ウィリアム・ド・モーガン

ウィリアム・ド・モーガン: William Frend De Morgan1839年11月16日 - 1917年1月15日)は、イギリス小説家デザイナー画家陶芸家[1]

William Frend De Morgan
De Morgan William.jpg
横顔とサイン
生誕 (1839-11-16) 1839年11月16日
ロンドン
死没 (1917-01-15) 1917年1月15日(77歳没)
チェルシー (ロンドン)
墓地ブルックウッド墓地英語版
国籍イギリスの旗 イギリス
職業デザイナー陶芸家画家小説家
流派アーツ・アンド・クラフツ運動
配偶者イーヴリン・ド・モーガン
父 オーガスタス・ド・モルガン
母 ソフィア=エリザベス英語版
親戚妹 メアリー英語版
叔母 A・M・W・スターリング英語版(母の妹)

人物編集

ロンドンガワー・ストリート英語版に生まれ、父は数学者オーガスタス・ド・モルガンウィリアム・モリス (1834年-1896年) の終生の友人であり、1863年から1872年にかけてモリス商会のためにタイル[1][2]ステンドグラス家具のデザインを行なった[3]

モーガンのタイルはしばしば中世の意匠(多くはペルシャ風)に基づいていた。彼は釉薬と焼成(fireing)の技法で革新的な実験を行った。ガレオン船、魚、「空想上の」鳥や動物がモチーフとしてよく用いられた[3]。モーガンのタイルデザインの多くは複数枚のタイルを並べた時、複雑なパターンを生み出すように計画されていた[2]

経歴編集

ウィリアム・モリスアーツ・アンド・クラフツ運動に参加し、モリス商会[3]ステンドグラスのデザインを提供した。デザイナー、画家としての才能に加え、化学に精通し絵の具陶磁器釉薬を開発、ラスター彩やトルコ釉の陶器の再現に成功する。

1905年以降は小説家に転向した。

画像編集

日本への紹介編集

世紀末の芸術家として紹介され、国際芸術文化振興会と朝日新聞社主催の巡回展(1993年)でド・モーガンとともに紹介された作家はチャールズ・ヴォイジー、アーネスト・ギムソンなど。パナソニック汐留美術館では個展が催され、ド・モーガン財団ヘレン・ダンスタン・スミス理事(当時)の監修のもと図録を出した(2009年)。

  • 国際芸術文化振興会、朝日新聞社、Voysey, Charles F. A.、Gimson, Earnest W.、De Morgan, William Frend『ヨーロッパ・アール・ヌーボー : 世紀末の華麗なる美の全貌』鈴木博之ほか(展覧会監修)、国際芸術文化振興会(製作)、1993年、英文併記。NCID BA37345954
  • De Morgan, William Frend、Smith, Helen Dunstan、吉村 典子、ブレーントラスト、能登印刷・出版部、パナソニック電工汐留ミュージアム『ウィリアム・ド・モーガン-19世紀陶器装飾の巨匠』ウィリアム・ド・モーガン出版委員会、梧桐書院 (発売)、2009年。ISBN 9784340027149NCID BB00259874。別題『William De Morgan』
  • 吉村 典子『ウィリアム・ド・モーガンとヴィクトリアン・アート』淡交社、2017年。ISBN 9784473041791NCID BB23451327

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 吉村 1998, pp. 48–49.
  2. ^ a b 吉村 1999, p. 72.
  3. ^ a b c 白石 2002, pp. 91–105.

参考資料編集

本文の典拠、主な執筆者・編集者順。

外部リンク編集