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アルトゥロー・リカタ(アルトゥーロ・リカタ、アルトゥロ・リカタ[1]とも、Arturo Licata1902年5月2日[2][3] - 2014年4月24日)は、イタリア在住だった、かつて男性の世界最高齢だった長寿の男性(スーパーセンテナリアン)であり、1902年生まれの最後の生き残りの男性でもあった。

Arturo Licata
アルトゥロー・リカタ
生誕 (1902-05-02) 1902年5月2日
イタリア王国の旗 イタリア王国 エンナ
死没 (2014-04-24) 2014年4月24日(111歳没)
イタリアの旗 イタリア エンナ
住居 イタリアの旗 イタリア エンナ
国籍 イタリアの旗 イタリア
職業 鉱夫・ビジネスマン
著名な実績 世界最高齢の存命男性(2013年9月13日 - 2014年4月24日)

目次

経歴編集

1902年、イタリア・シチリア島エンナにおいて、4人兄弟・2人姉妹の家に生まれた[4]。9歳で鉱山に働きに出、のちにイタリア軍に入って1936年のエチオピア戦争に従軍している[2][4]。彼が若いころに暮らしていた地域には自動車がなかったため、彼は毎日22kmの距離を歩いていた。危険な労働環境で鉱夫として働いたのち、結核予防会に職を得てビジネスマンとして働き[2]、60歳過ぎで退職している。

妻とは1980年、リカタが78歳の時に死別している[2][4]。リカタは7人の子を儲けた(2013年時点で1人が先立っていた)[2]。2013年時点で、8人の孫と4人の曾孫がいた。

耳が遠くなり視力が弱ってはいるものの、健康状態の良い状態にあったが、2013年5月以降に健康状態が急速に衰え、寝たきりとなった[5]。世界最高齢の男性としてギネス世界記録に認定されていた。男性の最高齢となった7ヵ月後の2014年4月に亡くなった。

長寿記録編集

  • 2013年7月23日 - 日本の五十嵐丈吉が亡くなり、1902年生まれの男性の最後の生き残りとなる。またこの時、男性世界最高齢と見做された。
  • 同年7月25日 - アメリカサルスティアーノ・サンチェス(1901年6月8日生まれ)がジェロントロジー・リサージ・グループに認定されたため、男性世界最高齢の座を奪われる。
  • 同年9月13日 - 男性世界最高齢に認定されていたアメリカのサルスティアーノ・サンチェスが死去したため、ジェロントロジー・リサーチ・グループにより、存命している男性世界最高齢者と認定される。
  • 2014年4月24日 - 111歳357日で死去。112歳の誕生日の僅か8日前のことであった。リカタの死後、世界最高齢の男性はアメリカのアレクサンダー・イミック(1903年2月4日生まれ、ポーランド出身)となった。
記録
先代:
サルスティアーノ・サンチェス
存命男性のうち世界最高齢
2013年9月13日 - 2014年4月24日
次代:
アレクサンダー・イミック

脚注編集

  1. ^ “男性の長寿世界一が死去 イタリア、111歳”. (2014年4月25日). オリジナルの2014年4月25日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20140426201619/http://www.47news.jp/CN/201404/CN2014042501001443.html 
  2. ^ a b c d e Arturo Licata is celebrating 109 years” (Italian). Vivienna.it. 2013年2月28日閲覧。
  3. ^ (英語)Oldest Validated Living Supercentenarians”. Gerontology Research Group. 2017年2月6日閲覧。
  4. ^ a b c An Ennan man, the oldest in Italy, "My Secret? Sing and smile"” (Italian). 2013年2月28日閲覧。
  5. ^ The oldest man in the world lives in Enna and is 111 years old” (Italian). 2013年9月15日閲覧。

関連項目編集

  • ユゼフ・コワルスキー - リカタよりも2歳3ヶ月年上の1900年2月2日生まれとされていたが、ジェロントロジー・リサーチ・グループは彼の年齢を公式記録として認めていない。2013年12月7日に死去。
  • エンマ・モラーノ - リカタの死去時存命人物のうちイタリア最高齢で、その後イタリア歴代最高齢並びに存命人物のうち世界最高齢になった人物。