藤原正教
日本の教育者、民俗学者
藤原 正教(ふじわら まさのり、1922年 - 1993年2月[1])は、日本の教育者、民俗学者。
大分県生まれ。1944年東京高等師範学校卒。大分県立杵築高等学校教諭のほか、熊本県、大分県下の高校教師をへて、大分大学附属中学校教諭、1958年大分県教育委員会指導主事。1972年大分県立別府青山高等学校校長、1973年大分県立大分雄城台高等学校初代校長。79年大分県教育センター所長。1981年大分県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館初代館長[2]。
藤原 正教(ふじわら まさのり、1922年 - 1993年2月[1])は、日本の教育者、民俗学者。
大分県生まれ。1944年東京高等師範学校卒。大分県立杵築高等学校教諭のほか、熊本県、大分県下の高校教師をへて、大分大学附属中学校教諭、1958年大分県教育委員会指導主事。1972年大分県立別府青山高等学校校長、1973年大分県立大分雄城台高等学校初代校長。79年大分県教育センター所長。1981年大分県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館初代館長[2]。