かれているガイドライン「信頼出来る情報源」においては明らかに、検証が可能である前提下において「意見」を「紹介」する事が認められています。このケースの場合、その人が意見を表明した事が事実であることを証明できればよいとだけされています。まさか、夕刊フジがケント・ギルバート氏の発言を捏造したなどと想定することはできないでしょう。--Hman会話) 2017年4月10日 (月) 02:13 (UTC)
夕刊フジがケント・ギルバート氏の発言を捏造」とまでは言いませんが、[1][2][3]のような御意見もあります。私も以前は「本人談は大衆紙でも問題ないだろう」と思っていましたが、「大衆紙は面白おかしく書く場合もあるから本人談でも使うべきではない」と言われた事があり(このノートが、どこなのか覚えていないのが悔やまれます)、それを機に認識を改めました。なお、議論元のニュース女子のギルバート氏の意見を載せる・載せないだけで考えるのであれば、それは所詮一意見に過ぎないので、除去・加筆で記事に対し致命的に何かが変わるわけではありません(そういう意味では重要ではないのですが)。これがグレーゾーン出典ならば、はるみエリー様やHman様の顔を立てるように、何かしら理由をつけて一任する事もしたでしょう。しかし、Moon.rise様も仰るように「この三方針は議論の余地がないものであり、他のガイドラインや利用者同士での合意によって覆されるものではありません。」です。いつまでも納得しないようですみませんが、覆す事のできない方針に関わる事です。まだ落着するには早いかと思います(私の中間コメントの疑問も未解決ですし)。これで暫く黙ります。--JapaneseA会話) 2017年4月10日 (月) 03:05 (UTC)
少なくとも挙げられた発言のうち最初の二つは「内容をよく吟味しよう」ではないですか。最後の一つはWP:GNG/Sの「必要とされる信頼できる情報源の質および数は、その情報源の言及内容の深さや質により変わりますが、一般的に、複数の情報源があったほうがよいでしょう。」あたりに対応するものと考えられます。方針文書との矛盾はないし、これ以上方針文書やガイドラインに何かを追加・改変する必要があるとも思えません。これ以上議論を続けるつもりなら論点の再設定をお願いしたいですね。--Kojidoi会話) 2017年4月10日 (月) 03:49 (UTC)
再度申し上げます。「事実として断り無く書き下ろす事と、断りを入れ一つの論を紹介すること、この行為には大きな隔たりがあります。」であり、適用範囲が違うため、矛盾はありません。--Hman会話) 2017年4月10日 (月) 04:38 (UTC)
私の意見も挙がっているのでコメントしますが、Hmanさんのご意見の「断りを入れ一つの論を紹介すること」を広く認める方が無駄な論争が減って良いだろうと思います。
「〇書店や×新聞は△党や□翼の御用だから出典として認めない」等の議論はしないで済みそうですし。
ただし、記述が誹謗中傷や名誉棄損とならないように注意する必要はあるかと思います。--Zakinco会話) 2017年4月15日 (土) 02:11 (UTC)
そもそもwikipediaの結構な歴史の中で、「○○によれば××である」は広く用いられていますしね・・・。査読期間の質まで素人集団であるjawpが厳密に判断することは無理です。無理な以上、無責任な様ですが、「○○によれば××である」として、○○を信用するかどうかは読者に委ねるしかありません(もちろん、関係者・談など、誰が言っていたのかわからない様なものは基本的に採用すべきでしかありません。あくまで専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた際に限って適用されるべき考え方です。○○は新聞雑誌などより、その専門家のお名前であることが好ましい。機関誌の類でしたら同様に、ある団体による当事者の主張として紹介することはできるでしょう)。ほとんど無いと思いますが、極めて一部の読者または編集者は、今回でしたらケント・ギルバート氏の発言をフジの捏造とみなすと思われるかもしれませんが、それはもう、個々人の主観ですから致し方ありません。我々はただ、確認出来る事実を紹介することしかできませんからね。ただしあくまで、その記事にとって必要な情報であると認められるなら、と言う前提付きですよ!--Hman会話) 2017年4月16日 (日) 14:43 (UTC)
情報源で著者が自分の意見を述べている(批評)か「誰がいつ何した」のように事実報告しているのかを区別していただきたいですね。「○○によれば××である」という形式は条件付にしても「である」と断定してしまっているのでどちらかと言うと事実記述に適します。提示の例にある情報源からとるなら、「……がネットで話題となっている<ref>ケント・ギルバート...[4]</ref>」などであれば事実記述に当たりますね。事実記述は追加出典を補強していくことで改善できます。「ネットで話題になった」と言っている人が他にいないか探せばいい訳です。一方、ノート:ニュース女子で争点となった批評(「笑うしかない」等)は事実報告ではありませんので、複数出典で補強することも困難です。意見や感想は一人の人物の頭の中にあるものですので。あの人物のとあの人物のも似た意見だからといって一まとめにするとどうしても独自研究のきらいがあります(無論、あの人物のとあの人物のも似た意見だと専門家が言っているのであれば話は別です)。やるとすれば「ギルバートは……について「笑うしかない」と評した」みたいな表現で単一出典で記述せざるをえない訳ですが、突然これが記事に出てくると、ギルバート氏がこう思ったということはそこまで決定的に重要な情報なのかな?と読者は疑問を覚えるでしょう。なお、意見を複数出典で補強できる例外として、その意見がさらなる議論を呼んで専門家間での論争に発展したケース(例「Aは……と評したがこれを受けてBは……」)がありますが、提示の例の場合、そういう発展はあったでしょうか。 --210.149.250.6 2017年4月22日 (土) 04:11 (UTC)

「ソースを編集」 について編集

かなり前からになりますが、『ソースを編集』に文言が変更になりました。

個人的には、Wikipediaにおいて「ソース」という表現に違和感を感じますし、一般人に「ソース」と言って分かる人はかなり少数派だと思いますので、わかりやすく『編集』のみで良いのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

特に、上部のメニューだけならいいのですが、文中の節・項にあると、本文が見づらい印象になってしまうのも、理由のひとつです。ぜひ、皆様のご意見を教えてください。--180.4.220.5 2017年4月9日 (日) 10:13 (UTC)

  少なくとも私の環境かつこのページ(井戸端)ではそのような文言は見当たりません。書き方からすると特定のページで起きている訳でもなさそうですから、ご使用の環境、エディタの設定、どの部分の文言なのか、あたりを書いていただけるとコメントが付きやすいかと思います。--Hiroes会話) 2017年4月9日 (日) 10:50 (UTC)
  コメント 数年前の「ビジュアルエディター」本格導入によって、「ビジュアルエディター」と「ソースエディター」の2種類の編集方法が選択可能になり、両方を併記する際にビジュアルエディターの方を『編集』と表示するようにになったからですね。あくまで区別のためだけのものなので、少なくとも自分の環境の場合、個人設定の「編集 - エディター - 編集モード」で「常にソースエディターを使用する」に設定すれば、ソースエディターが『編集』になります。代わりにビジュアルエディターは使えなくなりますが。ちなみに、井戸端をはじめとする「Wikipedia:〇〇」のページでは、ビジュアルエディターは使えないみたいです。併記設定やビジュアルエディター優先設定だと『ソースの編集』だけが表示されています。--OAUIA会話) 2017年4月9日 (日) 11:22 (UTC)
  追記 失礼、よく確認したら提言した方はIP利用者でしたね。IE11やChromeで軽く確認したところ、非ログイン状態だと、標準名前空間ではビジュアルエディターしか使えないようですね。でもって、ビジュアルエディター使用不可の井戸端では『ソースの編集』が表示されると。つまりIP利用者は登録利用者の「可能であれば常にビジュアルエディターを使用する」設定と同じ状態のようです。登録利用者じゃないと個人設定が使えないので対処法は分かりかねます、申し訳ありません。--OAUIA会話) 2017年4月9日 (日) 11:40 (UTC)念のため間違った情報に取り消し線追加--OAUIA会話) 2017年4月9日 (日) 13:27 (UTC)
そういえばデフォルトはビジュアルエディターでしたね。多分環境依存だとは思いますが、よくわからない誤動作が多かったので早々に切ってしまい、すっかり忘れていました。そういう理由であれば、非デフォルト側の表示をそれぞれ「ビジュアルエディターで編集」「ソースエディターで編集」にした方がより親切かもしれませんね。
初心者がよくお世話になる場所がビジュアルエディター使用不可であるのに、アカウントを取らないとビジュアルエディターしか選択できないというのもどうなんでしょう。問題というほどでもないですが少しモヤモヤします。--Hiroes会話) 2017年4月9日 (日) 11:52 (UTC)理解しました。--Hiroes会話) 2017年4月9日 (日) 14:55 (UTC)
  一応、ビジュアルエディター内の[[ ]]という形のボタンでソースの編集に切り替えることができるようです。--ネイ会話) 2017年4月9日 (日) 12:33 (UTC)
translatewikiの方でウィキテキストエディターの編集のシステムメッセージ「Edit source」はすべて「ソースを編集」に統一して訳されています。デフォルトではWMFがビジュアルエディターの編集を推進したいらしくビジュアルエディターで編集の編集ボタンのシステムメッセージが「Edit」となっています。その為に発生した問題でしょう。
ビジュアルエディターへの要望であればちょうど4月11日19:00(UTC)にビジュアルエディターチームのミーティングがあるのでそちらに参加してみてはいかがでしょうか。また、非ログイン状態でデフォルトで選択されている編集モードは「最後に使用したエディターを記憶する」です。なので、ビジュアルエディターしか使えないということはありません。「ソースの編集に切り替える」のボタンで変更できます。
全プロジェクト共通で「ソースを編集」のシステムメッセージを変更するのは無理ですが、きちんと合意さえあればウィキペディア日本語版で独自にシステムメッセージの文字列を変更することは可能です(既に出てる「ビジュアルエディターで編集」「ソースエディターで編集」にすることも出来ます)。ただ、大きな変更なのでそれなりの期間の議論が必要ではないでしょうか。--mirinano (talk) 2017年4月9日 (日) 12:58 (UTC)
  ネイさんのコメントを見て慌てて確認し直したら確かに「最後に使用したエディターを記憶する」でした…。先に指摘されてしまいましたが、コメントを急いて早とちりをして、180.4.220.5さんやHiroesさんを混乱させてしまい申し訳ありません。--OAUIA会話) 2017年4月9日 (日) 13:12 (UTC)

