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カタリーナ・フォン・ブランデンブルク=キュストリン

カタリーナ・フォン・ブランデンブルク=キュストリン

カタリーナ・フォン・ブランデンブルク=キュストリン(Katharina von Brandenburg-Küstrin, 1549年8月10日 - 1602年9月30日)は、ブランデンブルク選帝侯ヨアヒム・フリードリヒの最初の妃。選帝侯ヨアヒム1世ネストルの次男であるブランデンブルク=キュストリン辺境伯ヨハンの次女で、ヨアヒム・フリードリヒの父ヨハン・ゲオルクの従妹にあたる。母はブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公ハインリヒ2世の長女カタリーナ(1518年 - 1574年)である。

1570年1月8日にヨアヒム・フリードリヒと結婚し、11人の子をもうけた。

カタリーナの死の翌年の1603年にヨアヒム・フリードリヒは、カタリーナと同じホーエンツォレルン家の同族で息子ヨハン・ジギスムントの妻アンナの妹である、プロイセン公アルブレヒト・フリードリヒの四女エレオノーレと再婚した。