ノーベル文学賞

ノーベル文学賞(ノーベルぶんがくしょう、スウェーデン語: Nobelpriset i litteratur)はノーベル賞6部門のうちの一つ。文学の分野において理念をもって創作し、最も傑出した作品を創作した人物[1]に授与される。原則として定数1名のみ受賞されるが、これまでに1904年フレデリック・ミストラルホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ1917年カール・ギェレルプヘンリク・ポントピダン1966年シュムエル・アグノンネリー・ザックス1974年エイヴィンド・ユーンソンハリー・マーティンソンが2人同時受賞となっている。

ノーベル文学賞
受賞対象 文学への顕著な貢献
スウェーデン
授与者 スウェーデン・アカデミー
初回 1901年
最新回 2016年
最新受賞者 ボブ・ディラン
公式サイト http://nobelprize.org/nobel_prizes/literature/

目次

概要編集

アルフレッド・ノーベルは少年時代から文学に関心を持っており、特にバイロンシェリーの詩に熱中して自らも詩を書いており、晩年になっても戯曲「ネメシス」を書くなど文学熱は冷めなかった。また母語であるスウェーデン語に加えて、英語フランス語ドイツ語イタリア語ロシア語に堪能であり、外国の文学作品の翻訳も趣味にしていた。

このためノーベル賞の構想時にも、科学だけでなく文学も人類にとって重要であると認識し、遺言の中で「理想的な方向性の (in an ideal direction)」文学を表彰の対象に含めた[2][3]

ノーベル文学賞はその作家の作品、活動の全体に対して与えられるものであって、一つの作品に対して与えられるものではないとされているが、場合によっては特に代表的な作品や選考の上で評価された作品などの名前が賞記に記されることもある。原則として選考の時点で生存している作家が対象であり、追贈は行わない。資格を持っている各地のペン・クラブや大学、文学者などから候補が推薦され[4]、これをスウェーデン学士院が選考する[5]

他の科学賞や平和賞の趣旨と歩調を合わせて人類の進歩、発展に寄与する理想主義的、人道主義的な文学者に授与されることが多かったが、第二次世界大戦後は「理想」あるいは「理想主義」と関係が薄れ、既存の社会に対して批判的な作家に対して贈られるケースが増えた。さらに、1947年にアンドレ・ジッドが受賞したように、世界的に著名で高齢の文豪が選ばれる傾向が強くなった。それまでは比較的若く、以後の創作が望まれる作家が選ばれる傾向があった[3][6]。1970年代以降はパトリック・ホワイトをはじめ前衛的な作家が選ばれ得るようになり、広い地域から受賞者が生まれた[7]。ノーベル自身が体現してきた、科学技術による人類の進歩・発展に寄与する、理想主義的・人道主義的な文学範囲を含む、SFの作家が受賞したことはない。

過去には歴史家のモムゼン、哲学者(オイケンベルクソンラッセル)など、文学者以外の受賞者もいたが、政治家のチャーチルの受賞を最後に文学者のみが対象と決められた[3][8]。しかし、2016年にシンガーソングライターのボブ・ディランが受賞した。

これまでにボリス・パステルナークサルトルの2人が受賞を辞退している。

選考編集

第1回の選考の際にはトルストイが存命で有力候補とされていたが、フランスのアカデミーが推薦した詩人シュリ・プリュドムが選ばれた。この選考結果に対して、スウェーデン国内で一部の作家たちが抗議を行うなど世論の批判があったが、トルストイの主張する無政府主義や宗教批判が受け入れられず、翌年以降も選ばれることは無かった[9]。1901年 - 1912年のノーベル文学賞受賞者は「立派な人物像」が大きな要素であり、受賞者は文学作品の価値だけではなく、その賞に値するようなモラルと生活態度、また社会的な地位も大切であると考えられていたが、その後は作家の生活や趣向などは審査の対象外とし、作品自体の文学性を公平に審査基準とするように努められるようになった[10]

1913年には、インドのタゴールがヨーロッパ以外の地域から初めて選ばれた。タゴールはベンガル語で詩を作り、『夕べの歌』の出版以来、高い評価を得ていた。子供の頃から英語を学び、イギリス留学の経験もあるため英語に通じていたタゴールが自分自身で詩を英語に訳したところ、アイルランドの詩人イェイツなどの協力によって英語で出版され、ヨーロッパでも好評を得た[11]