スレ主です。出張が重なってしまい、仕事が立て込んでいて、お返事ができませんでした。対応してもらったようで、ありがとうございました。ただ、上部メニューが「井戸端」では「ソースを編集」のままなのですが、記事ページでは「編集」になっています。ここら辺は統一しておいたほうがよろしいかと思います。個人的には、上部メニューについては、どちらでも良いと思います。--180.4.220.5 2017年4月15日 (土) 23:31 (UTC)

また、元の「ソースを編集」に戻ってしまいましたが、どういう事なんでしょうか? 非常に残念です。理由などありましたら、お聞かせ願えると助かります。--180.4.220.5 2017年4月19日 (水) 01:21 (UTC)
  返信 (180.4.220.5さん宛) 失礼ながら、これまでの議論には目を通されましたか?もしもまだなのであれば、ぜひ一読される事をお勧めします。--Hiroes会話) 2017年4月19日 (水) 01:41 (UTC)

ユーザーボックスに対してノートを起こしてみました編集

この内容を井戸端に書くべきかどうかも分かりませんが・・・。

Template:User OS:Mac OS Xに、ノートを起こしてみました(内容は改名提案とカラー変更提案です)。
もし宜しければこちらのノートにご意見を頂ければと思います。

--59RY [会話] (以前の名前:yuta*゚) 2017年4月14日 (金) 09:08 (UTC)

導入部の定義における循環について編集

XX国のYY」といった形式で立ち上げられている記事ですが、その導入部について

XX国のYYでは、XX国のYYについて述べる。

のみとだけ記載して、作成しているパターンが存在します。しかしなのですが、このパターンの記事では、そもそも語句XXが分からない方は記事XXを参照し、語句YYが分からない方は記事YYを参照しますから、実質的にはこの導入部は、情報量ゼロの記載になっていると感じます。

このときに読者らに望まれているのは、何らかの新たな情報を提供している文章であり、たとえばフランスの鉄道イタリアの鉄道、以下などの形がよいと思っております。

XX国の農業は、温暖湿潤気候に属しており、最も生産されているのはコメである...

Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)においては、定義とは「最初の文で定義を行ってください。最初の文だけを取り出しても語句説明ができているかどうかが目安です。」とされています。 単なる「XX国のYYとは、XX国のYYのことである。(終了)」では、辞典を読まずとも答えられるような文章で、これでは情報量ゼロで、説明もゼロであり、調べに来た人をがっかりさせると私思います。

なお英語版では、これは "This is a list of X" の例にあるように、「Xの一覧とは、Xに関する一覧である。」といった逐語的な繰り返し(A clearer and more informative introduction to the list is better than verbatim repetition of the title.)は、可能であれば推奨されない(better)とされているようです。

この件については、そういった形で書くことができる有志が徐々に直していけばよい話だと思います。しかし一部では「XX国のYYについて述べる。」として機械的にそろえようとする行動も見られるので、考えについて皆さんの意見をお願いします。--Soren Bradley会話) 2017年4月14日 (金) 10:48 (UTC)

よい例として挙げられているどの例も「定義」ではないと思います。恐らく無理に「定義」を付けようとした結果、そのような表現になってしまっているのではないでしょうか。そういった意味ではスタイルマニュアルに注記を追加した方が良いかもしれませんね。--Hiroes会話) 2017年4月14日 (金) 11:26 (UTC)冒頭部追記 --Hiroes会話) 2017年4月14日 (金) 23:30 (UTC)
  追記 提案してきました。あちらで書いていて気付いたのですが、問題のあると思われるページの具体例がいくつかあるとより議論が進めやすいかと思います。--Hiroes会話) 2017年4月14日 (金) 11:55 (UTC)
  個人的意見ですが、私は前者の方が記事の定義がハッキリして利用者のためだと考えています。後者の文章は、定義なしに唐突に本文が始まるように見えて、その記事だけを見た場合に違和感が拭えません。一方前者では「記事の扱う内容」が明確に宣言されていて、内容の理解を助けるかと思います。如何でしょうか?
(上記の例だと分かりにくいですが、例えば スリランカ関係記事の一覧海上自衛隊艦艇一覧日本のアナウンサーなどでは、前者のスタイルの方が圧倒的に良いと考えます。…が、過去これを機械的に後者に揃えようとする方がいてリバート合戦になったこともありました。)--Honeplus会話) 2017年4月14日 (金) 22:56 (UTC)
あともう一点、前者のスタイルですと、冒頭部に必ず「XX国」「YY」についてのリンクを貼れるという単純なメリットがあります。--Honeplus会話) 2017年4月14日 (金) 23:00 (UTC)
  やはり個人的意見ですが、スリランカ関係記事の一覧では冒頭の一文がなくても利用者が困るとは思えません。また海上自衛隊艦艇一覧日本のアナウンサーではより詳しく書かれており、今回問題にされているケースとは異なるのではないでしょうか。--Hiroes会話) 2017年4月14日 (金) 23:40 (UTC)
  ナビゲーション・ポップアップ、wikidataのガジェットなどリード部分を利用した利用者としては具体的記述もあった方がいいように思います。困りはしませんが、スリランカ関係記事の一覧の場合、種別に分かれた一覧なのか、あいうえお順なのか書いてあってもいいように思います。 --Camillu87会話) 2017年4月15日 (土) 00:53 (UTC)
  返信ありがとうございます。スリランカ関係記事の一覧では利用者が困ると思えないのは同意です。が、そうすると冒頭部が無くなってしまい、それはそれで記事として微妙かなと感じます…。あと、要る記事要らない記事の線引きも問題になる気がします。ただ要る記事だけで十分という主張にも納得できます。
(もっと多数の例が上がると、傾向が見えてくるかも?)--Honeplus会話) 2017年4月15日 (土) 12:12 (UTC)
  スリランカの場合、知識として国で場所がわかっていますが、セーシェル関係記事の一覧といった主題が既知でない場合には、「...は、インド洋西端にあるセーシェル共和国に関する記事の一覧」という補足がないと、辿っていかないとわからないということもあると思います。--Camillu87会話) 2017年4月15日 (土) 13:07 (UTC)[
  コメント - 前者については『本項ではXX国のYYについて述べる。』という形式にしてしまえば同じ語句が循環しなくなりますがどうでしょうか。「スリランカ関係記事の一覧」については「スリランカに関係する記事の一覧について述べる」となり記事名と太字が変わってしまうので賛否両論かもしれませんが、「日本のアナウンサー」なら記事名ママでも違和感のない文面になります。--ButuCC+Mtp 2017年4月15日 (土) 13:38 (UTC)

  過去の議論だと、Wikipedia‐ノート:スタイルマニュアル (導入部)/定義文の体言止めや別名表記#複合的記事名(子記事)において暗黙的に多用されてきている「○○では」やトートロジー定義文で少し議論がありますね。個人的には、自然な書き出しでなおかつ読者に情報を与えて興味を引くような一文から始まる、後者の書き方を好みます。機械的に前者に統一しようとするのは止めてほしいなあ。ただ、後者の書き方は、どう書けばいいというのが一概にはいえず、適切な後者のような書き出しを作るのは一捻り必要となり、ちょっと手間であり、編集者間で意見の相違が生まれやすいかもしれない、という欠点が考えられますね。海上自衛隊艦艇一覧のように記事の内容が記事名からは非自明なケースでは、前者的書き方も有効のようです。どっちかに統一というよりは、まずは、Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)に後者のような書き出しもあるよということを示すのが必要でしょうね。--Yapparina会話) 2017年4月15日 (土) 00:16 (UTC)

  コメント あまりこだわらないので基本的にはどっちでもいいかなと思うのですが、モノクローナル抗体の命名法こうなったのは如何なものかと感じないでも無いです。基本的には後者にすべきと考えますね。--Karasunoko会話) 2017年4月15日 (土) 05:03 (UTC)

  過去に議論があったという事で、あちらでの提案を同じWikipedia:スタイルマニュアル (導入部)に移しました。もう少し様子を見てコメントが付かない様ならコメント依頼も出そうと思います。--Hiroes会話) 2017年4月15日 (土) 13:04 (UTC)

  WP:LAYOUTには「できるだけ、記事名(ページ名)を最初の文の主語(主題)としてください。」と書いてますが,前者だと記事名じゃなくて記事そのものが主題になってて,それに気付くのに若干時間が必要だし,無駄でしかない繰り返しがあるしで,避けるべきだと思います(個人的には「○○では」系は絶対にやめてほしいと思っています).「本項では」とか「本項は」とかすれば誤読の余地が無いのでいいかなとは思いますが.基本的には後者だと思いますが,なんの記事か分かりづらくなっているケースもありますし,無理にそうするのもどうかと思います.新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月16日 (日) 03:04 (UTC)

