佐藤善一郎

日本の政治家

佐藤 善一郎(さとう ぜんいちろう、1898年10月10日 - 1964年3月23日)は、日本政治家衆議院議員福島県知事などを務めた。

来歴・人物 編集

1898年福島市出身。信夫農学校(現・福島県立福島明成高等学校)卒業。1937年に旧・清水町の町長に就任。福島県議を経て、第二次大戦後は公職追放される[1]1952年、福島県経済連の初代会長に就任し、財政を立て直した。また、同年から衆議院議員に2期連続で当選。 1957年自由民主党を離党し、農協日本社会党の地盤を獲得して福島県知事選挙に立候補し当選[1]。福島県知事在任中に、福島第一原子力発電所大熊町への建設を決定した。2期目の1961年は自民党・社会党・民社党の推薦と労働・農業・商工など各団体の支持を得て再選する。農業工業観光の均衡ある成長を目指した。

知事在職中の1964年3月23日、急性肝臓萎縮症で死去。

出典 編集

  1. ^ a b 功刀俊洋 1950年代の知事選挙(5・完) hdl:10270/641 福島大学行政社会学会行政社会論集 2004-03-15 16巻43号

関連項目 編集

外部リンク 編集

公職
先代
大竹作摩
 福島県知事
公選第4-5代:1957年 - 1964年
次代
木村守江