サブリナ (フェリー)

サブリナSABRINA)は、近海郵船が運航していたフェリー。釧路と東京を結ぶ航路に就航していた。

サブリナ
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本(1990-1999)
パナマの旗 パナマ(1999-2018)
キプロスの旗 キプロス(2018-)
所有者 日本の旗近海郵船日本郵船(1990-1999)
大韓民国の旗威東航運(1999-2018)
ギリシャの旗A-Ships Management(2018-)
運用者 日本の旗近海郵船(1990-1999)
大韓民国の旗威東航運(1999-2018)
スペインの旗FRS Iberia(2019)
ギリシャの旗A-Ships Management(2020-)
建造所 神田造船所川尻工場
母港 東京
姉妹船 ブルーゼファー
建造費 57億円[1]
航行区域 近海[2]
信号符字 3FWM9
IMO番号 8902345
MMSI番号 357913000
改名 NEW GOLDEN BRIDGE II(1999-2018)
GOLDEN BRIDGE(2018-)
経歴
発注 1988年12月[3]
竣工 1990年5月8日[2]
就航 1990年5月17日[4]
運航終了 1999年11月
要目
総トン数 12,524トン
載貨重量 6,281トン
全長 186.50 m[4]
垂線間長 171.0m
型幅 24.80 m[5]
深さ 19.8 m[5]
喫水 6.9m
機関方式 ディーゼル
主機関 DU-Pielstick 9PC-40L[2] 過給機付4サイクル9気筒(360 rpm)
推進器 可変ピッチプロペラ 2軸
出力 16,000PS×2[4]
最大速力 25.4ノット[5]
航海速力 23.2ノット[4][5]
旅客定員 694名[4]
乗組員 53名[5]
車両搭載数 トラック170台 乗用車140台 [4][5]
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概要編集

同航路に従来就航していたさろまに代わり、姉妹船のブルーゼファーと共に1990年に就航。L型エンジン9気筒のエンジンを採用し、東京-釧路間の所要時間を3時間削減し約31時間で結んだ[3]。船名は映画「麗しのサブリナ」から命名された。

その後、帯広商工会議所の要望により上り便のみ十勝港への寄港を開始したが、旅客、貨物の減少が続いたため、釧路港に就航したRO-RO船による運航に切り替えられることになり、1999年11月で運航を終了した[6]

その後、韓国の威東航運へ売却されNEW GOLDEN BRIDGE IIとなり、大韓民国仁川港中華人民共和国威海港間を結ぶ国際航路で2018年まで運航された。

2018年11月には「GOLDEN BRIDGE」に改名のうえギリシャへ移送され[7]、A-Ships Managementに売却し2019年にスペイン・FRSイベリアのモトリル - メリリャ航路へのチャーター、2020年7月からイグメニツァ - ケルキラ島(ギリシャ) - ブリンディジ(イタリア)航路に就航[8]

船内編集

レジャー志向で最も進んでいる若い女性をターゲットにし[3]北郷悟による外観デザインなど船体内外のデザインにデザイナーを起用して旅客重視の豪華な船内設備でクルーズフェリーと称し、自然の中にいる安らぎの再現や散歩の気分を味わえるラウンド式の船内設計とした[3]。「光と海」をコンセプトとした船内で、1990年のグッドデザイン賞を受賞している[1][3]。ファンネルマークは三徳健次によるデザインで[9]、従来の近海郵船のものと異なる2羽の丹頂鶴をイメージしたものとなっていた。また、ブリッジは中央部が前方にやや突き出す形で操船者があまり動き回らず広い視界が得られる形とし[10]赤外線ビデオとレーダーを組み合わせた「サイエンズ・アイズ」を用いて濃霧時の安全性も確保した[3]