  「機械的にそろえようとする行動」というのは私の編集のことなのでしょうけど、相談者によって機械的に除去された定義と概要節を復帰させたに過ぎません。このような物言いは他人を貶めるものであり、非常に無礼です。相談者は、以前もここに虚偽の前提で議論の提起をしたことがあります。自分に都合のいいコメントを得るためなのか、自己の粗悪な編集を直された腹いせなのかわかりませんが、真に卑劣な態度です。
やはり、冒頭には主題(=記事名)の定義、固有名ではない説明的な記事名の場合は記事の定義が必要であると考えます。「興味を引くような一文」より前に、読者が自分の探している記事であるか否かを判断するための情報が必要でしょう。特にスマホ検索をする人にとっては、データ通信量が無駄に増えずに済みます。
後者の場合、後者派の人からも「なんの記事か分かりづらくなる」という懸念を示されてますが、そればかりではなく、不正確になったり、中立性が崩れる懸念もありますね。「 XX国の農業は、温暖湿潤気候に属しており、最も生産されているのはコメである...」は日本語としてもおかしいですが、それを大目に見るとしても、主題がどこにあるかわかりませんし、「温暖湿潤気候」や「最も生産されているのはコメ」が飛びぬけて重要な事項であるかのようになってしまいます。また、「モノクローナル抗体の命名法は商標登録されていない名称である一般名をモノクローナル抗体に割り当てるための命名体系である。」だと、「モノクローナル抗体の命名法」が固有名であるかのような誤解が生じますね。日本語版と英語版の間ですら定義が完全一致してないようなので、このような書き方には疑問を感じます。あまりいい文章とは言えませんが、「モノクローナル抗体の命名法では、商標登録されていない名称である一般名をモノクローナル抗体に割り当てるための命名体系について解説する」の方が正確性の観点から見ればマシかなと思います。
そもそも、ここで出されている文例の殆どに違和感があるのは、定義を書かなければならないということではなく、「記事名を第一文の主語として太字で書く」という決まりにあるように思えますね。「本項では~」だけでいいかとも思えます。しかし、検索の都合上必要なのかもしれません。--uaa会話) 2017年4月16日 (日) 17:39 (UTC)
後者にした場合の正確性に問題がある例としてもう一点、。英語版のen:Capital punishment in Japanでは、定義が「Capital punishment is a legal penalty in Japan..」となってますが、これもおかしいですよね。これでは”Capital punishment(死刑)”が日本独自の制度のようです。逐語的な繰り返しを無理に避けた結果でしょうね。--uaa会話) 2017年4月16日 (日) 18:08 (UTC)

個人的には「説明的な記事名かつ記事名以上の情報が『全く』ない定義」は不要だと考えます。こういったケースでは定義があったからといってそこから新たな情報が得られる訳ではありませんから、読者の判断の役にも立たないでしょう。こういったケースに限っては除外してもいいのではないでしょうか。
Yapparina さんが紹介されている過去の議論では、「en版では例外事項を設けているのでそれに倣ってはどうか」としたところで議論が止まっていますね。--Hiroes会話) 2017年4月16日 (日) 18:41 (UTC)
  Capital punishment を全く知らない人が読むとそうなる可能性もあるか知りませんが,普通その心配はないのでは.新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月17日 (月) 04:51 (UTC)

  こちらが延びている為、Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)での提案を取り下げました。--Hiroes会話) 2017年4月16日 (日) 18:41 (UTC)

『「機械的にそろえようとする行動」というのは私の編集のことなのでしょうけど、相談者によって機械的に除去された定義と概要節を復帰させたに過ぎません。』というuaaさんの発言ですが、これは明らかに嘘です。例えばオランダの教育は初版にも翻訳元の英語版にも無理やり作った定義文など無く、自然な導入部があったのを強引に概要節を作製することでuaaさんが定義文だけの全く意味を持たない導入部に変えてしまわれました(特別:固定リンク/57842621|初版、uaaさんによる編集)。従ってuaaさんのむしろuaaさんの編集こそがスタイルマニュアルで明確に禁じられている「機械的に導入された定義と概要節」と呼ぶべきものです。そもそもこういった説明的記事の場合、項目名自体が定義そのものであり、わざわざ自己言及的な定義文をつくるほうがおかしな話です。そういった意味でトートロジー的で無意味な前者より情報を含んだ後者のほうがベターだと申しております。「〇〇の××」といった項目名なら〇〇と××をそれぞれリンク先で定義すれば十分でしょう。普通に考えて項目名だけで「読者が自分の探している記事である」かどうかは明らかです。ガイドラインの改訂を考えるなる定義文を絶対につくるという部分に対する例外規定を設けるのが第一です。それと、本題とは少し話がずれますが、いい加減概要節なるガラパゴス分化は辞めにしませんか?これを認めてしまうがために「定義文だけ書いてあとの要約は概要説に」、といった本来の「導入部は完全な記事であるべき」というガイドラインに完全に背く記事が量産されるように思います。特にスマホでの閲覧を考えるなら導入部に要約がないのは致命的であり、定義があるかないか以上に重大な問題です。--Karasunoko会話) 2017年4月16日 (日) 20:36 (UTC)

前者と後者では明らかに後者がよろしいと思います。時々あるのですが、半ばくらいまで読まないと何について語っているのかよくわからなかったりする、特にフィクション記事とかですね、本当にあるんですよ。まず読者の方々に「何を読んでいるのか」をはっきり認識して頂くと言う姿勢は重要です。ただしこれはその目的を完遂できればよいだけの話で、定型文や厳密な文例は余り好ましくは無く、どうすべきかを記すに留めるべきものですね。また概要についても、それが必要(あるのが自然)な場面は、まあKarasunoko氏が想像できるかできないかはさておき、あるんですよね。先述の通り、冒頭部で「何を読んでいるのか」を解って頂く必要があります。主題が大きなものですと、必然的にそれも大きくなります。読み進めなければわからないより、わかった上で読んで頂く方が好ましい。この場合サイズの都合から、軽い説明の「冒頭」と、より深く全体像をわかっていただく「概要」に分ける事には一定の意義が有ると思います。そもそも、「目次」が出るのは「冒頭」と「概要または本文」の間であり、冒頭が長くなりすぎてはいけません。冒頭の肥大化はまずいでしょう。目次は必要なもので、それが相当にスクロールさせなければ出て来ない記事は、普通に読み難い記事です。また、それでも冒頭は必要なもので、つまりサイズの都合上から「冒頭」「概要」(広義には概要も冒頭です)に分割することが適切であるケースも相応にあるはずです。かつて私が書いた記事に「如意ヶ嶽」がありますが、冒頭と概要はそんなこんなを全て考慮した上で記述しています。好みもあるでしょうが、仮にサイズが変わらないとしますと、「概要」節をそれなりに整形しつつ全て狭義の「冒頭」に収めてしまうのは不適切と考えます。試しに見て見ましたが(まあ昔書いたものなので・・・)、「メッサーシュミット Bf110」でも同じ事が言えると思います。ただし「五式戦闘機」程度なら当時の私は冒頭に収めきれると判断しています。「乳房再建」では非常に簡潔な「冒頭」となっています。ただしこの記事も、「概要」を「冒頭」に移植してしまうと、やはり目次までの距離が長すぎる感があります。本番の執筆開始までに大抵、ほとんどの資料はもう揃ってますから、それくらいの予測は付くのですね。結局記事の題材や、特に規模などにより、当然、ベストまたはベターな記述法は変わってくるわけです。すなわち冒頭と概要のバランス、概要の有無、各々の長さ、緻密さ。全てケースバイケースです。具体的にはその方が経験ある常識的な執筆者である場合、主執筆者の裁量に任せるところでしょう。故に十把一絡げに概要なんていらない!・・・と言う考え方には賛同できません。同時に、私もよくやるのですが、定義文だけの冒頭についてはそれでは不足と考えた場合、加筆が行われる場合があります。「ウィキペディアの記事は全て書きかけ!」と言う観点から考えますと、その時点で冒頭が定義文だけだったとしても、ただちに大きな問題と言うわけでは全くありません。ですが、「できるだけ早く、読者に何を読んでいるのか、全体像を掴ませろ」と言う点、これはおおよそにおいて正解でしょう。概要も広義には冒頭に含まれるとし、要はノリとしては結論から先に書く感じで、「冒頭または冒頭および概要でそれなりに完結している」ことを「推奨」する、辺りが落としどころと思います。強制/義務化は、特にまだあまり経験を積まれていない方による新規執筆について、それのハードルをあげるだけであり、かつ押しつける自警が多発すると予想され、益は無いでしょう。暇でかつ経験のある人が黙って直される分には良いのですが、jawpと言うところは先方の会話ページに、有無を言わさぬ論調で殴り込まれる方が決して少なくはありませんから。また、一応、「google検索でどう表示されるか」についても、検討するに越したことはありません。もちろんgoogleに合わせすぎて、読み難くなってしまっては本末転倒ですが。とかく、色々な側面から検討し思料し構成を考えていくべきもので、できれば「概要が必要派」「概要は不要派」などができない態勢が好ましい。全員が、「必要なら概要節を設けるが、不必要だと思うなら設けない」と言う考え方でことに当たれればそれがよろしいのではないかと存じます。--Hman会話) 2017年4月17日 (月) 10:26 (UTC)

