ノーベル平和賞

ノーベル平和賞(ノーベルへいわしょう、スウェーデン語ノルウェー語: Nobels fredspris英語: Nobel Peace Prize)は、ノーベル賞の一部門で、アルフレッド・ノーベルの遺言によって創設された5部門のうちの一つ[1][2]

ノーベル平和賞
受賞対象 平和
会場 オスロ
 ノルウェー
授与者 ノルウェー・ノーベル委員会
初回 1901年
最新回 2017年
最新受賞者 核兵器廃絶国際キャンペーン
公式サイト http://www.nobelprize.org/
ノーベル平和賞受賞者を決定するノルウェー議会
オスロ市庁舎外観
1974年(昭和49年)、佐藤栄作に贈られたノーベル平和賞の金メダル(国立公文書館所蔵)

ノーベル賞の創設者アルフレッド・ノーベルスウェーデンノルウェー両国の和解と平和を祈念して「平和賞」の授与はノルウェーで行うことにした。平和賞のみ、スウェーデンではなくノルウェー政府が授与主体である。

ノーベル平和賞のメダルは、表面にはアルフレッド・ノーベルの横顔(各賞共通)、裏面には三位一体を表現した図案と"Pro pace et fraternitate gentium"の文が刻まれている(受賞者名も刻まれる)[3]。受賞者がその後に世界の失望を招くことが問題になっている[4]

目次

概要編集

創設者のノーベルは遺言で、平和賞を「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止、及び平和会議の開催・推進のために最大・最善の貢献をした人物・団体」に授与すべしとしているが[2][1]、近年の選考委員会では「平和」の概念を広く解釈しており、受賞対象者は国際平和、軍備縮減、平和交渉だけでなく、人権擁護、非暴力的手法による民主化や民族独立運動、保健衛生、慈善事業、環境保全などの分野にも及んでいる。他のノーベル賞と異なり、団体も授与対象となっているのが特徴である[2]。政治情勢の影響を受けやすく、第一次世界大戦第二次世界大戦の時期等、授与者がないことも見られた[2]

また、これまでの実績だけではなく、政治的情勢や受賞後の影響を期待したメッセージを発信するために贈られる場合もある。賞は、12月10日午後1時(現地時間)からオスロオスロ市庁舎で授賞式が行われる。

選定方式編集

毎年の受賞は最高3者まで。選考はノルウェー国会が任命する政治的に独立した機関であるノルウェー・ノーベル委員会(5人)が行う[5]。各国に推薦依頼状(通常非公表)を送り、推薦された候補者より選ばれる。2013年には259の個人と組織(うち50の組織)の推薦があり、過去最大の数とされている[6]。受賞が決まるのは、例年10月頃。候補者の名前は50年間公表されない[6]。個人の場合は生存していることが条件であり、死後この賞を受けたのはダグ・ハマーショルドのみ。これはハマーショルドが受賞者に決まった直後に事故死(公務移動中のことで事実上の殉職)したことによる[6]

トマーシュ・マサリクウィリアム・ハワード・タフトなどの政治家、ニコライ2世ハイレ・セラシエ1世といった君主、レフ・トルストイピエール・ド・クーベルタンなどが候補となっていたことが公表されている[6]。また、1939年にはアドルフ・ヒトラーが推薦されているが、これは反ファシズムの立場を取るスウェーデンの国会議員によるもので、皮肉を意図したものであった[6]ベニート・ムッソリーニヨシフ・スターリンフアン・ペロン夫妻といった独裁者もノミネートされているが、受賞には至っていない[6]

ジェーン・アダムズは1916年に初めて推薦を受けて以来、1931年に受賞するまでにのべ91回の推薦を受けた。これは推薦を受けた回数としては最多のものである[6]

賞金編集

賞金額は1901年当時の賞金額を、その年の貨幣価値に換算されたものが贈られる[7]。2012年以降、平和賞の賞金は一つの賞あたり、800万スウェーデン・クローナとされている[6]。このため共同受賞となった場合には、受賞金額を受賞者達で分け合うことになる。1976年に受賞したベティ・ウィリアムズマイレッド・コリガン=マグワイアの組織は、賞金の分配でもめてバラバラになってしまった。

物議を醸した受賞例編集

医学・物理・化学の科学三賞は業績に対し、ある程度客観的な評価と期間を経て選考決定される。しかし、ノーベル平和賞は「現在進行形の事柄に関わる人物」も受賞対象になり、毎年選考に向けて、選考委員に対するロビー活動や政治行動が多く起こるため、選考結果を巡り、世界中で度々論議が起こる。科学三賞と比しては勿論、賞そのものに対して批判のあるノーベル経済学賞と比べても、やはり『ノーベル平和賞』は政治色が根強い。