Aデッキ[5]
  • イベントホール「ステラ」(威東航運時代はエコノミールーム兼会議室)
Bデッキ[5]
  • レストラン「ラビアンローズ」(160席)[10]
  • バックラウンジ(威東航運時代はカラオケルーム)
  • スポーツコーナー(威東航運時代はカラオケルーム)
  • ミーティングルーム(3室 威東航運時代は2室をエコノミークラス室に使用)
  • フォワードサロン(1等・特等客用) - ソファーを中心とした内装とした[10][2]
  • プロムナードギャラリー - 各種絵画を展示、壁面は波のイメージを施している[10]
  • マガジンコーナー(威東航運時代はカフェテラス)
  • サンデッキ
  • 特等室「ロイヤルステート」(8室・24名)(威東航運時代はプレジデンシャルキャビン2室・デラックスロイヤル6室)
  • 1等室
    • ファーストファミリー(和室 6室・30名)(威東航運時代はビジネスクラス)
    • ファーストツイン(洋室 16室・32名)(威東航運時代はロイヤルクラス)
    • ファーストシングル(シングル 8室・8名)(威東航運時代はロイヤルクラス)
Cデッキ[5]
  • 乗下船口
  • フロント
  • TVコーナー
  • ショッピングコーナー
  • 展望風呂(威東航運時代はサウナ)
  • ゲームコーナー(威東航運時代は売店「GS25」)
  • チルドレンズコーナー(威東航運時代は免税店)
  • コーヒーラウンジ(60席 威東航運時代は免税店)
  • ビアデッキ
  • サービスカウンター
  • フォワードサロン(2等客用) - 丸窓を用いたバーカウンター風としていた[10][2]
  • 2等特別室「デラックスコンパート」(4名×12室、5名×12室 威東航運時代はビジネスクラス)
  • 2等寝台「ツーリストベッド」(4室・合計240名)(威東航運時代はエコノミークラス)
  • 2等和室「ツーリストルーム」(7室・合計232名)(威東航運時代はエコノミークラス)
  • ドライバーズルーム「スペシャルコンパート」(20名)(威東航運時代はエコノミークラス)

事故・インシデント編集

接岸中の暴走事故編集

1993年9月28日、20時26分ごろ、釧路港から東京港に到着して接岸して係船後、遠隔操縦装置の切替操作のミスにより、船体が移動した。船体に引きずられたボーディングブリッジが落橋、作業員1名が死亡、職員2名が重傷を負った。本船は右舷外板に凹損を生じ、舷門開き戸が破損した。 事故原因は、航海中に修理のために主機を機関制御室操縦とした後、船橋操縦に戻す際に機関制御室のテレグラフを「ストップ」に戻すのを失念したためであった。機関制御室のテレグラフは「前進・フル」のままであったため、接岸後に主機停止のため機関制御室操縦に切り替えた際、前進の推力が生じて、異常に気がついた航海士が対応するまでに船首尾にとられていたライン6本中5本が切断、船体は約80メートル前進した[11]

出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b カーフェリー サブリナ 131971”. GOOD DESIGN AWARD. 1990年8月26日閲覧。
  2. ^ a b c d e 12,500GT型カーフェリー"サブリナ"の概要 - 船の科学1990年9月号
  3. ^ a b c d e f クルーズ客船のテイストを満載して運航中"ブルーゼファー" - Compass1990年11月号
  4. ^ a b c d e f 市來清也「長距離フェリーの動向と課題」『流通問題研究』第18巻、流通経済大学、1991年10月、 1-26頁、2018年5月14日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i 近海郵船の新造フェリー「サブリナ」のデッキ・プラン - 世界の艦船1989年8月号
  6. ^ 歴史 1989年~現在 平成に入って”. 近海郵船株式会社. 2018年12月1日閲覧。
  7. ^ μεγάλος εντυπωσιακός Γιαπωνέζος στη δεξαμενή - ARXIPELAGOS(2019年4月11日)
  8. ^ A-Ships Management’s GOLDEN BRIDGE On The Igoumenitsa-Corfu-Brindisi Line - FERRY SHIPPING NEWS
  9. ^ 三徳 健次 | 教員紹介 - 女子美術大学(Internet Archive)
  10. ^ a b c d e 新造フェリー「サブリナ」の処女航海に乗って - 世界の艦船1989年8月号
  11. ^ 横浜地方海難審判庁 (1995-02-10) (PDF). 平成5年横審第162号 旅客船サブリナ旅客可動橋架設作業員等死傷事件 (Report). 海難審判・船舶事故調査協会. http://www.maia.or.jp/pdf/05yh162.pdf 2016年2月15日閲覧。. 

関連項目編集

外部リンク編集