  • 精読した訳ではないのでおおざっぱな意見でしかないのですが、Hmanさんの挙げていただいた具体例を読んだ結果、やはり概要なる節は基本的に置くべきでないと感じました。何故かと申しますと、本来導入部やスタイルマニュアルに記載されているところの概要節には記事の要約を記すべきと書かれており、記事本体に書かれている内容が抽出されてそこにあるべきな訳ですが、Hmanさんの示された三例はいずれもそれを満たしていません。すなわち、例えば如意ヶ嶽の概要節では如意ヶ嶽の地理的情報や語源などが記されていますが、これは以下の本文には全く出てこない、概要にしか出てこない情報であり、概要として成立していません。誤解していただきたくないのは、このような内容の節が不要というのではなく、概要という名前をこの節につけてしまわれることが問題だというところです。これが別の名前であれば特に問題はないでしょう。乳房再建についても同様です。概要にしか書かれていない情報があることが混乱の元です。また、メッサーシュミット Bf110については「概要・開発経緯」というのでなく「開発経緯」とだけしてしまうことに問題があると思えません。要するに、仮に概要節を設けなければならないほど導入部が肥大化するのであれば、それは本来導入部に含めるべきでない内容がそこに含まれているためであり、それを適切な節分けする場合に「概要」という名前を使うべきでないというのが私の意見です。--Karasunoko会話) 2017年4月17日 (月) 10:55 (UTC)
概要節が「記事本体に書かれている内容が抽出されてそこにあるべき」でなければならないとする根拠はどこにあるのですか?スタイルマニュアルには「要約は「概要」の節を作って書くのもいいでしょう」とありますが、「概要の節には要約しか書いてはならない」とは書いてません。ならば、導入部には「本文には全く出てこない情報」があっていいんですか?逆でしょう。本文に節を作るほどの記載量にはならないような事柄を記載できるのも概要節が存在する意義であると考えます。
今更概要節を止めるなど、大きな混乱を招くだけです。現に今でも「導入部の長さは30,000バイト以上の長い記事で3~5段落の長さ」などの規定に固執して機械的に概要節を取り払う人がいるのですから、安易に禁止すれば程度の低い自警が膨大な記事を破壊しまくるのは目に見えてます。そういう輩に適切な節分や節のタイトルを付けることなど出来るとは思えません。そこまでして概要節を禁じるメリットってあるんですか?--uaa会話) 2017年4月17日 (月) 12:58 (UTC)
とりあえずこれだけ指摘させていただきますが、『「導入部の長さは30,000バイト以上の長い記事で3~5段落の長さ」などの規定に固執して機械的に概要節を取り払う人がいる』というは私の感覚からすれば全くの逆で、実際に行われているのは『「単純に導入部の途中に見出しを挿入する」ことによって「概要」節を機械的に作る人がいる』です。uaaさんの編集がまさにそれにあたると言っております。そしてuaaさんのみならずこういった編集(参考1参考2)を行う「自警が膨大な記事を破壊しまくる」ために概要節なる節を許容することの弊害が大きいと主張しております。--Karasunoko会話) 2017年4月17日 (月) 13:16 (UTC)
本来の議題からそれるので、私もこちらの件については最後にしたいと思いますが、どう見てもこの版よりこの版この版よりこの版の方が見やすいです。私の感覚からすれば、いずれの記事もあなたの差し戻しによって、結果的に冒頭部分がごちゃごちゃ醜くなっただけです。元の方が簡潔で良くまとまっていると感じます。導入部に「日本での咬傷事故」とか対策を長々と書く必要があるんですかね?係留観察とか本文では触れてないし。それに、何れも機械的にされた概要消去を復帰させたまででしょう。--uaa会話) 2017年4月17日 (月) 22:30 (UTC)
少なくとも上記でuaa氏が示された2つのケースに関しては、私はuaa氏が適切であると判断された版を強く支持します。また極端な事を言えば、とどのつまりjawpの記事は情報量と質が同じであれば、単純に読者にとって見やすい・読み易いものが正義だと見てよろしい。小難しい理屈をこね回す必要はありません。方針文書やガイドラインをつっつき回す必要もありません。基本的には読者のための記事なんだと言うこの一点を最重要視して執筆者各位は執筆を行うべきです。もしそれが現行のルールに反するなら、敢えて一時的にルールを無視してよろしいでしょう。ただし、実際問題に合わせたルールの改訂についての準備を忘れてはいけません。本来ルールと実際の運用が異なるのは言う間でも無く好ましい状態ではありません。なお、主観と言うものが多く含まれる問題でございますから、基本的には、それがwikipediaの基本方針やその他法律・公序良俗などに反しない限り、多数派に合わせることを拒む理由はないでしょう。しかし私は基本的には、主執筆者や実際に執筆に関わっている方々によるノートでの議論によって「ケースバイケース」で判断されるべきものであると言う考えをお勧めしたいです。「十把一絡げ」って非常に乱暴で、故に邪悪です。そうは思いませんか?もうぶっちゃけて言えばスタイルマニュアルなど大体の指針であり、特にこれで不都合がないなら大体こんな感じでやるようにしてね、ってもんでしょう。もうそもそも、冒頭に思い切り「文章のスタイルよりも、記事の内容の方が大事であり、執筆者は当マニュアルで規定するスタイルに絶対に従わなければならないわけではありません。」って明記されていますし[5]。「Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)」でも、(必要なら別途)概要節作っていいよーって書いてあります。そして概要をどう書くかにについてはまぁできるだけ適切にやれ、それ以上の指示はありません。記事自体千差万別なんですから、そりゃ当たり前です。記事Aでは通用した書き方が記事Bでは通用しない場合が多々なんて、そりゃそうでしょう。そしてこれらについて、概要や冒頭の書き方を厳しく規定するような改訂は必要無いと考えます。ちょっと論調が木を見て森を見ずになっている感がございます。ボトムアップよりトップダウンの方がいいんじゃないですかねぇ・・・。ま、昔から概要必要派と不要派の確執はあるみたいですけどね。私はどちらかにすることにより見やすさが著しく損なわれるケースを除き、どちらでもいいと考えて居ますし、先にリンクで示しました通り、「ケースバイケースで」どちらの手法も使います。と申しますか、あらゆる手法を否定せずにやってきました。品質や生産性のあがるものなら何でも取り入れようとしていましたし、でないものは捨ててかかります。足下では無く前を向いてやっていました。--Hman会話) 2017年4月18日 (火) 00:33 (UTC)
私としましては「???」と言った感じです。何かを禁止するには、それが非常な害悪であるという事について、強力な全体合意が無いとお話にならないことは、これは当然のことと認識しております。記事の体裁が著しくよろしくない、これが前提であれば、当時のGA選考や、一部新記事賞や強化記事賞もあったと思いますが、これらの選考は不適切だったと言うことにもなりますから、遡っての見直しも必用となるでしょう。私の以前執筆した記事について、どれかを選び、ざっとで良いので、Karasunoko氏がお考えになる「理想的な記事」に改稿され、履歴継承を行いつつご自身のsandbox等に複写され、最善のパターン、またKarasunoko氏がお考えになる最悪のパターン、そして原状版。これらを並べて比較できる態勢を整えると、もしお考えが適切なのであれば、賛成意見は得られやすいものと思います(ライセンスやjawpの概念上、別に私が主執筆者である記事である必要などは無いのですが、人間どうしても遠慮と言うものがあるでしょうから、私についてはそれは不要ですよと言うことで)。方針改訂などでも「例文の提示」で実際に見せてみますよね。あれと同じ事です。--Hman会話) 2017年4月17日 (月) 20:02 (UTC)
これに関して思うのは、一部に過剰にビジュアルに注力されるケースがある所です。一例として、TOC部が大きくなってくると、導入部の文字数を削って帳尻を合わせようとするケースがあります。ですのでTOCが肥大していくと導入部は一行だけになってしまったりもします(TOC limitは邪道であるとのことです)。私の感覚では百科事典というものは、観賞用や展示用ではなく実用品である思っているので、そういうのはどうかなと感じます。--Soren Bradley会話) 2017年4月20日 (木) 11:36 (UTC)

その経緯はさておき、議論が主題とは直接関係ない方向に移っている様に思います。「記事冒頭に『完全に』自己言及でしかない『定義』は必要か」(若干絞りました)についてはどうお考えでしょうか。私はそのような定義は不要であり、ガイドラインにもそのように明記すべきと考えます。--Hiroes会話) 2017年4月17日 (月) 14:20 (UTC)