ノーベル平和賞受賞者の一部は、戦争を助長したとしか思えない行動を取ったこともあり、「ノーベル平和賞でなくノーベル戦争賞と呼ばなければいけない」という皮肉もある[8]。特に中東和平問題について広瀬隆は、イスラエルパレスチナ解放機構の秘密会談が行われた背景にアラブ人が不利になる可能性を指摘していた[9]

以下の事例も見ても判るが、ノルウェー外交による政治アピールの側面もあるといえる。2015年10月9日付けの『ディ・ヴェルト』は「ノーベル平和賞における巨大な誤った決定」との見出しで、同紙が疑問に思う『ノーベル平和賞受賞者』を列挙した。

ガンディーが受賞しなかった理由編集

マハトマ・ガンディーはノーベル平和賞を受賞しなかった。死後数十年経ってからノーベル委員会が公表した事実によると、ガンディーは1937年から1948年にかけて前後5回ノーベル平和賞にノミネートされていた(1948年は暗殺の直後に推薦の締め切りがなされた)。これについてノーベル委員会は、ガンディーが最終選考に残った1937年、1947年、1948年の選考に関しウェブサイト上で以下のように述べている (Mahatma Gandhi, the Missing Laureate)。

  • 1937年には、彼の支持者の運動が時として暴力を伴ったものに発展したことや、政治的な立場の一貫性に対する疑問、彼の運動がインドに限定されていることへの批判があった。
  • 1947年は、当時インドですでに起きていたヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立への対処に関し、ガンディーが非暴力主義を捨てるかのような発言をしたことで、選考委員の間に受賞に対する疑問が起きた。
  • 1948年は最終候補3人の1人で選考委員からは高い評価を得ていたが、故人に対してノーベル賞を与えられるかどうかで議論が起きた。当時は規定で除外されていなかったが、何らかの組織に所属していなかったガンディーの場合賞金を誰が受け取るかが問題になった。最終的に、受賞決定後に死亡した場合以外は故人に賞を与えるのは不適切だという結論となった。ガンディーがもう1年長生きしておれば、賞を与えられていたと考えるのが合理的であろう。
  • ガンディーがそれまでの他の平和賞受賞者とは異なるタイプの平和運動家であったこと、1947年当時のノーベル委員会には今日のように平和賞を地域紛争の平和的調停に向けたアピールとする考えがなかったことが影響している。委員会がイギリスの反発を恐れたという明確な証拠は見当たらない。

日本人の受賞者および候補者編集

受賞者編集

1900年代編集

受賞者名 出身国
1901   アンリ・デュナン   スイス
  フレデリック・パシー   フランス
1902   エリー・デュコマン   スイス
  シャルル・ゴバ
1903   ウィリアム・ランダル・クリーマー   イギリス
1904   万国国際法学会   世界
1905   ベルタ・フォン・ズットナー   オーストリア=ハンガリー帝国
1906   セオドア・ルーズベルト   アメリカ
1907   エルネスト・テオドロ・モネータ   イタリア
  ルイ・ルノー   フランス
1908   ポントゥス・アルノルドソン   スウェーデン
  フレデリック・バイエル   デンマーク
1909   オーギュスト・ベールナールト   ベルギー
  エストゥールネル・ド・コンスタン   フランス

1910年代編集

受賞者名 出身国
1910   国際平和ビューロー   世界
1911   トビアス・アッセル   オランダ
  アルフレート・フリート   オーストリア=ハンガリー帝国
1912   エリフ・ルート   アメリカ
1913   アンリ・ラ・フォンテーヌ   ベルギー
1914 なし
1915
1916
1917   赤十字国際委員会   世界
1918 なし
1919   ウッドロウ・ウィルソン   アメリカ

1920年代編集

受賞者名 出身国
1920   レオン・ブルジョワ   フランス
1921   カール・ヤルマール・ブランティング   スウェーデン
  クリスティアン・ランゲ   ノルウェー
1922   フリチョフ・ナンセン   ノルウェー
1923 なし
1924
1925   オースティン・チェンバレン   イギリス
  チャールズ・ドーズ   アメリカ
1926   アリスティード・ブリアン   フランス
  グスタフ・シュトレーゼマン   ドイツ
1927   フェルディナン・ビュイソン   フランス
  ルートヴィッヒ・クヴィデ   ドイツ
1928 なし
1929   フランク・ケロッグ    アメリカ

