絵画による裸婦の表現例

ヌードは、人間のを意味する英単語

概要編集

ヌード(芸術)は、裸体を題材として「ヌード写真」「ヌードシーン」などのように、絵画彫刻写真映画といった創作物で使用される。ヌード写真は、医学のテキストや科学的記事など、真面目な媒体で使用されることもある[1]

分類は複数あり、 芸術分野では、ヌード(観賞用の裸体)、ネイキッド(むき出しの裸体)、フレッシュ(肉の塊としての裸体)などの分類がある[2]トルソーは美術用語で、顔や手足を除いた胴体のみを意味する。オールヌード、フルヌード、 ヘアヌード(和製英語)、セミヌード などは日本的分類である。 全裸の状態で一般生活を営むことをヌーディズムと呼び、それを実践する者をヌーディストと呼ぶ。

歴史編集

1950年代以後のヌード編集

 
ジャン=レオン・ジェローム画
アレオパゴス会議の前でのフリュネ(Phryné devant l'Areopage)』(1861年)

中世から19世紀のある時期まで、絵画におけるヌードは、神話に題材を取った女神の裸体などの宗教的な絵画表現の場合に限定して認められていた。その後ヌードはモダニズムの考えによって変化していった。 古代ギリシアの実在の女性とされる「フリュネ」は後の画家や彫刻家の創造力を刺激し、多くの作品をもたらした。またフリュネは1953年の映画『Frine cortigiana d'Oriente』にも登場している。理想化された裸体は、エゴン・シーレ[3]の作品のように、個人的な観点で描かれた女性に置き換えられた。Jean Metzingerの単純化された現代形の裸体、モディリアニ、Gaston Lachaise、Aristide Maillolは、ギリシャの女神よりも、生殖の女神を思い起こさせる。

シルヴィア・スレイ[4]は、1970年代女性だけでなく、男性もヌード・モデルとして起用した。76年の「田園の合奏」では、裸体女性と裸体男性の両方が描かれている。

ルシアン・フロイドは、「スクール・オブ・ロンドン」として知られるようになったフランシス・ベーコンを含む少数の画家の一人であった。1970年代に比喩的な美術の仕事をしたが、それは非現実的かつ抽象的だった。しかし、彼の画家人生の後半には、作品において肥満モデルを扱い、ポストモダン時代の象徴となり、理想化の痕跡のない人体を描いた。

脚注編集

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  1. ^ Scientific Photographer”. 2020年7月3日閲覧。
  2. ^ 「アート系映画徹底攻略」p.22、フィルムアート社
  3. ^ http://www.egon-schiele.net/
  4. ^ http://www.sylviasleigh.com/

関連項目編集