「記事冒頭に『完全に』自己言及でしかない『定義』は必要か」については不要と考えます。一方私もKarasunokoさんの意見を追認します。この問題は根深く、既存の導入部での記事全体の要約まとめを安易に「==概要==」に分離しようとする人々(とそれに起因する拡がり)による影響が少なからずあるように思われます。WP:LISTが草案レベルであることを踏まえると、ご提案をWP:LSガイドラインに加えることには意義がありますが、慣習だとして善意で現在も無意識に概要節を作っている人々、また変更を知らない(知らなかった)人々とのあいだでこの問題にぶち当たるたびに変更点を説いていくのは問題の根深さ的に相当骨が折れると思います(圧倒的に記事中の概要説の多さ+既存の概要節をみて踏襲していく人>>>>>>>>>>>>>>>新ガイドラインの認知度でしょうから)。--Gohki会話) 2017年4月17日 (月) 18:37 (UTC)
結局のところ、「懐深く」考えると良いと思います。私は「概要」節も広義の「冒頭」と考えております点を予め申し上げた上で、少数の議論により個々のケースによる吟味と言うものを廃した画一的なものを強要し指示の肥大化と参入障壁をあげる行為はまず慎みたいと申し上げます。どうしても必要でない部分で参入障壁を無駄に高くし続けると、しまいには誰も来てくれなくなりますから。Hiroes氏は「記事冒頭に『完全に』自己言及でしかない『定義』は必要か」との論で、冒頭/概要と言う、広義でいえば冒頭内での区切りと言うものですね、それを無くしてしまおうとお考えですか?以前の書き込みで申し上げた通り、分けた方が自然であるケースも当然あると考えるべきで、私は自然な感覚に従い、それなりに多くの新規記事・強化記事(賞を取ったものばかりではないですよ!よって数なんて自分でも全く把握していません)を書いて参りました。現在に至ってもその辺りの構成については、少なくとも問題とされるものではないと考えております。反面、もし、至極単純に、「記事冒頭に『完全に』自己言及でしかない『定義』のみが配置されていることは好ましく無いのではないか」と言うご意見でしたら、これは、少なく無いケースでYesと言えるのではないか、つまりもっとしっかり書くべきではないか、と言う私感を持ちます。もし概要節に細かく書かれていたとしても、一旦、目次で区切られてしまいますからね。しかしながら、記事全体の規模、題材と規模に異存する広義の冒頭部に配すべき内容、さらに執筆者の好み、閲覧者の好み、私が考えつくだけで以上の要素は少なくともあるわけですから、これを画一的に規定してしまうのには無理があると思います。この問題、「主観」は相当に大きいと思いますよ。--Hman会話) 2017年4月17日 (月) 20:02 (UTC)
  Hmanさん 読みすぎです。私の思考回路はもっとシンプル(笑)です。冒頭/概要の区切りの有無については特に考えていません。冒頭と呼ぶことで誤解が起きるのであればなら出だしと言い換えます。この項の最初にあるような「完全に」自己言及な出だしでしか表せないなら「なくてもいい」んじゃないかと。今のガイドラインはそう読めないように思いますので、「こういった場合はなくてもいい」なる規定があった方がいいんじゃないかと。それだけです。 冒頭/概要の区切りの有無に踏み込むことで議論が停滞しているように思います。このケースに限らず、諸規定の変更が広く受け入れられるには時間も手間もかかるというのは Gohki さんのご指摘のとおりだと思いますので、なおさら出来る部分だけでも手を付けてはどうかと思う次第です。--Hiroes会話) 2017年4月18日 (火) 04:13 (UTC)
すいません、なんかその、このページ自体の議論が凄く拡がってしまっている感じで、そこでなんやかんや考えすぎた感が(笑)。「冒頭部が全く無いのに、全体的に見るとなんら問題無く、むしろ優れている記事」にお心当たりがございましたら、幾つかご紹介頂けるとよろしいかと存じます。やはり百聞はなんとやらでございますし、個々人の想像力がどちらを向いているのかも人それぞれで、いくつか具体例を見せてもらわないとピンとこないと言う部分もやはり・・・。--Hman会話) 2017年4月18日 (火) 07:03 (UTC)
先の返信では肝心な部分が抜けていて誤解を招いたようで申し訳ありません。私が気になっているのは「定義」の部分です。具体例でいうなら、最初に例に挙がっているフランスの鉄道の出だしは「記事の定義」とは呼べないと思いますが、ここに「フランスの鉄道ではフランスの鉄道について述べる。」などといった記述ぐらいしか書くべき事がないとしても定義文が必要かどうかという事になります。現在のjawikiガイドラインでは「なくてもよい」とは書かれていないように思いますので、過去の議論でも出ているようにenに倣って一文加えてはどうか、という話であります。恐らく起案者の意図もそういったシンプルな話だと思っています。--Hiroes会話) 2017年4月18日 (火) 08:02 (UTC)
  追記 具体例にしてしまった事で「そこはこういう書き方も出来る」などの反論の余地もあろうかと思いますが、そちらは今は考えません。あくまでも「そういった書き方しか出来ない場合にも定義が必要かどうか」で考えて頂きたく思います。--Hiroes会話) 2017年4月18日 (火) 08:28 (UTC)
わかりきったものをわざわざ様式美の様に書かなくても特に問題は無い、しかしまあ別に書いても問題はない、どっちでもよかろう、これは解ります。ただし有った方がよいと判断した編集者による加筆修正は妨げない(としておかないと恐らく高頻度で編集合戦になります)。取り敢えずここまでで一区切りです。少なくとも「立項時の義務」とする強い必要性があると言う主張を、現時点では行うつもりはありません。良い冒頭が思い付かなかったら無しであげていいし、その場合はその後、何年後かはわかりませんが、思い付いた人が加筆すればいい。しかしなんでしょう、当該記事については何故かもの凄い違和感を感じます。うーん、「いきなり本文」である感とでも申しますか。もしかしたら私が永く執筆を続けていたが故であり、読者諸兄は別に気にならない可能性も、当然ございますことですし。とかく、ライトユーザーを含めた多くの方からのご意見を募ってみないことにはな、としか今のところは申し上げられない感じでしょうか。いやそのですね。「フランスの鉄道ではフランスの鉄道について述べる。」だけ書くなら不要だったとしても、ならもっとしっかり書けばいいじゃない!できるだけ!アタマでわかりやすく!!と、こういう考え方も。あーもう私ガチガチですねぇ。あーあとなんですか、無くてもいい候補としてあり得そうそうなのは「○○の登場人物一覧」とかですか。--Hman会話) 2017年4月18日 (火) 08:53 (UTC)
簡潔に纏めて頂いてありがとうございます。編集合戦の危惧にも同意ですが、加筆する側の動機のひとつとして現状のガイドラインがあるようにも思います。違和感については慣れの影響は無視できないと思います。私も最近感じますので(笑)。「ならもっとしっかり書けばいいじゃない」については正直今回の例では私も例示した後で同じように感じましたので、例が悪かったと思いつつ追記を入れさせていただいた次第です。また一覧系は結構ありそうに思えますね。ただ具体例を出そうとすると「xx(特定の出典)を除いた」が付きそうな例ばかり浮かんでなかなかいい例が出てきません。--Hiroes会話) 2017年4月18日 (火) 09:34 (UTC)
冒頭の定義は是非必要と思えるケースじゃなくても是非入れるべきだ!・・・について、まあちょっと考えてみたところ、説得力のありそうな理由は「大したコストじゃないんだから、各ページで冒頭くらいはそれなりに定型にしておいた方が読者が戸惑わないだろう」くらいでしょうか。勿論、繰り返しますが、「立項時に義務化」なんてレベルでも、強い推奨でもないと思います。書きたければ暇な誰かが加筆すればいい、かつ、それを取り除く行為は無価値であるため慎むように。これくらいのぼんやり感でいいと思うんですよね。指示が肥大化すると、立項のたびにGA選考かっ!って感じになりますよ、しまいには(苦笑 --Hman会話) 2017年4月18日 (火) 11:03 (UTC)
  コメント(既に述べたことですが)本項形式なら循環が起きないので定義文(定義ではなく「この記事で何を解説するかの宣言」というべきか?)を添えても大して問題ない気がします。これで前者形式の循環を解消しつつ、後者形式でも記事名を冒頭に示す(検索上のメリット?)ことができますがどう思いますか? 
本項ではフランス鉄道について述べる。
フランスの鉄道輸送は、フランス国鉄(SNCF、Société Nationale des Chemins de fer français)がほぼ独占して運行し…
「XX国の農業」でも「○○の登場人物一覧」でも同じやり方ができます。概要云々に関しては上の例で言えば2段落目以降に相当する文をを節分離するか否かと言う話でしかないため、本件とは別に考えた方が良いと思います。冒頭文の書き方が記事名の自己言及になる事例として一覧系(「XXのYY」の「YY」に「一覧」が入る場合)もありますが、一覧系の場合はそもそも2段落目移行に続く文章がない場合がほとんどです(そのまま一覧や表に移行するため)。--ButuCC+Mtp 2017年4月18日 (火) 12:10 (UTC)
そうですね。「google検索で出て来た時にぱっと見で解りやすい」点が、定型的な定義文があることの利点の一つと申します。しかし逆に、「有る事によるデメリット」および「無い事のメリット」は存在するでしょうか。現時点ではちょっと私は思い付いていません。ただ、私は「どっちでもいい、ガイドラインはどちらも強要しない」が良いと思っておりまして。もし「有る事によるデメリット」が無いか非常に軽微なものでしたら、それを積極的に禁止する必要はまるでなく、「どちらでもいい」か「まあできればあった方が好ましいかな」に収まるのが自然と考えます。--Hman会話) 2017年4月18日 (火) 20:11 (UTC)
  ここで言う「定義」は「記事の定義」つまり「何を解説するか」ですから、本項形式は充分に定義であると思います。ほぼ同じ語が反復するよりは日本語としてよほどスマートですね。ただ記事名によってはそのまま文章にしづらい事もありますので、太字条項と併せて「こういった書き方もいいでしょう」的な例があってもいい気がします。あと一覧系はそれでもいらない気が個人的にはします。もちろん追記のない場合ですが。--Hiroes会話) 2017年4月19日 (水) 01:26 (UTC)
  一応確認したいのですが,まだおかしな方向に議論を持っていく人がいるようですが,もともとの問題は「記事の定義」を書くかどうかではなく,それを奇妙な反復で書くかどうかですよね? 新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月19日 (水) 03:17 (UTC)
確かにそうなのですが、結局のところ「それ以外の書き方が見つからない場合にどうすべきか」についての記述が無い事がその状況を生んでいるのではないでしょうか。私としては「そういうときは反復を避け、こう書くといいでしょう」みたいな一文があれば、少しはマシになるのではないかと思います。私はいまのところ「本項」推しですが、その場合例えば海上自衛隊艦艇一覧みたいなケースで太字条項をどう扱うかなんかも検討しないといけませんね。--Hiroes会話) 2017年4月19日 (水) 23:11 (UTC)
────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────  2文目は私も強くそう思います.(既に述べていますが)私も「本項」はよいと思います.1文目については,それもありますが,太字条項のせいもあるんじゃないかと思っています(なにがなんでも記事名を一字一句変えずに冒頭に入れなければならないと思っている人がいるように思います).「海上自衛隊艦艇一覧」も別に「本項」でできるんじゃないですかね.「本項は海上自衛隊艦艇一覧である。本項では、海上自衛隊が過去保有した、または現在保有する、または将来保有する予定の、未完成・計画中止を含めた歴代艦艇を一覧する。」(太字は略)として問題があるようには思いません.新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月20日 (木) 09:39 (UTC)--(下のEULEさんのコメントの繋がりが分かりにくくなるためインデントを調整しました。)--ButuCC 2017年4月21日 (金) 14:10 (UTC)
