青の時代(あおのじだい、スペイン語: Período Azul)とは、スペインの画家パブロ・ピカソ1901年から1904年の間に制作した作品を定義するために使用される用語である。この時期のピカソは基本的に青緑の色合いのモノクロームの絵画を描き、時折他の色が使われるだけだった。これらの作品は、スペインに触発され、バルセロナパリで描かれた。「青の時代」の作品は、現在では人気のある作品の一つとなっているが、地味な作品であり、当時は販売に苦労した。

青の時代に描かれた「アイロンをかける女性」(1901 年)

概要

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「青の時代」がいつから始まったのかは不明確である。スペインにいた1901年春かもしれないし、パリに移った同年後半かもしれない[1]。この時期のピカソは、渋い色使いと、時に悲しげな題材(娼婦乞食、酔っぱらいなど)を選んでいた。

 
左からピカソ、アンヘル・フェルナンデス・デ・ソト、カルロス・カサヘマス (1900年頃)

これは、ピカソがスペインを旅していたことや、友人の画家カルロス・カサヘマス英語版が1901年2月17日にフランス・パリのリッポドローム・カフェで拳銃自殺したことに影響を受けたものである。ピカソ自身は後に「カサヘマスの死を知ったとき、私は青い絵を描き始めた」と振り返っている[2]。それに対し、美術史家のエレーヌ・セッケルは、次のように書いている。 「この心理学的な正当化を保持することは正しいかもしれないが、出来事の年表を見失ってはならない。カサヘマスがパリで自殺したとき、ピカソはそこにいなかった。ピカソが5月にパリに戻ったとき、彼は亡くなった友人のアトリエに滞在し、ヴォラールによる展覧会の準備のために数週間以上働いた[3]。」ピカソがアンブロワーズ・ヴォラールのギャラリーでの展覧会のためにその夏に描いた作品は、一般的に「まばゆいばかりのパレットと高揚感のある主題」で特徴づけられる[2]。それ以降、ピカソの心理状態は悪化した。

1901年の後半、ピカソは深刻な鬱病に陥り[4]、その絵画は青の色調に支配されるようになった。友人の自殺の半年後に完成したピカソの絵画『カサヘマスの死』(La mort de Casagemas)は、明るい色調で描かれていた。「青の時代」の最初期の作品と考えられている『棺の中のカサヘマス』(Casagemas in His Coffin)は、ピカソが深刻な鬱病に陥っていた1901年後半に完成した。元来、外向的な社交家だったピカソは、友人とも会わなくなった。ピカソの鬱病は数年間続いた[5]。ピカソは、1901年以前には有望と見られていた。しかし、貧困者や追放者などを題材にし、青を基調としたクールで苦悩に満ちたムードでアクセントをつけると、批評家や世間からは見向きされなくなった。一般の人々は、「青の時代」のピカソの作品を自宅に飾ることに興味を示さなかった[4]。ピカソは作品制作を続けたが、経済的に苦しい状況に陥った。

彼の絵は、憂鬱なだけでなく、陰鬱で元気がなく、大衆にも買い手にも何の愛着も抱かせなかった。貧困のせいで彼が社会の貧しい部外者を描くようになったのではなく、むしろ彼がそのような人たちを描いたことで彼自身が貧困に陥ったのである[6]

1901年から1903年にかけて、ピカソはカサヘマスの死後の肖像画を何点か描いている。1903年に描かれ、現在はクリーブランド美術館に所蔵されている、陰鬱で寓意的な作品『ラ・ヴィ英語版』(La Vie、人生)は、その頂点に達している[7]。エッチング作品『貧しき食事』(The Frugal Repast、1904年)にも同じムードが貫かれているが、これは盲目の男性と晴眼の女性が、何も入っていない食器が載ったテーブルを前に座っている。盲人も、この時期のピカソの作品の中でよく登場するテーマであり、『盲人の食事』(The Blindman's Meal、1903年、メトロポリタン美術館所蔵)や『ラ・セレスティーナ』(1904年)でも表現されている。

なお、後年、ピカソの1901年の絵画『青い部屋英語版』(La chambre bleue)は赤外線画像により[8]、1903年の絵画『盲人の食事』は蛍光X線検査により[9]、表面の絵の下にある別の絵の存在が明らかになっている。

他にも女性のヌードや子供と母親などがよく描かれている。孤独な人物が「青の時代」の作品には多い。孤独、貧困、絶望をテーマにした作品が多い。この時期の作品で最もよく知られているのは、『老いたギター弾き英語版』である。その他の代表作としては、『ソレルの肖像』(1903年)、『ラス・ドス・エルマーナス』(1904年)などがある。

ピカソの「青の時代」の後は「薔薇色の時代英語版」が続く。鬱病との戦いが徐々に終わり、精神状態が良くなるにつれ、より陽気で生き生きとした作品へと移行し、気分や主題の変化を表現するために、薔薇色(ピンク)などの暖色系の色使いを重視するようになる。

「青の時代」の最後の作品の一つである『シュザンヌ・ブロックの肖像英語版』(1904年)は、2007年12月20日にサンパウロ美術館から盗まれたが、2008年1月8日に回収された。

青の時代の作品

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関連項目

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脚注

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  1. ^ Cirlot, 1972, p.127.
  2. ^ a b Wattenmaker and Distel, 1993, p. 192.
  3. ^ Wattenmaker and Distel, 1993, p. 304.
  4. ^ a b Solomon, Barbara Probst (September 11, 1995). “Callow Young Genius”. New York Magazine: pp. 83 
  5. ^ Bleicher, Steven (2011). Contemporary Color: Theory and Use. Cengage Learning. pp. 47–8. ISBN 978-1-111-53891-0 
  6. ^ Warncke, Carsten-Peter and Walther F. Ingo (1997). Pablo Picasso: 1881-1973. Taschen. pp. 31. ISBN 978-3-8228-8273-3 
  7. ^ Wattenmaker and Distel, 1993, p. 304
  8. ^ “Hidden painting found in Picasso art” (英語). BBC News. (2014年6月17日). https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-27884323 2018年12月7日閲覧。 
  9. ^ 別作品の下に隠れたピカソの「裸婦」、AIが命吹き込む”. CNN (2021年10月13日). 2021年10月17日閲覧。

参考文献

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  • Cirlot, Juan-Eduardo (1972). Picasso: Birth of a Genius. New York and Washington: Praeger.
  • Palermo, Charles (2011). Picasso's False Gods: Authority and Picasso's Early Work. nonsite.org 1 (February 2011).
  • Wattenmaker, Richard J.; Distel, Anne, et al. (1993). Great French Paintings from the Barnes Foundation. New York: Alfred A. Knopf. ISBN 0-679-40963-7
  • Becht-Jördens, Gereon; Wehmeier, Peter M. (2003). Picasso und die christliche Ikonographie. Mutterbeziehung und künstlerische Position. Berlin: Dietrich Reimer Verlag. ISBN 3-496-01272-2