メインメニューを開く

すけべえ助兵衛助平スケベ)は、すけべい、すけべともいい、(男性が)異性に対して異常に好奇心を示すこと、及びそうした人、つまり好色・好色漢・好き者である。

目次

概説編集

江戸時代から使われていたが[要出典]、本来はあることに非常に強い興味を示すことを指していた。「兵衛」は、「飲み助」「呑兵衛」などに付いている「助」「兵衛」と同じく、動詞名詞擬人化する接尾語であり、「助」は元々「好き」であった。しかし、当時は助兵衛が人名としては極めてありふれたものであったため、このように訛ったわけである。

これが好色の意味に限定して使われるようになったのは、明治時代も終わりに近づいてからと思われる。[要出典]

備考編集

  • 戦国武将花房職秀の通称・助兵衛は「すけのひょうえ」と読まれている。黒田孝高(官兵衛)、竹中重治(半兵衛)、後藤基次(又兵衛)など著名な「兵衛」が付く名を持つ人物が全て「べえ」と呼ばれていることを考えると、花房の例は不自然ではある。何らかの配慮があり、彼の場合は、特別にこうなったと思われる。
  • 静岡県にはかつて、駿東郡原町(現・沼津市)に、「助兵衛新田」(すけべえしんでん)という大字があった。当地で新田開発を行った鈴木助兵衛という人物に因んで付けられた、由緒ある地名であった。しかし、明治後期にやはり品が良くないということで、この辺りがの産地であったことに因み、「桃里」と改称された。それが現在の沼津市桃里である。
  • 兵庫県にもかつて、武庫郡瓦木村(現・西宮市)に「助兵衛新田」(すけべえしんでん)という大字があった。寛永14年(1638年)、子に庄屋を譲った下大市村(のち甲東村、現・西宮市)の庄屋の助兵衛が、上瓦林村内の荒れ地開拓したことにに因んで付けられた。大正6年(1917年)に「上新田」に改称。現在の同市堤町、上之町、荒木町、樋ノ口町に相当する地域である[1]
  • オランダ観光地であるScheveningenは、しばしば「すけべにんげん」なる珍地名とされることがあるが、オランダ語の発音は「スヘフェニンゲン」である。

関連種目編集

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ 角川日本地名大辞典 兵庫県 p.429、p.819