1914年の選考ではカール・シュピッテラーが候補になっていたが、第一次世界大戦の勃発により授賞は中止された。1916年の11月に、1915年のロマン・ロランと1916年のヴェルネル・フォン・ヘイデンスタムの2人への授賞が発表された。式典自体は戦争が終結する1918年まで実施されなかった[12]

1925年に選ばれた劇作家バーナード・ショーは当初受賞を拒否していたが、説得により賞を受け、賞金はイギリスにおけるスウェーデン文学のための財団設立に投じられた[13]

第二次世界大戦が始まると4年の間、ノーベル文学賞は中止された。1945年に1944年の受賞者ヨハネス・イェンセンと1945年の受賞者ガブリエラ・ミストラルが同時に発表された。1945年の選考ではフランスのポール・ヴァレリーに決まりつつあったが、正式決定前の7月にヴァレリーが死亡したため、ミストラルの南米初の受賞が決まった[14]

1958年のソ連ボリス・パステルナークは政府からの圧力により、辞退を強要された[15]。パステルナークは1960年に死亡し、1988年に息子がメダルを受け取っている[16]

サルトルは1964年に選ばれたが、辞退した。サルトルは公的な栄誉を否定しており、過去にもフランス政府による勲章などを辞退していた。公式な声明ではノーベル賞の辞退は個人的な理由としているが、この賞が西側中心のものであることへのサルトルの批判として受け止められた[17][18]

日本人の受賞者および候補者編集

日本人では川端康成(1968年)と大江健三郎(1994年)の2人が受賞している。

このほか、賀川豊彦が1947年・1948年の2度候補に挙がっている[19]。ノーベル賞の候補者や選考過程は50年間の守秘義務があり、ノーベル財団のウェブサイトでは1965年までの候補者が公表されている[20]。2009年、朝日新聞がノーベル財団に50年以上経過した過去の情報公開を請求した結果、賀川の後は1958年に谷崎潤一郎西脇順三郎が候補となっていたことが確認された[21]。さらに、谷崎と西脇は1960年から1962年にも候補者となっていたことが、公開された日本の外務省公電からの間接的な形で2010年に研究者によって確認され[22]、2013年に読売新聞によるスウェーデン・アカデミーへの情報公開請求の結果としても裏付けられた[23]。また、同じ情報公開請求では1968年に受賞した川端康成が、1961年と1962年に候補者となっていたことも明らかになった[24]。後述する2014年の資料公開で、川端・谷崎・西脇の3人は1963年にも候補者となっていたことが判明している[25]

読売新聞は2012年3月にノーベル委員会のペール・ベストベリー委員長に取材し、「安部公房は急死しなければ、ノーベル文学賞を受けていたでしょう。非常に、非常に近かった」「三島由紀夫は、それ(安部)ほど高い位置まで近づいていなかった。井上靖が、非常に真剣に討論されていた」といったコメントを得たことを報じた[26]。このコメントと上記の守秘義務との関連は不明である。ドナルド・キーンは、ベストベリー委員長が三島由紀夫について、安部ほどは受賞に近づいていなかったと指摘したことについては、「スウェーデン人で国連事務総長を務めたダグ・ハマーショルドが『金閣寺』を高く評価することをスウェーデン・アカデミーに伝えており、その推薦は軽視されないということだった。受賞に大変近かったはずだ」と同記事内で述べている。

2014年1月3日、三島由紀夫が1963年度のノーベル文学賞の有力候補6人の中に入っていたことが公式発表された[27][28]。6人の中には、三島の他にサミュエル・ベケットらがおり、その後3人に絞り込まれた際に三島は外れた[29]。1963年度の選考資料によると、委員会がドナルド・キーンに日本の作家についての評価を求めていたことが分かった[30]。当時キーンは、実績を重視し、年齢順に「谷崎潤一郎(76歳)、川端康成(63歳)、三島由紀夫(38歳)」の順で推薦したが、本心では「三島が現役の作家で最も優れている」と思っていたとし、それでも三島よりも谷崎と川端を高く評価したのは、年功序列を意識する日本社会に配慮したからだと説明して、「日本人の中には三島はまだ若いと考える人もいて、もし谷崎と川端を差し置いて受賞すれば、日本の一般市民は奇妙に感じるのではないかと考えた」と2015年4月に明らかにした[30]

