サヤージー・ラーオ・ガーイクワード

サヤージー・ラーオ・ガーイクワード(Sayaji Rao Gaekwad, 生年不詳 - 1792年)は、西インドグジャラート地方ガーイクワード家の当主(在位:1768年 - 1778年)。

サヤージー・ラーオ・ガーイクワード
Sayaji Rao Gaekwad
ガーイクワード家当主
在位 1768年 - 1778年
別号 マハーラージャ

出生 不詳
死去 1792年
ヴァドーダラー
家名 ガーイクワード家
父親 ダマージー・ラーオ・ガーイクワード
宗教 ヒンドゥー教
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生涯編集

ダマージー・ラーオ・ガーイクワードの長男として生まれた[1]

サヤージー・ラーオは権力がなく、1771年に弟のファテー・シング・ラーオ・ガーイクワードのが摂政となり、1778年には当主位を奪われた[2]。これに対し、同年に弟のゴーヴィンド・ラーオ・ガーイクワードがファテー・シング・ラーオに反乱を起こしたが失敗し、プネーへ逃げることを強いられた[3]

1792年、サヤージー・ラーオはヴァドーダラーで死亡した[4]

出典・脚注編集

関連項目編集