ハッセルブラッド

人類初の月面着陸を記録したカメラを産み出したスウェーデンの写真機器メーカー

ハッセルブラッド (Hasselblad) はスウェーデンカメラメーカー。大型カメラ全盛の時代に、世界で初めて携帯に便利なレンズ交換型6×6 cm判一眼レフカメラを発表した。

Victor Hasselblad AB
非公開会社
業種 写真機器
事業分野 カメラ機器
設立 1841年
創業者 ラシド・ヤザミ Edit this on Wikidata
本社
事業地域
全世界
主要人物
イアン・ロークリフ
製品 カメラ、イメージスキャナ
従業員数
200 Edit this on Wikidata
親会社 DJI
子会社 Hasselblad A/S, Hasselblad USA Inc., Hasselblad Vertriebsgesellschaft mbH, Hasselblad France SAS, Hasselblad USA: Non-Digital Service Center, Hasselblad (UK) Ltd
ウェブサイト 公式ウェブサイト
500C

2012年にはハッセルブラッド・ジャパンが設立され、2013年には世界で初めてのハッセルブラッド・ストアとなるHasseblad Store Tokyoが東京の原宿にオープン。X1DシリーズのやH6D等の体験、購入が可能。

歴史編集

前身であるF. W. Hasselblad & Co.がスウェーデンのヨーテボリに創業したのは1841年である。当時は貿易会社であった。創業者の息子アービット・ヴィクトル・ハッセルブラッド (Arvid Viktor Hasselblad) はアマチュア写真家であり、写真部門を設立した。アービットは新婚旅行イギリスに行った際、コダックの創始者ジョージ・イーストマン (George Eastman) と出会い、親交を深め、1888年からコダック製品のスウェーデン輸入総代理店となった。写真の普及に伴い写真部門は順調に拡大し1908年Hasselblad's Fotografiska ABとして独立した。

アービットの孫、フリッツ・ヴィクトル・ハッセルブラッド(Fritz Victor Hasselblad, 1906年3月8日 - 1978年8月5日)は自然の写真を撮影するのを趣味にしていた。彼が18歳の時、父親であるカール・エリック (Karl Erik Hasselblad) はカメラ製造を実地で学ばせるため彼をドイツドレスデンに送り、彼は以来ドイツ、フランスアメリカのカメラ工場、フィルム工場、現像ラボ、カメラ屋などで働くことになる。写真産業について専門知識を備えてスウェーデンに戻ったが父と摩擦が多く、1937年に自分の会社Victor Fotoを立ち上げた。

第二次世界大戦が始まり、ドイツから軍用カメラの輸入が途絶えて困っていたスウェーデン軍は、ある時領空侵犯し墜落したドイツ軍機から航空カメラを発見した。軍は、スウェーデン最大のカメラ輸入業者の家族の一員でありカメラの専門家であったフリッツ・ヴィクトルに「同じものを作ってくれ」と依頼したが、フリッツ・ヴィクトルは「同じものは作れない。しかし、それ以上に優れたものなら作れる」と答えた。そのドイツ航空カメラを研究した彼は1941年航空用HK7型7×9 cm判レンズシャッターカメラを製造した。

1948年10月、アメリカ市場で、コダックの交換レンズをラインアップした1600F型の大量生産を開始、国際市場に登場させ、世界的に最高級6×6 cm判カメラの地位を不動のものにした。

1968年地球の出1972年ザ・ブルー・マーブルなど世界的に有名なアポロ計画に関する写真はすべてハッセルブラッドで撮られた[1]

2017年1月、中国ドローンメーカー、DJIに買収された[2]

脚注編集

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関連項目編集

外部リンク編集