キース・ヴァン・ドンゲン

1877-1968, エコール・ド・パリの画家

キース・ヴァン・ドンゲン(Kees Van Dongen、1877年1月26日 - 1968年5月28日)は、フォービズムの作風でエコール・ド・パリ画家

キース・ヴァン・ドンゲン(1938年)

経歴編集

 
キース・ヴァン・ドンゲンのスタジオ パリ 1910年頃

[1]1877年  オランダロッテルダム郊外の酒醸造業の家庭に生まれる。醸造業を手伝いながら、ロッテルダムの美術アカデミー(現在のウィレム国王学院英語版)で学ぶ。その頃同校で後の妻になるジュリアナ・オーガスタ英語版と出会う。当時はハーグ派象徴主義の影響の絵画を描いていた。

1896年、日刊紙のイラスト・レポーターとして働く。

1899年、パリに転居。風刺新聞や雑誌などの挿絵の仕事を行う。その風刺的イメージが、軍隊や教会、資本家などから告発をうける。

1901年7月11日にジュリアナ・オーガスタと結婚した。 息子は1901年12月に生まれてから数日後に亡くなった。「ドリー」と呼ばれる娘のオーガスタは、1905年4月18日に生まれた。

1905年、サロン・ドートンヌに参加。作風がフォービズムへと傾向していった。

1910年の9月1日、ミュンヘン新芸術家協会第二回展に招待され出品された。

ドイツ表現主義ブリュッケに所属。 その頃ピカソに誘われて洗濯船という集合アトリエ兼住宅に家族で移り住んだ。

1914年の夏にロッテルダムで家族に会いに3人で帰郷した時第一次世界大戦の勃発に巻き込まれ1918年までパリに戻ることができなかった。 ジュリアナと1921年に離婚。

1926年、レジオンドヌール勲章受章。

1968年、モナコにて去。

 
デルフスハーヴェン英語版に設置されたレリーフ(1990)

主な作品編集

関連項目編集

出典編集

  1. ^ ピースフルアートランド Bsou
  2. ^ Kees van Dongen's Cats