2015年1月、共同通信社の資料公開請求に基づく開示により、1964年度も前年同様に谷崎・川端・西脇・三島の4人がノミネートされ、そのうち谷崎潤一郎は1960年度に続き最終選考6人の中に含まれていたことが明らかになった[31]。2016年1月にはやはり共同通信社の資料公開請求に基づく開示で1965年度についてはこの年7月に亡くなった谷崎を含む前年と同じ4人がノミネート対象となり、スウェーデンアカデミーは「谷崎亡き後、川端が日本人候補者の中で最有力だ」としたものの、日本人4人は最終選考に残っていなかったことが明らかにされた[32]。2017年1月、読売新聞による資料公開請求に基づく開示で、1966年度は川端と西脇が候補となり、川端はノミネート以来初めて最終選考対象6人に残っていたことが明らかになった[33]。この年の選考に際しては伊藤整が意見書を寄せていたことも判明している[33]

安部公房や井上靖が候補になっていたかどうかについては、2016年時点では公式な発表はなされていない。

これら以外に古くは1926年に内田魯庵野口米次郎を「日本の文芸家からノーベル賞の候補に挙がる最初の人物」と評した[34]のをはじめ、戦後は芹沢光治良井伏鱒二遠藤周作村上春樹らが「候補者」として報道されたことがあるが、いずれも下馬評や過去の受賞者が獲得していた他の文学賞との関連などに基づく類推の域を出るものではなく、現在公表されているノーベル財団の公式な資料に基づくものではない。

歴代受賞者編集

1900年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1901年   シュリ・プリュドム   フランス フランス人初の受賞者
初代受賞者
1902年   テオドール・モムゼン   ドイツ 歴史 ドイツ人初の受賞者
1903年   ビョルンスティエルネ・ビョルンソン   ノルウェー ノルウェー人初の受賞者
1904年   フレデリック・ミストラル   フランス フランス人として2人目の受賞者
プロヴァンス語での著作
ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレと共に受賞
  ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ   スペイン 戯曲 スペイン人初の受賞者
フレデリック・ミストラルと共に受賞
1905年   ヘンリク・シェンキェヴィチ   ポーランド 小説 ポーランド人初の受賞者
1906年   ジョズエ・カルドゥッチ   イタリア イタリア人初の受賞者
1907年   ラドヤード・キップリング   イギリス 小説 イギリス人初の受賞者
ノーベル文学賞最年少受賞(41歳)
1908年   ルドルフ・クリストフ・オイケン   ドイツ 哲学 ドイツ人として2人目の受賞者
1909年   セルマ・ラーゲルレーヴ   スウェーデン 小説 スウェーデン人初の受賞者
女性初の受賞者

1910年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1910年   パウル・フォン・ハイゼ   ドイツ 小説 ドイツ人として3人目の受賞者
1911年   モーリス・メーテルリンク   ベルギー 戯曲・詩 ベルギー人初の受賞者
フランス語での著作
1912年   ゲアハルト・ハウプトマン   ドイツ 戯曲
1913年   ラビンドラナート・タゴール   インド インド人初の受賞者
アジア人初の受賞者
ベンガル語での著作
1914年 𘚟/受賞者なし
1915年   ロマン・ロラン   フランス 小説 フランス人として3人目の受賞者
1916年   ヴェルネル・フォン・ヘイデンスタム   スウェーデン スウェーデン人として2人目の受賞者
ノーベル物理学賞など、他の賞が全て受賞者なしだった年の唯一の文学賞受賞者
1917年   カール・ギェレルプ   デンマーク ヘンリク・ポントピダンと共にデンマーク人初の受賞者
  ヘンリク・ポントピダン   デンマーク 小説 カール・ギェレルプと共にデンマーク人初の受賞者
1918年 𘚟/受賞者なし
1919年   カール・シュピッテラー   スイス スイス人初の受賞者
ドイツ語での著作

1920年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1920年   クヌート・ハムスン   ノルウェー 小説 ノルウェー人として2人目の受賞者
1921年   アナトール・フランス   フランス 小説
1922年   ハシント・ベナベンテ   スペイン 戯曲 スペイン人として2人目の受賞者
1923年   ウィリアム・バトラー・イェイツ   アイルランド 詩・戯曲 アイルランド人初の受賞者
英語での著作
1924年   ヴワディスワフ・レイモント   ポーランド 小説 ポーランド人として2人目の受賞者
1925年   ジョージ・バーナード・ショー   アイルランド 戯曲 アイルランド人として2人目の受賞者
英語での著作
1926年   グラツィア・デレッダ   イタリア 小説 イタリア人として2人目の受賞者
女性として2人目の受賞者
1927年   アンリ・ベルクソン   フランス 哲学
1928年   シグリ・ウンセット   ノルウェー 小説 ノルウェー人として3人目の受賞者
女性として3人目の受賞者
1929年   トーマス・マン   ドイツ 小説