  コメント - 現状、Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)#導入部(第1段落)の例にはここの議論で有効な場合があることが確認され、実際に用いられている「後者形式」や「本項形式」などが例示されていません(現状の例は似たようなものばかりで逆に省いても問題なさそうなのが結構ありますね…。その中でも『東洋思想での(みち)』は「必ずしも冒頭に記事名を太字で持ってくる必要はない」ことを示す好例だと思いますが)。この例示のバリエーションを増やせばこのガイドラインを見た人に対して「こういう書き方もあるんだ→どっちでもいい」という方向で理解してもらいやすいと思いますし、機械的な変更に対して反論しやすいです(例示が不足している現状では毎度ここで出てきたような話をかみ砕いて相手に話す必要が生じています)。
なお、定義文が無いとこういう事も起こり得ます(親子関係にある記事のうち「XX」(親)ありきの「XXのYY」(子)記事で時々起こる)。一方で、こういった関係の記事の場合は{{Pathnav}}によって記事名が示される(ことによって検索上のメリットはクリアできる)場合があるので、定義文を書くとしても「記事名を太字で書く」必要がかえってなくなる場合もあります(ポケモンの一覧 (1-51))。こういった事例も含め、現状のWikipedia:スタイルマニュアル (導入部)#導入部(第1段落)の例は一覧系や親子関係記事の事情を考慮しておらず、最初の話にある「用語の反復」といった特有の問題がカバーできない状態に陥っているのだと思います。--ButuCC+Mtp 2017年4月21日 (金) 14:10 (UTC)
音楽が死んだ日を見た時は、こういう書き方もありかと感嘆したんだけれども。--EULE会話) 2017年4月18日 (火) 14:55 (UTC)
あれ、何故でしょう。これは一目、違和感が少ない。乱暴に例えるなら、「○○は××である」を比較的長い文章で表現したかたちですか。もちろん、「『音楽が死んだ日』とは、1959年2月3日・・・」と言う良く有る形式でも何ら問題ありません。慣れた執筆者なら苦も無く書き換えられるはずです。結局「どっちでもいい」になってしまいましたが・・・。--Hman会話) 2017年4月18日 (火) 20:11 (UTC)
  正直、こういう書き方には違和感バリバリです、、、作者は拘っているつもりかもしれないけど、こういう書き方は百科事典としてパッと見て混乱するので、できれば止めて頂きたいです、、、--Honeplus会話) 2017年4月18日 (火) 23:58 (UTC)
  記事としてはあまり違和感を覚えませんでしたが、辞典に相応しい書き方かと言われればちょっと疑問ではありますね。--Hiroes会話) 2017年4月19日 (水) 01:26 (UTC)
  確かに「こういう書き方もありか」とは思いましたが,記事名が出てくるのが遅すぎでしょう(英語版では第1段落2文目).新規作成 (利用者名)会話) 2017年4月19日 (水) 03:17 (UTC)
  コメント 以前に、海上交通安全法別表に掲げる航路で、トートロジー化していた冒頭文を「本項では、海上交通安全法別表に掲げる航路(かいじょうこうつうあんぜんほうべっぴょうにかかげるこうろ)について記述する。」という宣言文だけに簡略化する編集を行ったことがあります(日本語の場合、ふりがなを付ける都合上、どこかに「記事名そのもの」を入れるほかない、とは思います)。--Jkr2255 2017年4月21日 (金) 22:42 (UTC)
  必ずしも本文に太字と読み仮名が必要とは限らないかと。日本語を母語とする成人が読むことを想定しているのならば、本文の日本語を読める人間がタイトルだけ読めないなどという奇妙な事態は普通ないでしょうし、どうしても読み仮名が必要とあらば日本語版独自に読み仮名のデータを入れるフィールドをwikiのシステム上に作る方が良いと思います。自動的にソートキーに変換して現行のアナクロなDEFAULTSORTの手動入力も不要にできませんかね。--荒巻モロゾフ会話) 2017年4月23日 (日) 06:31 (UTC)
ふりがなって、「海上交通安全法別表に掲げる航路(かいじょうこうつうあんぜんほうべっぴょうにかかげるこうろ)」のことですか?「ふりがなを付ける都合」が本当に不動のものか、考えてみるべきと思います。「アメリカ合衆国のカトリック(あめりかがっしゅうこくのかとりっく)」「フランスの歴史(ふらんすのれきし)」とかもそうですが、そもそも子記事系のケースは親記事にふりがながあるのですから原則ふりがななしでもいいのでは? 固有名詞や特別な定義のある用語はともかく、子記事の多くはそうじゃないですよね。必要に応じて単語(「歴史」とか「航路」とか)単位でリンクを貼ったり読みが難しい部分だけにルビをおけば済みます。 --210.149.254.82 2017年4月23日 (日) 10:17 (UTC)
なるほど、その視点ですね。ふりがなは有るに越したことは無いです。不要と仰る方もいらっしゃいますし、そして例えばカタカナ語など明らかに別にどうでもいいものもありますが、少なく無い場合でそれを必要とされる方もいらっしゃることは明らかです。仮にほんの1%でも読めない方がいらっしゃるのであれば、ふりがなを振っておくべきでしょう(他の記事のどこかに書いてあるとかそういうのはナシで)。冒頭の少々のふりがななど、仮に過剰であったとしても少なくとも実用上無害と申し上げてよい。そして当然jawpの読者は十分に教育を受け、十分な人生経験を積んだ「大人」と呼べる日本語ネィティブスピーカーだけに限るべきではありませんし、事実もそうではないと想定するべき(我々も他言語版を読んだりするじゃないですか、普通に)。「誰にでも、読めるし、わかる」は是非意識したい。となりますと、その内容が適切であることを前提に冒頭定義文の記述を「推奨」する、と言う運用の方がより良好な運用であると言う可能性は、ぐっと高まりますね。--Hman会話) 2017年4月23日 (日) 22:24 (UTC)
いくらふりがなが書かれていても情報源が確かでないと困りますね。検証可能でない情報を掲載するよりは何も書かない方がよいという指針もありますので。ウィキペディアンが考案した語句の場合、情報源を見つけるのは困難と思います。「べっぴょう」の例では何が出典でしょうか? --210.149.251.94 2017年4月24日 (月) 00:32 (UTC)
そうですね。情報源が必要なケースも確かにあります。私も実は・・・冒頭ではないのですが、記事を書いていて、「正式な」読み方が解らないけど取り敢えず漢字はそのまま写しておいた、って例は0じゃないですw 可能な限りの配慮は必要ですね(私は実際にふりがなに何度か出典をつけたこともありますよ。正確な回数は覚えていませんが)。もしそのジャンルの百科事典・辞書・入門書的なものがあれば、結構期待出来ると思いますけどネ。実は管轄するべき組織等の中で「正確に決めていない」って言うのもありまして(地誌で時々あります)、その場合には断り書きが必要でしょうね。ともあれ、それが正確なのであれば、或いは有力な読み方を幾つか並べるなど、ケースに応じて適切に対応しておけば問題は無いでしょう。jawp全体的に将来的には従来より精度を高めていくべきだ、これは誰も否定しませんでしょうね。まあ必要なケース、即ち例えば難解そうなもののよみがなに出典を付加して、怒るような人は、少なくとも十分に方針や運用の理念を把握した一線級の執筆者の皆様方の中には、いらっしゃらりませんでしょう。むしろ正確な情報が増えたと喜ぶところです。--Hman会話) 2017年4月24日 (月) 01:17 (UTC)
  コメント横レス失礼します。以前に英語版を訳してこのようなものを書いていたので、ルール変更の叩き台としてどうぞお使いください。--荒巻モロゾフ会話) 2017年4月22日 (土) 14:15 (UTC)
  コメント小生は幽霊記者ですが、私見をば。※「頭文」とは記事名から最初の節までの一連の文章のこと。導入部。
1.各ページに執筆者の主体性はなく、また文章的人格はウィキペディア財団にはないため、頭文にいきなり「本稿では」と置くことは相応しくない(卑近な例だが、履歴書の学歴・職歴に「本稿では、私個人の学歴・職歴を述べることにする」と書くことと同義であるように思う)。また「本」「稿」という文字は記事に著作人格権を有するかのような言葉であり、ひいては定義の寄せ集めの私物化にも見えると卑見いたします。即ちWikipediaの側で言葉を一意に定義してはならず、あくまで頭文は各方面で使われている用語の一般総意たるべきであると。亦た本来「本稿」とは何か大きな公理や一般常識、既に公開された論文等が前提にあり、その上で「本稿では、~~の~~における~~について述べる」という用法が正しく、いきなり「本稿から」から入るのは読者にその『大きな公理など(例文ではXX国の背景や地勢など)』を丸々押し付ける格好になると思われる。
2.ページのスタイルはWP:MOSにあるように「初の節が始まるまでに記事全体の要約が示され」るようにすべきとであり、即ち一般の研究論文における「概要」「序論」「はじめに」のように、記事の内容を簡潔に総括しつつ本文に繰り込まなくて良い程度の長さにすべきだと思われる。小生はかつて、頭文で概要に繰り込むべき説明を延々と続けたあとで、概要が数行しかないようなページに過去まみえたことがあったもので。上述「前者と後者では明らかに後者が~」では小生はHman氏・uaa氏派ですな。
3.ゆえに、頭文だけで「分かった気」にさせてはいけないと考えます。翻ってツリー元の「 XX国の農業は、温暖湿潤気候に属しており、最も生産されているのはコメである...」という文に至れば、まず「ここでは(小生の趣味で言えば「このページでは」)、WW大陸東方にあるXX国の農業について記述する。」的な文章にし、その後の「温暖湿潤気候に属しており、最も生産されているのはコメである」というのも概要以後に(できるかぎり分散して)書くべきだと思われる。つまり「温暖湿潤気候」はXX国特有のものでないので「XX国は隣国YYと同じくケッペンの気候区分における温暖湿潤気候(Cfa)に属し云々」など、「最も生産されているのはコメである」も(できれば項を分けた上で)「同国で行われた20AA-20BB年での農業生産高についての調査[1]から、XX国の農業で最も栽培が盛んな作物はコメである。」として、やがて来る卓越者への道筋たるべき文章にすべきだと思われる。
4.上の「音楽が死んだ日」は、言葉を極めるが小生的には論外となる。enの原文がそうであるとはいえ、これこそ頭文の下に"概要"として分けて書くべきことであり、そもそも事故の概要と音楽やミュージシャンの説明がごっちゃになっているため百科事典としてふさわしくないポエムになっている。これが許されると、例えば三島事件の頭文も「1970年(昭和45年)11月25日、作家として知られる三島由紀夫が自衛隊に演説をした後で割腹自殺を遂げた。」というような書き方が可能になり得る。従って、音楽が死んだ日の頭文は、私のスタイルで言わせてもらうと「『音楽が死んだ日』(The Day the Music Died)とは、1959年2月3日にアメリカ合衆国で起きたヘリ墜落事故の同国での通称である。3人のロックミュージシャンが墜落死し、後にシンガーソングライターのドン・マクリーンが楽曲「アメリカン・パイ」のなかでこの事故を「音楽が死んだ日」と歌い上げたためにこの名前が定着した。」とすべきだと思われる("通称である。"というのも個人的には気に入りませんが)。
5.ちなみに小生の"モノクローナル抗体の命名法"の第一頭文の案は「モノクローナル抗体の命名法とは、新たに作製され商標登録されていないモノクローナル抗体を、その標的抗原や抗体起源などによって命名する際の名称体系である。」でしょうかな。小生は生物学に対して不得手なので頭句を保存した上に右表と相互作用する文章になってしまいましたが。
ま、つまり立派な鍋に綴じ蓋を置くのが嫌ならば蓋を磨くことから始めようと具申します。また、本ページ冒頭の「そもそも語句XXが分からない方は~情報量ゼロの記載になっていると感じます。」はちと詭弁に属していると敢えて申し上げる。まず例えば「日本の農業」は(国体としての)日本と(農法や職業的概要や歴史等の総称としての)農業を単純に足した語ではなく、理解できないからといって他のページと重複する説明を長々と書いては本末転倒である。そもそも頭文は、特に複合語では単なる定義宣言としたほうがよい局面もあり、なればいっそ要約が難しい頭文をゼロ程度に削り落としさっさと概要に目を通させる…というのも一つのテクニックだと思われるが、いかがだろうか。力在領域会話) 2017年4月22日 (土) 20:35 (UTC)
  コメント - 一言だけ。本項形式は「本稿」ではなく「本項」です。本項には「この項目」程度の意味しかないと思いますが、深読みすぎではないですか?--ButuCC+Mtp 2017年4月22日 (土) 20:56 (UTC)

