Wikipedia:井戸端/subj/同一記事への過度な多重リンクに対する制限の根拠

同一記事への過度な多重リンクに対する制限の根拠 編集

徳川家康において、余りにも同一記事への過剰なリンクが多すぎるためにシステム負荷の問題もあることから、過剰な多重リンクの削減を行ったのですが[1]、その後にIPユーザーから「何が過剰なのか、明確にしてください」として差し戻されてしまいました[2]。そこでウィキペディアでは、多重リンクがシステム負荷などの問題があるために制限されているということを説明しようと思ったのですが、Wikipedia:スタイルマニュアルWikipedia:表記ガイドWikipedia:記事どうしをつなぐHelp:リンクWikipedia:内容に関連するリンクだけを作成など関連しそうな文書を探してみたのですが、同一リンクへの多重リンクの問題について触れている文書が見つかりませんでした。

確かにWikipedia‐ノート:内容に関連するリンクだけを作成Wikipedia:井戸端/過去ログ/2005年6月#リンクの慣習についてWikipedia‐ノート:スタイルマニュアルでも過去2回([3]の5及び[4]の10)話し合われてのが確認できましたが、具体的な結論が出されないまま、現状としては慣習的にリンクは最初の1回、長い記事によっては必要に応じて複数回リンクを行うことが行われている以上のことは分りませんでした。ただ現状では、同一項目に対するリンクが多重か否かは個々の判断に委ねられてしまうことになり、「関連性があるのだから、全部リンクして方が親切ではないか」とか言われたら反論できないのではないかと危惧しています。

せめて、同一項目への過度な多重リンク(具体的には同一の用語が10箇所出てきたら10箇所全部にリンクを貼る様なケース)が問題であることが示されている典拠のようなものがあれば教えていただけると幸いです。--水野白楓 2009年3月10日 (火) 14:09 (UTC)[返信]

たしか、慣習法だったと記憶しています。おっしゃるようにリンクの数はどれぐらいが過多なのかという基準が人それぞれで、「1つの記事には1回で十分」という人や「全部の単語に全部必要だ」という人までいます。私の場合は「そこでリンクすることで記事の理解を助けると説明できるかどうか」を基準としています。なので、リンクを張りたがっている人に「なぜそこにリンクが必要なのか」を聞いてみるといいかもしれません。その上で、過多なリンクがどのように悪いのかを説明しつつサーバ負荷を気にしすぎない程度のリンクを許容するのがいいのではないでしょうか。--青子守歌会話/履歴 2009年3月11日 (水) 03:43 (UTC)[返信]

リンクをいくつ貼っても、表示の際には負荷にはなりません。MediaWikiはページをhtmlの状態でもキャッシュしているので、負荷になるとするとページを保存するときだけです。ただもちろんページを表示する際のデータサイズは大きくなるので、その送出のためのバンド幅とサーバ負荷はかかりますし、閲覧する際に表示までに時間がかかるとか、そういった弊害はありますが、その程度とも言えます。(せいぜい百分の何秒の違いでしょう)

何をリンクするべきでするべきでないかはen:Wikipedia:Linkingにまとめられています。スタイルマニュアルにその記述が入ったのは英語版の同様の記述[5]からで、これは前後のこのユーザーのtalkから、botで記事が存在する単語にリンクを貼りまくることへの防止として入れたようです。リンクに関する議論はen:Wikipedia talk:Only make links that are relevant to the context/Archive 4でたくさんされていますね。全部は読んでいないのですが、理由に関するものは過度の繰り返しリンクは一般的ではないぐらいしか見当たりませんでした。ただ、実感としては、普通のブラウザでページを表示した際に、青いリンクがあまりにもたくさんあるページは非常に読みにくいです。画面がちらついて見えます。(錯覚の一種でしょうか。)便利かもしれませんが、読むのに疲れるので読む気が失せて、ページを見る行為を体が拒否します。それを考えると、同一記事へのリンクは一つのセクションに一つまで、という現在の英語版の制限がとても妥当なものと思えます。日本語版のほうは整備が追いついていないようではありますが参考までに。--Mage Whopper 2009年3月11日 (水) 10:38 (UTC)[返信]

徳川家康も酷いですが、文禄・慶長の役の最新も酷い[6]です。なんとかして良い物なんでしょうか?--yasumi 2009年3月11日 (水) 10:49 (UTC)[返信]
  コメント 現状の徳川家康はちょっと酷いですね…。「同一記事へのリンクは一つのセクションに一つまで」が妥当だと思います(但し表は例外)。日本語版のガイドラインにも反映した方が良いようにも思います。--Penn Station 2009年3月11日 (水) 11:20 (UTC)[返信]
「同一記事へのリンクは一つのセクションに一つまで」「そこでリンクすることで記事の理解を助けると説明できるかどうか」が基準ということで間違いないと思います。またガイドラインへの反映にも賛成いたします。ただ、問題はこれら2つの基準に従うには、記事全体の構成や文脈をよく考えた上でなければ出来ません。おそらく過剰リンクをする人って、そういう配慮無しに末梢神経的にリンクつけて回っているんじゃないかという気がします。「要出典」タグをめぐる議論が先日から続いていますが、ある意味そちらと同じで、記事の品質ということをちゃんと考るようにならないと過剰リンクってなくならないのではないでしょうか。--ikedat76 2009年3月11日 (水) 13:13 (UTC)[返信]
一応WP:NOTもあるので、これは多少ですがリンクに制限を加えることへの根拠になると思います。基準と明文化することに賛成します。といってもまずは、ふさわしいガイドラインに提案・議論の場を移動することが必要ですね。--春日椿 2009年3月11日 (水) 13:20 (UTC)[返信]

利用者‐会話:Fromm#徳川家康のリバートについてが関連です。「同じ内部リンクの繰り返しを避ける」などは、確かに慣習法的なところがあるので、ガイドラインを明示せよと迫られると苦しい面があります。--fromm 2009年3月12日 (木) 03:07 (UTC)[返信]

「過剰リンクをするな」という明確な基準を示したガイドラインはありませんが、「内部リンク可能な単語があれば、既にリンクしていてもどんどんリンクしてやれ」と推奨するような方針も存在しないわけで。なぜに過剰なリンクを抑制する意見を主張する場合には、リンクを積極的につける側に対して公式な方針を持ち出して説明しなければならないのか疑問に思います。どちらも方針にないことなので、話し合う場合はノートでみなさんこういう意見が出している、と示すだけで不十分なのでしょうか(ガイドラインなんか作らなくて良いと言う意味ではなく)。--草薙 2009年3月15日 (日) 02:40 (UTC)[返信]
なぜ、リンクを抑止する側が説明しなくてはならないのかということですが、他の人が書いたものを除去する前に議論を提起するという慣行に乗っ取っているのではないでしょうか。明示的に禁止されていないことを書くのをとがめるのはむずかしいですが、根拠なき除去はとがめられますからね。
話はかわりますが、以前、リンクは1ページにつき一度で十分と言われたことがありまして、その時はそんなもんかなとほっといたのですが、それだと目次からページ半ばにジャンプしたときに不便ですね。Goodmoon 2009年3月19日 (木) 16:52 (UTC)[返信]
いや、「説明しなければならない」点に不満を持っているのではなくて(それは説得するのだからしょうがない)、「公式な方針を持ち出す」点に疑問を感じている訳でして。その前後の文脈から判断していただければと。--草薙 2009年3月20日 (金) 16:48 (UTC)[返信]