1930年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1930年   シンクレア・ルイス   アメリカ合衆国 小説 アメリカ人初の受賞者
1931年   エリク・アクセル・カールフェルト   スウェーデン スウェーデン人として3人目の受賞者
受賞前に死亡していたため死後受賞
1932年   ジョン・ゴールズワージー   イギリス 小説 イギリス人として2人目の受賞者
1933年   イヴァン・ブーニン   ロシア 小説 ロシア人初の受賞者
1934年   ルイジ・ピランデルロ   イタリア 戯曲 イタリア人として2人目の受賞者
1935年 𘚟/受賞者なし
1936年   ユージン・オニール   アメリカ合衆国 戯曲 アメリカ人として2人目の受賞者
1937年   ロジェ・マルタン・デュ・ガール   フランス 小説
1938年   パール・S・バック   アメリカ合衆国 小説 アメリカ人として3人目の受賞者
1939年   フランス・エーミル・シランペー   フィンランド 小説 フィンランド人初の受賞者

1940年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1940年 𘚟/受賞者なし  
1941年 𘚟/受賞者なし  
1942年 𘚟/受賞者なし  
1943年 𘚟/受賞者なし  
1944年   ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン   デンマーク 小説 デンマーク人として3人目の受賞者
1945年   ガブリエラ・ミストラル   チリ チリ人初の受賞者
ラテンアメリカ圏初の受賞者
1946年   ヘルマン・ヘッセ   ドイツ 小説 スイスに移住
1947年   アンドレ・ジッド   フランス 小説
1948年   T・S・エリオット   イギリス 詩・評論 イギリス人として3人目の受賞者
アメリカ出身
1949年[35]   ウィリアム・フォークナー   アメリカ合衆国 小説

1950年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1950年   バートランド・ラッセル   イギリス 哲学
1951年   ペール・ラーゲルクヴィスト   スウェーデン 小説
1952年   フランソワ・モーリアック   フランス 小説  
1953年   ウィンストン・チャーチル   イギリス 伝記 首相初の受賞者
1954年   アーネスト・ヘミングウェイ   アメリカ合衆国 小説
1955年   ハルドル・ラクスネス   アイスランド 小説 アイスランド人初の受賞者
1956年   フアン・ラモン・ヒメネス   スペイン スペイン人として3人目の受賞者
1957年   アルベール・カミュ   フランス 小説・戯曲
1958年   ボリス・L・パステルナーク   ソビエト連邦 ロシア人として2人目の受賞者
受諾後、ソ連政府の意向により辞退させられたが、死去後に遺族が受け取った
1959年   サルヴァトーレ・クァジモド   イタリア

1960年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1960年   サン=ジョン・ペルス   フランス
1961年   イヴォ・アンドリッチ   ユーゴスラビア 小説 ユーゴスラビア人初の受賞者
セルビア・クロアチア語での著作
1962年   ジョン・スタインベック   アメリカ合衆国 小説
1963年   イオルゴス・セフェリス   ギリシャ ギリシャ人初の受賞者
1964年   ジャン=ポール・サルトル   フランス 哲学・小説・戯曲 受賞辞退
1965年   ミハイル・ショーロホフ   ソビエト連邦 小説 ロシア人として3人目の受賞者
1966年   シュムエル・アグノン   イスラエル 小説 イスラエル人初の受賞者
ネリー・ザックスと共に受賞
  ネリー・ザックス   ドイツ スウェーデンに移住。
シュムエル・アグノンと共に受賞
1967年   ミゲル・アンヘル・アストゥリアス   グアテマラ 小説 グアテマラ人初の受賞者
1968年   川端康成   日本 小説 日本人初の受賞者
1969年   サミュエル・ベケット   アイルランド 戯曲・小説 アイルランド人として3人目の受賞者
英語とフランス語での著作

