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デヴィッド・カール・クルーセンDavid Karl Krusen1966年3月10日 - )は、アメリカ合衆国ミュージシャンパール・ジャムの初期ドラマーとして活動し、その後もキャンドルボックスを始めとする様々なバンドに参加した。

デイヴ・クルーセン
Dave Krusen
Photo BY Michael LovelessP1040684.JPG
2008年撮影
基本情報
出生名 David Karl Krusen
生誕 (1966-03-10) 1966年3月10日(53歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ワシントン州 タコマ
ジャンル オルタナティヴ・ロックグランジハードロックポスト・グランジエクスペリメンタル・ロック
職業 ミュージシャン
担当楽器 ドラムス
活動期間 1979年 -
共同作業者 Liar's Club、パール・ジャム、Hovercraft、キャンドルボックス、Unified Theory、Thee Heavenly Music Association、Cheyenne Kimball

人物編集

生い立ち編集

ワシントン州タコマに生まれ、幼い頃からエルヴィス・プレスリーチャック・ベリーの音楽に親しみ[1]、後にビートルズレッド・ツェッペリンローリング・ストーンズザ・フーポリスニール・ヤングなども好むようになる[2]1970年代後半からシアトル周辺のローカル・バンドに参加し演奏を始める。

パール・ジャム編集

1990年パール・ジャムのメンバーであるジェフ・アメンストーン・ゴッサードからバンドに誘われ、オーディションを通じてパール・ジャムに加入した。クルーセンはデビューアルバム『Ten』のレコーディングに参加したが、レコーディング終了後にアルコール依存などの問題とそのリハビリを理由に、1991年5月にバンドを脱退する[3]

それ以降の活動編集

1990年代中盤にHovercraftというポストロックバンドに加入。Karl 3‒30というステージネームで活動し、1997年リリースのアルバム『Akathisia』のレコーディングに参加。1997年キャンドルボックスに加入しアルバム『Happy Pills』のレコーディングに参加、1999年に脱退したが、以降のアルバムにもセッションミュージシャンとしてレコーディングに参加した。1998年ブラインド・メロンのメンバーらと共にUnified Theoryというロックバンドを結成し、バンドは2000年にアルバム『Unified Theory』でデビューするが、翌2001年に解散した。現在も自身のバンドやコラボレーションなどで活動している。

脚注編集

  1. ^ "Dave Krusen". CandleShop.
  2. ^ Acrylic, Kim. "Interview with Dave Krusen of The Kings Royal". Punk Globe. January 2009.
  3. ^ Greene, Jo-Ann. "Pearl Jam and the Secret History of Seattle Part 2". Goldmine. August 1993