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グローストラクトーアドイツ語: Großtraktor)とは、ヴェルサイユ条約の制限の中でドイツのヴァイマル共和国のために作られた試作戦車である。

グローストラクトーア
Gr.Tr. Krupp.jpg
クルップ社製の試作車輌
種類 中戦車
原開発国 ドイツの旗 ドイツ
運用史
配備期間 1935年
配備先 ナチスドイツ
関連戦争・紛争 none
開発史
開発期間 1926年
製造業者 ラインメタルクルップダイムラー
製造期間 1928年~1930年
製造数 6両
諸元
重量 19t
全長 6.6m
全幅 2.81m
全高 2.3m
要員数 6両

装甲 軟鋼板、13mm
主兵装 75mm KwK L/24、1門
エンジン BMW Va 6気筒
懸架・駆動 コイルスプリングサスペンション(ラインメタル、クルップ生産車輌)、リーフスプリングサスペンション(ダイムラー・ベンツ生産車輌)
行動距離 路上、150km
速度 路上、40km/h
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概要編集

第一次世界大戦の後、ヴェルサイユ条約によりドイツは軍備の開発を制限されていたが、密かに各種兵器の開発計画は進められており、そのうち戦車については「トラクター」の名前のもとで秘匿された研究/開発が行われていた。これは軍用装甲車両とそれに搭載する火砲の開発を行うものだった。

ドイツは1922年ソビエト連邦との間に調印したラパッロ条約により、高度な機密の下で1926年から1933年まで秘密裏に共同事業を進めていた。ドイツは英仏の目が届かない場所での実地試験を行える代わりにソビエトに技術情報を提供し、ソビエトは試験場と設備を提供する代わりにドイツの技術情報を得ることができる、というものであった。

実地試験はカザン近郊に設けられていた“カマ戦車兵学校”とのコードネームが命けられた施設で行われており、“カマ(Kama)”とはカザンおよびマルブランド(Malbrandt)の二つの言葉をとって名付けられていた。これは試験場が設けられた地名とドイツ側の試験場所選定に任命された責任者の中佐の名前の頭文字を合わせたものである。この場所はソ連赤軍およびヴァイマル共和国軍のための統合試験場、また戦車訓練場だった。

1926年ラインメタルクルップ、およびダイムラー・ベンツに対して秘密裏に20トン級装甲戦闘車両の開発が依頼され、これには“グローストラクトーア(ドイツ語: Großtraktor:重量級トラクター、もしくは大型トラクターの意)”の秘匿名称が与えられて1928年から1929年にかけて担当した各社により2両ずつが完成した。

グローストラクトーアの試験は1930年代初頭に行われ、1933年にはドイツ本国に返送されて訓練に用いられた。本車の開発と設計、そして実地試験の結果と経験は、続いて開発されたライヒトトラクトーア、そしてI号戦車に連なるナチスドイツの開発した各種の装甲戦闘車両の祖となる。

グローストラクトーアはナチ党が権力を増して1935年ドイツが公式に再軍備を始めると訓練用としては退役し、1937年には全車が新設された各戦車連隊の駐屯地でモニュメントとして展示された[1]

 
1944年10月国民突撃隊の隊員による対戦車訓練時の撮影。後方にグローストラクトーアのラインメタル社製試作車が見える。


登場作品編集

World of Tanks
クルップ社製がドイツ中戦車Großtraktor - Kruppとして販売された。

参考文献編集

  1. ^ Peter Chamberlin and Hillary Doyle, Encyclopedia of German Tanks of World War Two, 1978, 1999, p. 147

関連項目編集

外部リンク編集