New Page previews feature

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こんにちは

The Reading web team at the Wikimedia Foundation has been working to enable Page previews, a beta feature known previously as Hovercards, as opt-in behavior for logged-in users and the default behavior for logged-out users across Wikipedia projects. Page previews provide a preview of any linked article, giving readers a quick understanding of a related article without leaving the current page. For this project, we are expecting to collect feedback over the following few weeks and tentatively enable the feature in early May, 2017.

A quick note on the implementation:

  • For logged-in users who are not currently testing out the beta feature, Page previews will be off by default. Users may turn them on from their user preferences page.
  • For logged-out users, the feature will be on by default. Users may disable it at any time by selecting the setting cog available in each preview.
  • For users of the Navigation popups gadget, you will not be able to turn on the Page previews feature while using navigational popups. If you would like to try out the Page preview feature, make sure to first turn Navigation popups off prior to turning Page previews on.

You can read more about the feature and the tests we used to evaluate performance, try it out by enabling it from the beta features page, and leave feedback or questions on the talk page.

ありがとう。CKoerner (WMF)会話) 2017年4月19日 (水) 17:33 (UTC)

こんにちは
ウィキメディア財団のReading Webチームはこれまでホバーカードとして知られていたベータ版機能であるページプレビューをウィキメディアプロジェクトのログインユーザーのオプトイン動作として、非ログインユーザーのデフォルト動作として使用できるように開発してきました。 ページプレビューはリンクされた記事のプレビューを表示し、現在閲覧している記事から離れることなく素早く関連記事について理解することが出来ます。 このプロジェクトでは、数週間後にフィードバックを集め、2017年5月上旬にページプレビュー機能を一時的に有効にする予定です。
機能の実装に関する簡単な注記:
  • 現在ベータ版機能でテストをしていないログインユーザーの場合、ページプレビュー機能はデフォルトでオフとなります。利用者は個人設定でベータ版機能を有効にすることが出来ます。
  • 非ログインユーザーの場合、ページプレビュー機能はデフォルトで有効になります。利用者は各プレビューで利用できる歯車の設定ボタンでいつでも無効にすることが出来ます。
  • ナビゲーション・ポップアップのガジェットを利用している利用者の場合、ナビゲーション・ポップアップの使用中にページプレビュー機能を有効にすることはできません。ページプレビュー機能を有効にしたい場合はまずナビゲーション・ポップアップを無効にしてからページプレビュー機能を有効にしてください。
ベータ版機能のページから機能を有効にすることで機能について性能評価に使用したテストの詳細を読むことが出来ます。また、ノートページにフィードバックや質問をす:ることが出来ます。
ありがとう。CKoerner (WMF)会話) 2017年4月19日 (水) 17:33 (UTC)

Simpleshowの解説動画について編集

利用者:Simpleshow Japan会話 / 投稿記録 / 記録 / CA / gucさんにより、Simpleshowの解説動画がアップロードされて、複数の記事に追加されています。

英語版ウィキペディアでは、Simpleshowの解説動画に対して否定的な意見が少なからず寄せられました。

  • "I found it one-sided and possibly advertorial."[6]
  • "It's a nice little introduction - but of course its claims are wholly unsourced, somewhat contentious (is that really what he's been doing for the last 50 years? - in my view it's likely that most people under about 60 are barely even aware of his existence), and it gives only one, rather superficial, understanding of what really led the Nobel committee to come to its decision."[7]
  • "The tone throws me off as unencyclopedic for some reason."[8]
  • "Quite a few things said in the commentary are gross oversimplifications; in text, they would need serious referencing."[9]
  • "I am very concerned with OR and neutral POV with some of these clips."[10]
  • "IMO the WP:COI and WP:SELFPROMOTIONal aspects of these videos make them problematic at best."[11]
  • "There's no indication that this foundation consists of anything more than the typical self-publishing source. There is zero evidence that this foundation has the reputation for fact-checking and accuracy that we require."[12]
  • "This probably belongs on WP:COIN, but I agree these videos are not appropriate for Wikipedia for several reasons."[13]
  • "That the words are inside a file rather than in the article does not grant a free pass to dismiss content policies like WP:OR."[14]
  • "If this group wants to partner with the WMF or make some other such official arrangement, that's out of our control, but this is spammy to me and I have a problem keeping them in the articles."[15]
  • "It's simply spam."[16]
  • "What is powerful about Wikipedia is that every claim it makes can be further explored via wikilinks or references. These videos don't have that. I think that makes them spam on English Wikipedia, however well-intentioned they are."[17]

Simpleshow Japanさんが追加しているSimpleshowの解説動画も、同様の問題 (e.g. WP:NOR, WP:NPOV, WP:PEACOCK, WP:PROMO) を抱えているので、日本語版ウィキペディアでも除去することを提案します。これに関して、皆様のご意見を伺いたいと思います。--153.230.204.214 2017年4月20日 (木) 10:28 (UTC)

  利用者ページにリンクが貼られていますが、このアカウントは株式会社Simpleshow Japanによって作成され、同社で制作された独特の動画(イラストを手で動かす)を投稿しているものとみています。最近投稿された面接では面接対策、マラソンではマラソンのトレーニング法、ネコではなぜ人は猫動画が好きなのかという出典不明な解説など、記事にふさわしくないものがあります。精査して記事の内容にそぐわないものは除去すべきでしょう。--Sazanamiya会話) 2017年4月20日 (木) 12:14 (UTC)
このスレが立った後、IP利用者によって投稿動画がすべて除去されたようです。--Sazanamiya会話) 2017年4月21日 (金) 02:08 (UTC)
  動画の主題(≠記事の主題)に対して共感を持たせる、あるいは判った気にさせることが目的のメディアだと思います。内容の出典が示されず、製作者の専門性も担保されないので Wikipedia には馴染みません。メディアに埋め込まれた独自研究は、本文に直接記述されたものよりも除去されにくい傾向があるので、今回機械的に追加されたものは機械的に除去すべきでしょう(既に誰かが除去したようなので、支持しておきます)。その上で有用なものがあれば吟味して掲載すべきだと思います。- NEON会話) 2017年4月21日 (金) 02:25 (UTC)

ある利用者に編集を強制されました編集

井戸端への投稿は初めてですので至らぬ部分があればすいません。

さて、本題ですがある利用者さんが新規投稿された記事Silent Siren Selectionを見て「短いページ」と思い新規投稿されたある利用者さんの会話ページを見たところ過去にも何度かガイドラインに沿わない編集で指摘されたことがあったようなので「初めてではないんだな」と思いTemplate:スタブ未満作成停止のお願いをsubst展開し投稿しました。そのごの返事を見て「強制はしませんが2000バイト程度を目標に」というような感じの文章を書いて送ったところ「Wikipediaの編集をメインに生活して行くつもりは一切ありません。私のする予定の編集を責任を持ってやってください」「十分に強制されている気分になり嫌になりました。」などと返ってきたものですから、「それは違うぞ」と返信したところ、当該の利用者ページに「今後、Yuukin0248さんがするべきCDの編集を下記に記入して行きます。」という文言の下に「○○シングル」などの記載がありました。

これは一種の個人攻撃にあたるのではないでしょうか。私は投稿内容を改善していただくようメッセージを送っただけなのにとても残念に思います--Yuukin0248会話) 2017年4月23日 (日) 07:24 (UTC)。

追記。会話ページ(日) 07:23(UTC)の版[18])で相手を罵倒するような表現に変わりました。--Yuukin0248会話) 2017年4月23日 (日) 07:47 (UTC)