1930年代編集

受賞者名 出身国
1930   ナータン・セーデルブロム   スウェーデン
1931   ジェーン・アダムズ   アメリカ
  ニコラス・バトラー
1932 なし
1933   ラルフ・ノーマン・エンジェル   イギリス
1934   アーサー・ヘンダーソン   イギリス
1935   カール・フォン・オシエツキー   ドイツ
1936   カルロス・サアベドラ・ラマス   アルゼンチン
1937   ロバート・セシル   イギリス
1938   ナンセン国際難民事務所   世界
1939 なし[21]

1940年代編集

受賞者名 出身国
1940 なし
1941
1942
1943
1944   赤十字国際委員会   世界
1945   コーデル・ハル   アメリカ
1946   エミリー・グリーン・ボルチ   アメリカ
  ジョン・モット
1947   イギリス・フレンズ協議会   イギリス
アメリカ・フレンズ奉仕団   アメリカ
1948 なし
1949   ジョン・ボイド・オア   イギリス

1950年代編集

受賞者名 出身国
1950   ラルフ・バンチ   アメリカ
1951   レオン・ジュオー   フランス
1952   アルベルト・シュヴァイツァー   フランス
1953   ジョージ・マーシャル   アメリカ
1954 国際連合難民高等弁務官事務所   世界
1955 なし
1956
1957   レスター・B・ピアソン   カナダ
1958   ドミニク・ピール   ベルギー
1959   フィリップ・ノエル=ベーカー   イギリス

1960年代編集

受賞者名 出身国
1960   アルバート・ルツーリ   南アフリカ共和国
1961   ダグ・ハマーショルド[22]   スウェーデン
1962   ライナス・ポーリング   アメリカ
1963   赤十字国際委員会   世界
  国際赤十字赤新月社連盟
1964   マーティン・ルーサー・キング・ジュニア   アメリカ
1965 国際連合児童基金   世界
1966 なし
1967
1968   ルネ・カサン   フランス
1969   国際労働機関   世界

1970年代編集

受賞者名 出身国
1970   ノーマン・ボーローグ   アメリカ
1971   ヴィリー・ブラント   西ドイツ
1972 なし
1973   ヘンリー・キッシンジャー   アメリカ
  レ・ドゥク・ト[23]   ベトナム
1974   ショーン・マクブライド   アイルランド
  佐藤栄作   日本
1975   アンドレイ・サハロフ   ソビエト連邦
1976   ベティ・ウィリアムズ   イギリス
  マイレッド・コリガン・マグワイア
1977 アムネスティ・インターナショナル   世界
1978   アンワル・アッ=サーダート   エジプト
  メナヘム・ベギン   イスラエル
1979   マザー・テレサ   インド

1980年代編集

受賞者名 出身国
1980   アドルフォ・ペレス・エスキベル   アルゼンチン
1981 国際連合難民高等弁務官事務所   世界
1982   アルバ・ライマル・ミュルダール   スウェーデン
  アルフォンソ・ガルシア・ロブレス   メキシコ
1983   レフ・ヴァウェンサ   ポーランド
1984   デズモンド・ムピロ・ツツ   南アフリカ
1985 核戦争防止国際医師会議   世界
1986   エリ・ヴィーゼル   アメリカ
1987   オスカル・アリアス・サンチェス   コスタリカ
1988   国際連合平和維持活動   世界
1989   ダライ・ラマ14世   チベット

1990年代編集

受賞者名 出身国
1990   ミハイル・ゴルバチョフ   ソビエト連邦
1991   アウンサンスーチー   ビルマ
1992   リゴベルタ・メンチュウ   グアテマラ
1993   ネルソン・マンデラ   南アフリカ
  フレデリック・ウィレム・デクラーク
1994   ヤーセル・アラファート   パレスチナ
  イツハク・ラビン   イスラエル
  シモン・ペレス
1995   ジョセフ・ロートブラット   イギリス
  パグウォッシュ会議   世界
1996   カルロス・フィリペ・シメネス・ベロ   東ティモール
  ジョゼ・ラモス=ホルタ
1997   地雷禁止国際キャンペーン   世界
  ジョディ・ウィリアムズ   アメリカ
1998   ジョン・ヒューム   イギリス
  デヴィッド・トリンブル
1999 国境なき医師団   世界

2000年代編集

受賞者名 出身国
2000   金大中   韓国
2001   国際連合   世界
  コフィー・アナン   ガーナ
2002   ジミー・カーター   アメリカ
2003   シーリーン・エバーディー   イラン
2004   ワンガリ・マータイ   ケニア
2005   国際原子力機関   世界
  モハメド・エルバラダイ   エジプト
| 2006   ムハマド・ユヌス   バングラデシュ
グラミン銀行
| 2007 気候変動に関する政府間パネル   世界
  アル・ゴア   アメリカ
2008    マルッティ・アハティサーリ   フィンランド
2009   バラク・オバマ   アメリカ

