ニコライ・ボルジュジャ

ニコライ・ニコラエヴィチ・ボルジュジャロシア語: Николай Николаевич Бордюжа, ラテン文字転写: Nikolai Nikolayevich Bordyuzha, 1948年10月20日 - )は、ロシア政治家。国境警備部門、治安部門出身のシロヴィキで、ロシア安全保障会議書記、大統領府長官を歴任した[1][2]大将

ニコライ・ボルジュジャ
Николай Николаевич Бордюжа
Nikolay Bordyuzha CSTO chief.jpg
ニコライ・ボルジュジャ
生年月日 (1948-10-20) 1948年10月20日
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の国旗 ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国オリョール
出身校 戦略ロケット軍ペルミ高等指揮技術学校
前職 ロシア国境軍副司令官、連邦国境庁(FPS)次官

在任期間 1998年12月7日 - 1999年3月
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1949年オリョールに生まれる。1972年戦略ロケット軍ペルミ高等指揮技術学校を卒業する。1975年からソ連国家保安委員会(KGB)に入り、1976年、高等軍事防諜課程を修了。以後、主に国境警備部門や治安機関で勤務する。

1991年5月、ボリス・エリツィンの下で、ロシア連邦大統領附属連邦政府通信・情報局(FAPSI)兵員業務局第一副局長となる。1992年ロシア国境軍副司令官、1995年、連邦国境庁(FPS)次官を経て、1998年1月、FPS長官兼国境軍総司令官に就任する。同年3月、ロシア安保会議のメンバーに選出され、同年9月14日、安保会議書記に任命された。さらに同年12月7日大統領府長官となる。1999年3月に退役。

1999年4月に国家関税委員会議長に任命されるが、5月に辞表を提出。同年8月、駐デンマーク大使に任命される。

2003年4月28日独立国家共同体(CIS)の安全保障組織である独立国家共同体集団安全保障条約機構事務局長に就任。

パーソナル編集

妻帯。息子は将校。歴史書とバレーボールが趣味。

2005年、ロシア勇気勲章及び友好勲章を受章。

脚注編集

  1. ^ 山添博史 2012, p. 122.
  2. ^ 湯浅剛 2014, p. 57.

参考文献編集

  • 山添博史 「中央アジアにおけるロシアの安全保障政策とテロ対策」、カロリナ・ベンディル・パリン、兵頭慎治編 (PDF) 『隣国からの視点 : 日本とスウェーデンから見たロシアの安全保障 : FOI-NIDS共同研究』 防衛省防衛研究所〈国際共同研究シリーズ〉、2012年11月、117-130頁。ISBN 978-4-86482-002-8http://www.nids.mod.go.jp/publication/joint_research/series8/pdf/series8-8.pdf2017年2月5日閲覧 
  • 湯浅剛「中央アジアにおけるロシア主導の多国間協力 : 集団防衛と経済統合の展開 (PDF) 」 『防衛研究所紀要』第16巻第2号、防衛省防衛研究所、2014年2月28日、 53-72頁、 ISSN 1344-1116NAID 400202853222017年2月5日閲覧。
先代:
アンドレイ・ココーシン
ロシア安全保障会議書記
1998年 - 1999年
次代:
ウラジーミル・プーチン
先代:
ワレンチン・ユマシェフ
ロシア大統領府長官
1998年 - 1999年
次代:
アレクサンドル・ヴォローシン