  その利用者さんの会話ページを一通り読んでみました。以前IP利用者だった頃に私も署名のお願いを差し入れた利用者さんでしたが、上から順に読み通して行く上で少し複雑な想いにもなりました。その利用者さんにとっては一連の出来事の積み重ねであり、その方に注意・警告をされた利用者さん達にとってはその時点での対応や言動のみを切り取らざるを得ず、ちょっと一言で言い表すのが難しい気もします。同情すべき部分もあれば、それはダメでしょって部分もあり、Yuukin0248さん自身が納得いかないのであれば、内容的に井戸端では無くコメント依頼で意見を募るのが良さげな気がします。--Purple Quartz会話) 2017年4月23日 (日) 15:58 (UTC)
  コメントありがとうございます。私はその利用者さんの会話ページの目次を見たりして状況を把握したのですが、詳しいやりとりなどはあまり確認できていなく、もう少しいい対応ができたのではないかと思っています。
最初の投稿であまり書けていなかった投稿の経緯ですが、このようなやりとりを続けても「個人攻撃」に近いようなコメントをされるかもしれないと思いまして。そうなってしまえば第三者の方に参加していただいて、もうWikipediaで話す必要がなくなったときに手を引こうと思っていました。
Ohgiさんのコメントにより、会話ページでのやりとりは終わったのですがその後も利用者ページに誹謗中傷ともとれるようなものを書き込んでいますので、私はその書き込みをやめていただきたいと思います。現状の書き込みがさらにエスカレートすれば会話ページでの対話での解決を要求する所存です。--Yuukin0248会話) 2017年4月24日 (月) 07:43 (UTC)
ツッコむなら「真面目かっ!」ですね^^; そういった要求については、お相手する必要も検討する必要も一切ありません。jawpにはその様な義務はありませんから。ただしお耳が痛いかもしれませんが同時に、貴殿の求められた「努力目標2000バイト」についても、これは特に規程の無いもので、説得力に欠けます(スタブでも有用と認められ特筆性があるなら、それで構わない、締め切りなんて無い、がjawpなのですから)。そもそも先方は言わば「もう書かない」的な事を表明しておられましたのに(これは全く先方の自由意思です)、それなのに重ねて「2000バイト書け!」と言われれば「じゃあお前が書けよ!」と、まあこうなることもあるでしょう。この展開は想定し得る一つのパターンであったと思料します。対話シーンにおいては常に、先方の反応のモデル化とシミュレート、想定し得る複数の反応についての対応の準備、が大切であると私は考えて居ます(つまりはまあ、行き当たりばったりではいけないと言うだけのことですが)。申し訳ないですが、その後の展開を見ましても、私の感想では、あなたがケンカを売ったかたちになってしまっているように見えます。もちろん質問者様も色々とご意図があっての事と思いますが・・・。私も実際に、まあ申し上げにくいのですが、あなたの様な方によって、執筆に対するモチベーションを完全に失ってしまい、もう全くと言って良いほど記事を書いておりません。今回の先方の方も利用者ページで書いていらっしゃるように「がんばってもがんばっても、それほど誉めて貰えない。言われるのは文句ばかり」では、大抵の人は最後はそうなると思います。私の先輩に当たる方、同期に当たる方、理由はモチベーションだけとは限りませんが、引退された一線級の執筆者は私が把握しているだけでもうどれほどいらっしゃるか。他人のやる気を削ぐのは簡単、やる気にさせる方が難しい。けどその難しい事、やる気を出して頂く事がができれば、仮に現在はまだスキル不足であったとしても、将来的に一線級の執筆者は増えますよね。
なお今後先方による「個人攻撃」を想定されているようですが、ご自身で解決されるような真似はお勧めしません。一対一でやりあって話が纏まるケースはそんなに多く無いと思います。そして多くは外野からみればただのケンカです。今回のケースでもそれはおわかりになられたのではありませんか?万が一露骨な個人攻撃が見られましたら(相当に露骨なものに限りますと強く進言させて頂きます)、まずは簡潔にツッコんでみてください。あくまで事務的に、行為の停止のみを求めて下さい。それでも継続する場合は、基本的に管理者伝言板やコメント依頼の管轄となります。また、個人攻撃以外の不適切行為についても、同様の対応がよろしいです。加えて申し上げますと、人には相性と言うものがあります。あなたがいくら言っても先方には届かなかったとしても、仮に私が一言入れればそれで解決したりもします。「あ、こりゃ自分じゃダメだ」と思ったら、放り投げていいんですよ。私もそうしていますしw 大体、あなたはもう先方に「嫌われている」と見るのが自然であり、あなたはできるだけ出て行かない方が、穏便に収まると考えるのが自然です。くれぐれも、一人でどうこう、と、そう言った事はできるだけお避け頂くのが宜しいかと存じます。以上、ご参考になりましたら幸いです。--Hman会話) 2017年4月24日 (月) 17:00 (UTC)
  私もその利用者に編集を要求されたことがありますので、Yuukin0248さんの不快感はある程度わかるつもりです。現在、利用者:Syun respect for musicは「編集すべき内容は追記して行きます。クリア出来たらきちんと消して行きます」などと書いていますので、Yuukin0248さんに編集を強制しているといっても過言でなく、このような行為に対しては然るべき対応が必要であると考えます。--Chiyoda15会話) 2017年4月25日 (火) 07:02 (UTC)
ちょっと待って下さい。jawp上においては、ある利用者がある利用者に編集を強制/強要なんてできようがないんですよ。無視しておけば済むんですから。私も誰かにそういう事を言われた事が何度かあると思いますが、「そんな義務ないんでー」で終わりにしたはずですよ。彼がjawpを取り仕切る独裁管理者などであればともかく、それを無視したところで何ら危害を加える事はできない。腕ずくでどうこうも物理的に不可能です。「強く求める」と「強制」がイコールでないことも、辞書を引けばすぐにわかることでして・・・。ですから過言です。必要なのは強硬な対応ではなく、まずjawpにおいては加筆修正等の義務などは誰も持たないことの説明から入って(くれぐれも慇懃に!)、と、まあ手順は一応踏んで頂くのがよろしいでしょう。この時点で呼び捨て扱いって、これはChiyoda15氏も少々落ち着かれた方がよろしいと言うのが率直な感想です。まあ私の様な第三者(この場では言わば仲裁役)と違い、当事者ですのである程度アツくなられるのは人間これ、やむをえないとは存じますが、どうか大人の対応を心がけて頂けます様お願い致します。Chiyoda15氏ほどのjawp歴があれば、単にこれらの発言のみを理由に投稿ブロックがどうたらなどそんな話にはならない事は当然想定できるはずです。私は一応元管理者ですが、仮に現役であったとして、かつこの時点で伝言板で裁量ブロックを提案されたとしても、全く考慮しないと思います(ただし時間が有れば仲裁を行おうとはするでしょう)。ただし、我々は「強制など不可能だ」と知っているので問題にもしない発言なのですが、これが初心の方やライトユーザーに向けられた発言になりますと、まずいことになる可能性があります。こう言った発言はお慎み頂く事がよろしい、これについては恐らく誰もが異存は無い所でございます。
Syun respect for music氏に、直近数箇月に至っても改善されない(彼はまだアカウント歴が1年なのですから、参加当初の事を掘り返す意味はありません)強制/強要以外についての重大な問題があるとお考えであれば、これは本井戸端サブページで触れるのは流石に不適切ですで、必要と考えられた方の手によりコメント依頼に場所を移すべきであると考えます。個人的には「対話拒否」と言う言葉の濫用に非常に心を痛めております昨今にございます。--Hman会話) 2017年4月25日 (火) 08:02 (UTC)
私の投稿に耳を傾けてくださった皆様ありがとうございます。いろいろな意見をいただいてうれしい限りです。さて、「相手にする必要はない」というのは正論だと思います^^;そして「強制している」「強制することはできない」にはあえて明確な意見表示はしません。ただ「システム上は強制的に編集させられないが、人にやらせようとするような記述は行われている」という感じでしょうか。もちろん相手方にも問題はあるわけですが私にも問題はあったと思います。特に「2000バイトを目標に」は「具体的な数字を提示してそれを目標に」という表現が行き過ぎていたかなと後悔しています。
さてコメント依頼への移動ですが、私が調べたかぎり移動の詳しい基準はないようだったので、それは個々の利用者の裁量なのかなと感じました。このまま議論が進展するならば移動も大いに考えられると思います。
最後に、Hmanさんが言われた通り投稿ブロックなどによる対応はまったく考えていません。--Yuukin0248会話) 2017年4月25日 (火) 10:58 (UTC)

処女はお姉さまに恋してる

処女はお姉さまに恋してる
Hello, I currently write this article in french language in order to write featured article. Unfortunatly, this game have not many sources in english nor french (mostly commercials and wiki's links). I find some sources in Japanese (like ファミ通) but it's mostly only mentions of releases. Do you know some exploitable and reliable sources on this game or derivated products ? Thanks for your help. --Gratus会話) 2017年4月23日 (日) 22:53 (UTC)

こんにちは、私は現在、特集記事を書くために、この記事をフランス語で書いています。 残念なことに、このゲームは英語でもフランス語でも(主にコマーシャルやwikiのリンク)多くのソースがありません。 私は日本語でいくつかの情報源を見つけています(ファミ通 のような)が、ほとんどのリリースについて言及しています。 あなたは、このゲームや派生した製品の悪用可能で信頼できる情報源を知っていますか? ご協力いただきありがとうございます。-- Google翻訳 --Gratus会話) 2017年4月23日 (日) 22:53 (UTC)

こんにちは、私は日本語の記事は充分な出来だと思います。この記事を翻訳してはいかがでしょうか。--Hiroes会話) 2017年4月23日 (日) 23:36 (UTC)
Hello, I think Japanese articles are good enough. How about translating this article? -- Google翻訳 --Hiroes会話) 2017年4月23日 (日) 23:36 (UTC)
Hello, the article in french language is already translated from english version which is pretty complete. However, both english or Japanese version of 処女はお姉さまに恋してる have many links to official websites (キャラメルBOX, アルケミスト ...) or commercials websites (iTunes Store). The french version of wikipedia is pretty strict about sources and it would be better if I find somes secondary sources. If you know some magazines, books (for bibliography's section) or Website which talk about or analyses 処女はお姉さまに恋してる, it would be nice. Thanks for your help.--Gratus会話) 2017年4月24日 (月) 09:47 (UTC)
こんにちは、フランス語の記事は既に完成した英語版から翻訳されています。 しかし、処女のお姉さまに恋してる英語版も日本語版も、公式サイト(キャラメルBOX、アルケミスト...)やコマーシャルサイト(iTunes Store)へのリンクがたくさんあります。 wikipediaのフランス語版はソースについてかなり厳しいですが、もし私が何か二次的なソースを見つけたらそれは良いでしょう。 雑誌、書籍(参考文献のセクション用)、話したり分析したりするウェブサイトを知っているのなら、処女はお姉さんに恋してる、それはいいと思う。 ご協力いただきありがとうございます。 -- Google翻訳 --Gratus会話) 2017年4月24日 (月) 09:47 (UTC)
  返信 (Gratus宛) Hi, I find "キャラクター文化入門" (Amazon link) searching by Google books. According to the book, 『処女はお姉さまに恋してる』 is one of the games that made "otokonoko" famous.
  返信 (SilverSpeech宛) ありがとうございました。I added this information in the article. --Gratus会話) 2017年4月24日 (月) 13:02 (UTC)

"優秀な執筆者"であることは免罪符となり得るのか?編集

題名そのままの質問となりますが、編集活動熟練者でいらっしゃる各位のご意見を頂戴したくこちらでお伺い致します。
・いわゆる"優秀な執筆者"であることは、その執筆者が関わる紛争案件が発生した際に考慮されるべき事項なのか。
・一点目の質問内容について、これに対応する文言はヘルプ等に記載されているのか。
以上二点についてお伺いしたく存じます。なお、今回の質問につきましては特定の案件,執筆者との紐付けを求めるものではなく、あくまでも皆様の忌憚のないご意見をお伺いしたいがために井戸端の場をお借りしております。--122.217.149.83 2017年4月25日 (火) 13:51 (UTC)