2010年代編集

受賞者名 出身国
2010 劉暁波   中国
2011   エレン・ジョンソン・サーリーフ   リベリア
  レイマ・ボウィ
  タワックル・カルマン   イエメン
2012   欧州連合   欧州連合
2013 化学兵器禁止機関   世界
2014   カイラシュ・サティーアーティ   インド
  マララ・ユスフザイ   パキスタン
2015   チュニジア国民対話カルテット   チュニジア
2016   フアン・マヌエル・サントス   コロンビア
2017 核兵器廃絶国際キャンペーン    世界 

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ a b ノーベル賞の国際政治学 -ノーベル平和賞の歴史的発展と選考過程-,吉武信彦,高崎経済大学地域政策学会,地域政策研究,vol.13-4,pp.23-40,2011-02
  2. ^ a b c d ノーベル平和賞,在ノルウェー日本国大使館
  3. ^ ノーベル賞のメダル”. アワードプレス. 2017年10月4日閲覧。
  4. ^ なぜノーベル平和賞の受賞者は、その後に世界の「失望」を招くのか”. アワードプレス. 2017年10月4日閲覧。
  5. ^ ノーベル平和賞 (Norway the official site in Japan)
  6. ^ a b c d e f g h Facts on the Nobel Peace Prize - ノーベル賞公式サイト(英語)
  7. ^ The Nobel Prize Amounts - ノーベル賞公式サイト(英語)
  8. ^ “今回はマララさん…「ノーベル平和賞は論争を呼ぶ賞」”. 中央日報. (2014年10月13日). http://japanese.joins.com/article/214/191214.html 2014年10月13日閲覧。 
  9. ^ 広瀬は根拠を示すために、まず当事者のイスラエル、会場の山荘を提供したen:Orkla Group、その実質的な支配者であるen:Nobel Industriesハンブローズ銀行ヴァレンベリ家、そしてロスチャイルドを家系図と役員兼任関係で纏め上げた。
    『地球のゆくえ』 集英社 1994年 系図8 一九九三年中東和平秘密会談の内幕
  10. ^ ノーベル平和賞はしばしば政治的に使われていた ロケットニュース24
  11. ^ Federation of Social Workers (IFSW) – IFSW supported nomination of Irena Sendler for Nobel Peace Prize. IFSW. 2010年12月10日閲覧
  12. ^ “オバマ大統領へのノーベル平和賞授与に批判-「早まった聖人化」” (日本語). ブルームバーグ. (2009年10月10日). http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920008&sid=a1Yq5eJ2DR7U 2011年1月29日閲覧。 
  13. ^ クリストファー・ヒッチェンズ (2009年12月22日). “あまりに軽いオバマのサプライズ受賞” (日本語). ニューズウィーク. http://newsweekjapan.jp/stories/2009/12/post-849.php 2011年1月29日閲覧。 
  14. ^ “Obama: Nobel Peace Prize is call to action”. CNN. (2009年10月9日). http://articles.cnn.com/2009-10-09/world/nobel.peace.prize_1_norwegian-nobel-committee-international-diplomacy-and-cooperation-nuclear-weapons?_s=PM:WORLD 
  15. ^ “アフガン病院誤爆 国連、「戦争犯罪の可能性も」” (日本語). CNN (CNN.co.jp). (2015年10月5日). http://www.cnn.co.jp/world/35071433.html 2016年4月26日閲覧。 
  16. ^ 『中国新華社「平和賞の名声損なう」と批判論評』 産経新聞2012年10月13日
  17. ^ 『授賞は「悲劇的過ち」チェコ大統領」と批判論評』産経新聞2012年10月13日
  18. ^ “「政治的」また批判の声 実績より期待感後押し”. 産経新聞. (2012年10月13日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/121013/erp12101300480003-n1.htm 
  19. ^ “イラン国会、「西側は、ノーベル平和賞を政治的に利用」”. イラン・イスラム共和国放送. (2012年10月13日). http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/32455-%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E3%80%81%E3%80%8C%E8%A5%BF%E5%81%B4%E3%81%AF%E3%80%81%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E5%B9%B3%E5%92%8C%E8%B3%9E%E3%82%92%E6%94%BF%E6%B2%BB%E7%9A%84%E3%81%AB%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%80%8D 
  20. ^ 「若過ぎる」と懸念も=マララさん、一躍人権のヒロインに―ノーベル平和賞 時事通信2014年10月10日
  21. ^ ロバート・ベーデン・パウエルに決定していたが、第二次世界大戦勃発により賞自体が取り消された
  22. ^ 遺贈
  23. ^ 受賞辞退

関連項目編集

外部リンク編集