1970年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1970年   アレクサンドル・ソルジェニーツィン   ソビエト連邦 小説
1971年   パブロ・ネルーダ   チリ チリ人として2人目の受賞者
1972年   ハインリヒ・ベル   ドイツ 小説
1973年   パトリック・ホワイト   オーストラリア 小説 オーストラリア人初の受賞者
1974年   エイヴィンド・ユーンソン   スウェーデン 小説 ハリー・マーティンソンと共に受賞
  ハリー・マーティンソン   スウェーデン エイヴィンド・ユーンソンと共に受賞
1975年   エウジェーニオ・モンターレ   イタリア
1976年   ソール・ベロー   アメリカ合衆国 小説
1977年   ビセンテ・アレイクサンドレ   スペイン
1978年   アイザック・バシェヴィス・シンガー   アメリカ合衆国 小説 イディッシュ語での著作
1979年   オデッセアス・エリティス   ギリシャ ギリシャ人として2人目の受賞者

1980年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1980年   チェスワフ・ミウォシュ   ポーランド ポーランド人として3人目の受賞者
1981年   エリアス・カネッティ   ブルガリア 小説 ブルガリア人初の受賞者
ドイツ語での著作
1982年   ガブリエル・ガルシア=マルケス   コロンビア 小説 コロンビア人初の受賞者
1983年   ウィリアム・ゴールディング   イギリス 小説
1984年   ヤロスラフ・サイフェルト   チェコスロバキア チェコ人初の受賞者
チェコ語での著作
1985年   クロード・シモン   フランス 小説
1986年   ウォーレ・ショインカ   ナイジェリア 戯曲 英語での著作。ナイジェリア人初の受賞者
アフリカ人初の受賞者
アメリカに亡命
1987年   ヨシフ・ブロツキー   ソビエト連邦
1988年   ナギーブ・マフフーズ   エジプト 小説 エジプト人初の受賞者
アラブ圏初の受賞者
1989年   カミーロ・ホセ・セラ   スペイン 小説

1990年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
1990年   オクタビオ・パス   メキシコ 詩・評論 メキシコ人初の受賞者
1991年   ナディン・ゴーディマー   南アフリカ共和国 小説 南アフリカ人初の受賞者
英語での著作
1992年   デレック・ウォルコット   セントルシア セントルシア人初の受賞者
カリブ海諸国初の受賞者
1993年   トニ・モリソン   アメリカ合衆国 小説
1994年   大江健三郎   日本 小説 日本人として2人目の受賞者
1995年   シェイマス・ヒーニー   アイルランド 英語での著作
1996年   ヴィスワヴァ・シンボルスカ   ポーランド
1997年   ダリオ・フォ   イタリア 戯曲
1998年   ジョゼ・サラマーゴ   ポルトガル 小説 ポルトガル人初の受賞者
1999年   ギュンター・グラス   ドイツ 小説

2000年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
2000年   高行健   中国 小説・戯曲 中国人初の受賞者
フランスに亡命
2001年   V・S・ナイポール   イギリス 小説
2002年   ケルテース・イムレ   ハンガリー 小説 ハンガリー人初の受賞者
2003年   J・M・クッツェー   南アフリカ共和国 小説 南アフリカ人として2人目の受賞者
英語での著作
2004年   エルフリーデ・イェリネク   オーストリア 小説・戯曲 オーストリア人初の受賞者
2005年   ハロルド・ピンター   イギリス 戯曲
2006年   オルハン・パムク   トルコ 小説 トルコ人初の受賞者
2007年   ドリス・レッシング   イギリス 小説
2008年   ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ   フランス 小説
2009年   ヘルタ・ミュラー   ドイツ 小説

2010年代編集

肖像 受賞者 出身 ジャンル 備考
2010年   マリオ・バルガス・リョサ   ペルー 小説 ペルー人初の受賞者
2011年   トーマス・トランストロンメル   スウェーデン
2012年   莫言   中国 小説 中国人として2人目の受賞者
2013年   アリス・マンロー   カナダ 小説 カナダ人初の受賞者
英語での著作
2014年   パトリック・モディアノ   フランス 小説  
2015年   スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ   ベラルーシ ノンフィクション ベラルーシ人初の受賞者
ジャーナリストとして初の受賞者
ロシア語での著作
2016年   ボブ・ディラン   アメリカ合衆国 シンガーソングライターとして初の受賞者

