バードギール(ペルシア語: بادگیر‎、バードは「風」、ギールは「捕まえるもの」の意、日本では採風塔とも呼ばれる[1][2][3])は、自然換気英語版の為に、伝統的にペルシャ建築で建築されている風を採り入れるである[4]。デザインは、風の取り入れ口が一方向にのみ向いているものから、複数方向に向いているものまで様々である。

イランのヤズドにあるバードギールと二重のドームを備えたアーブ・アンバール(伝統的な貯水施設)
アラブ(ペルシャ)建築で使われるmalqaf構造
バードギールとカナート(地下水路)による冷却

この仕組みは、古代エジプト建築にも用いられていた。多くの国に存在し続けており、ペルシャ湾岸のアラブ諸国英語版(主にイランヤズド地方[5]バーレーンドバイ[6])、パキスタンアフガニスタン[7]を含む中東の伝統的なペルシア人の影響を受けた建築に見られる。

背景 編集

バードギールが普及している地域は、乾燥した気候で日中の温度変化が大きく、ほとんどの建物は断熱性の高い厚いセラミックで作られている。直射日光の熱、遮る物が無い砂漠からの砂や強風を避ける為、窓は太陽から遠い場所に小さくしか作られない[2][7]

多くの場合、バードギールは夏季の間も凍結温度近くで水を貯めることができるアーブ・アンバールと呼ばれる伝統的な貯水施設と共に設置され、貯水施設内の気圧の圧力勾配と蒸発冷却効果で水の温度を下げ、水が清潔な状態で保存されるようにしている。

小さなバードギールは、伝統的なペルシアの建築ではシシュカンと呼ばれている。シシュカンは、今でもガズヴィーン等のイランの他の北部の都市のアーブ・アンバールの上に見ることができる。これらは、イランの中央砂漠で見られような空調設備というより換気装置として設置されている。

バードギールとカナート(地下水路)を組み合わせ、夏の間はモスク学校、家庭などでシャベスタン英語版という冷却部屋が活用された。

古代エジプトでの利用 編集

 
バードギールと古代エジプト住居

紀元前 約1300年のエジプト第19王朝ファラオ家NebAmunの墓の絵画に描かれている(英国博物館[8]

現代のエジプトでは、malqafや複数形でmalaaqefと呼ばれている[9][10][11][12]

形状 編集

イランのバードギールは細長い通気孔が並んだ塔状の設備で、ダクトを通じて外部風を導く構造となっている。典型的なイラン住宅では、夏期に居住空間として利用されるイワーンと呼ばれる半屋外空間の上部に設置される[5]。バードギールは単一風向型と多風向型の2種類に分類され[5]、 海風などで一方からのみ風が吹く傾向がある場所では、単一風向型のバードギールが建てられる[2]。 多風向型は4方向に開口部があり、あらゆる方向からの風に対応できる。単一風向型と異なる点に、吸気と同時に排気が行える特徴がある。

パキスタンの風窓は板とセメントで作られた簡単な構造である[5]。ほこりの多い日や寒い日には風を受ける面を閉じることができる。

働き 編集

近代建築のベンチレーター負圧によって外気を誘引し外部に排気する仕組みだが、バードギールは正圧によって風を屋内に取り込む仕組みとなっており、両者の力学的メカニズムは異なるものである[5]

村上周三らによって2005年に行われたヤズド地方での実測とコンピュータによるシミュレーションによれば、バードギールの採涼効果によって標準新有効温度(SET*)で約2℃の低下が見られた[13]

近年の活用 編集

アルミニウムの採用など新技術が盛り込まれ、ユタ州ザイオン国立公園のビジターセンターなど建築への活用がなされている[14]

ギャラリー 編集

脚注 編集

  1. ^ 日本流体力学会年会講演論文集 2007, 270, 2007-08-06 「イランにおける採風塔を持つ住居の屋内環境に関する実測と数値解析(建築空調(3),一般講演) 」
  2. ^ a b c 日本建築学会環境系論文集 Vol. 75 (2010) No. 657 P 961-967 「乾暑地域におけるヴァナキュラー建築の温熱環境に関する研究 採風塔の採風方法と貯水施設の採風効果の検証」
  3. ^ イラン、独自の採風塔がユネスコに登録(IRAN Japanese Radio、現Pars Today)
  4. ^ Malone, Alanna. “The Windcatcher House”. Architectural Record: Building for Social Change. McGraw-Hill. 2017年3月20日閲覧。
  5. ^ a b c d e 村上 2008, pp. 54–59.
  6. ^ Folklore and Folklife in the United Arab Emirates. pp. 167. https://books.google.com/books?id=UMldAgAAQBAJ&pg=PA167&dq 
  7. ^ a b A. A'zami (2005年5月). “Badgir in traditional Iranian architecture”. International Conference "Passive and Low Energy Cooling 1021 for the Built Environment", May 2005, Santorini, Greece. 2012年3月21日閲覧。
  8. ^ Air-conditioning avoidance Archived October 23, 2007, at the Wayback Machine.
  9. ^ The effect of wind-catchers (el-Malaqef) on the internal natural ventilation in hot climates with special reference to Egypt: A study on small physical models” (Microsoft Word document (.doc)) (英語アラビア語). www.aun.edu.eg. アシュート: アシュート大学. p. 1 (2007年4月11日). 2016年9月21日閲覧。 “EL-MALAQEF”
  10. ^ Using Computational Fluid Dynamics to Study Flow Patterns of Egypt Windcatcher Named MALQAFS” (PDF). 2013年4月22日閲覧。
  11. ^ Industrial architecture in Egypt in the 19th and 20th centuries, Arsenal in the Citadel of Cairo: workshop hall with timber roof construction and wind catcher (malqaf)”. Dainst.org. 2013年4月22日閲覧。
  12. ^ Designing the Malqaf for Summer Cooling in Low” (PDF). 2013年4月22日閲覧。
  13. ^ 村上 2008, pp. 59–78.
  14. ^ Zion Canyon Visitor Center”. nps.gov. National Park Service. 2017年3月20日閲覧。

参考文献 編集

  • 村上周三『ヴァナキュラー建築の居住環境性能』慶應義塾大学出版会、2008年。ISBN 9784766414929 

関連項目 編集

外部リンク 編集