受賞者の執筆言語編集

関連項目編集

参考文献編集

  • 柏倉康夫 『ノーベル文学賞 : 作家とその時代』 丸善、1992年ISBN 4-621-05064-8

脚注編集

  1. ^ Nobel Media AB. “Full text of Alfred Nobel's Will”. 2011年10月22日閲覧。
  2. ^ 柏倉、2-3頁。
  3. ^ a b c 戎崎俊一監修 『ノーベル文学賞と経済学賞 : 暮らしと心を豊かにした人びと』 ポプラ社、2003年ISBN 4-591-07516-8、2-3頁 16頁。
  4. ^ The Asahi Shimbun Company. “ノーベル文学賞 選考の地を訪ねて〈上〉”. 2011年10月22日閲覧。
  5. ^ 柏倉、4-7頁。
  6. ^ 柏倉、104-105頁。
  7. ^ 柏倉、179-180頁。
  8. ^ 柏倉、79頁。
  9. ^ 柏倉、8-9頁。
  10. ^ 大木ひさよ「川端康成とノーベル文学賞 スウェーデンアカデミー所蔵の選考資料をめぐって」『京都語文』第21号(2014年) 45頁
  11. ^ 柏倉、15-23頁。
  12. ^ 柏倉、42-43頁。
  13. ^ 柏倉、56-59頁。
  14. ^ 柏倉、99-101頁。
  15. ^ Nobel Media AB. “Nobel Prize Facts”. 2011年10月29日閲覧。Four Nobel Laureates have been forced by authorities to decline the Nobel Prize!
  16. ^ 柏倉、141-147頁。
  17. ^ Nobel Media AB. “Nobel Prize Facts”. 2011年10月29日閲覧。Two Nobel Laureates have declined the Nobel Prize!
  18. ^ 柏倉、148-151頁。
  19. ^ “賀川豊彦:ノーベル文学賞候補だった 1947、48年連続--日本人初”. mainichi.jp (毎日新聞社). (2009年9月13日). オリジナル2009年9月23日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20090923174328/http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090913ddm041040058000c.html 
  20. ^ Nomination Database(英語)
  21. ^ 「谷崎潤一郎、58年ノーベル賞候補 三島由紀夫が推薦状」朝日新聞2009年9月23日。谷崎はパール・バックドナルド・キーンエドウィン・O・ライシャワー、三島由紀夫ら5人から推薦を受け、最終選考より一段階前の41人に含まれていた。
  22. ^ 吉武信彦「ノーベル賞の国際政治学」『地域政策研究』高崎経済大学地域政策学会、第12巻4号、2010年、p21 - 43[1]
  23. ^ 谷崎潤一郎と西脇順三郎、ノーベル賞候補に4回 読売新聞2013年1月14日
  24. ^ 川端が候補になっていたことについては、この報道以前にも上記吉武信彦の論文や2012年にNHKが行った1961年分の情報公開請求(川端康成 ノーベル賞選考で新資料 NHKニュース 2012年9月4日閲覧)で示されていた。
  25. ^ 三島由紀夫、ノーベル文学賞最終候補だった 63年 日本経済新聞2014年1月3日(共同通信配信)
  26. ^ 安部公房は受賞寸前だった…ノーベル委員長語るYOMIURI ONLINE2012年3月23日
  27. ^ Candidates for the 1963 Nobel Prize in Literature(英語)
  28. ^ [2]「三島、63年ノーベル賞候補 最終6人に残り、あと一歩」(共同通信 2014年1月3日付)[3]
  29. ^ 「三島ノーベル賞目前だった」(読売新聞 2014年1月4日号に掲載)
  30. ^ a b ノーベル文学賞 キーン氏に評価尋ねる(NHKニュース 2015年4月1日付)
  31. ^ 64年ノーベル文学賞:谷崎、60年に続き最終選考対象に - 毎日新聞2015年1月3日
  32. ^ “ノーベル文学賞の65年選考「川端康成、谷崎亡き後の最有力」 三島由紀夫「将来的に検討されるべきだ」とも”. 産経新聞. (2016年1月5日). http://www.sankei.com/life/news/160105/lif1601050010-n1.html 2016年2月2日閲覧。 
  33. ^ a b “川端康成、ノーベル賞受賞の2年前に最終候補”. 読売新聞. (2017年1月3日). http://www.yomiuri.co.jp/culture/20170102-OYT1T50093.html 2017年1月3日閲覧。 
  34. ^ 星野文子「近代日本における、ある異邦人の宿命 -ヨネ・ノグチの再評価に向けて-」『ICU比較文化』No.42、ICU比較文化研究会、2010年、p77[4]。なお、上記のノーベル財団ウェブサイトの候補者データには野口の名前はない。
  35. ^ 1949年には受賞者がなく、1950年11月に49年度受賞者として決定。

外部リンク編集