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ファイフ公爵: Duke of Fife)は、イギリス公爵位。連合王国貴族スコットランドファイフにちなむ。ウェールズ公アルバート・エドワード王子(後のイギリス王エドワード7世)の長女であるルイーズ王女の夫となった第6代ファイフ伯爵アレグザンダー・ダフに対して1889年1900年の二度創設されたことに始まる。王族に対するものを除くと、イギリスにおいて最後に創設された公爵位である。

ファイフ公爵
Coat of arms of the Duke of Fife since 2017.png
創設時期 1900年4月24日
創設者 ヴィクトリア
貴族 連合王国貴族
初代 第6代ファイフ伯爵アレグザンダー・ダフ
現所有者 第4代ファイフ公爵デイヴィッド・チャールズ・カーネギー
推定相続人 サウセスク伯チャールズ・カーネギー(1989-)
相続資格 初代公爵の直系男子及び初代公の娘とその直系男子
(the 1st Duke's heirs male of the body lawfully begotten; the 1st Duke's daughters and heirs male of their bodies lawfully begotten)
付随称号 サウセスク伯爵
マクダフ伯爵
キナードのカーネギー卿
キナード=ルーチャーズのカーネギー卿
バリナード男爵
(ピッカローの)准男爵
邸宅 エルジックハウス
キナード城
旧邸宅 マー・ロッジ
紋章標語 Above the crest, on a Scroll DRED GOD; beneath the shield DEO JUVANTE ("God helping").
初代ファイフ公爵夫妻

2015年現在、公爵家の邸宅はアバディーンシャー ストーンヘイヴンStonehaven)近くにあるエルシック・ハウスElsick House)である。

歴史編集

アレグザンダー・ダフは第5代ファイフ伯爵ジェイムズ・ダフの息子で、エルギンシャーネアンシャーElginshire and Nairnshire)選出庶民院議員となり、後にジェントルマン・アット・アームス隊長(在職: 1880年 - 1881年)やエルギンシャーの統監(在職: 1892年 - 1902年)を務めた人物である。1879年に父親の死去によって第6代ファイフ伯爵Earl Fife; 1759年創設のアイルランド貴族)となり、1885年ヴィクトリア女王によってファイフ伯爵Earl of Fife; 連合王国貴族)にも叙された[1]

 
ルイーズ王女と初代ファイフ公の結婚を祝して作成されたタータン

1889年にアレグザンダーとルイーズ王女はバッキンガム宮殿で結婚式を挙げ、ヴィクトリア女王はアレグザンダーをファイフ公爵およびマクダフ侯爵Marquess of Macduff; ともに連合王国貴族)に叙した[2]。このときの勅許状では、爵位は初代公の "heirs male of his body" (直系男子) に相続されると定められていたが、アレグザンダーとルイーズの間には夭逝した長男アラステア以後男子が生まれなかった。そこで1900年に女王は、「初代公の女子、およびその直系男子」にも相続を認めるという特別継承権(special remainder)付きでファイフ公爵およびマクダフ伯爵Earl of Macduff; 連合王国貴族)に叙した[3]

1912年にアレグザンダーが歿すると、ファイフ伯爵(Earl FifeEarl of Fifeの両方)および第1期のファイフ公爵は断絶したが、第2期のファイフ公爵位は長女のアレグザンドラ王女によって相続された。アレグザンドラと夫アーサー王子の間に生まれた一人息子の第2代コノート公爵アラステア・ウィンザーは未婚のまま彼女より先に歿したため、妹モード王女とその夫の第11代サウセスク伯爵チャールズ・カーネギーの間に生まれたジェイムズ・カーネギーが3代公となった。

3代公となったジェイムズは、これに加えて父親からサウセスク伯爵Earl of Southesk; 1633年創設)をはじめとするスコットランド貴族の爵位も相続した。現在ファイフ公爵の法定推定相続人儀礼称号としてサウセスク伯爵と称している。

現当主の保有爵位編集

現当主である第4代デイヴィッド・カーネギーは以下の爵位を保有している。[4]

  • 第4代ファイフ公爵(4th Duke of Fife)
    (1900年4月24日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • 第10代サウセスク伯爵(10th Earl of Southesk)
    (1633年6月22日の勅許状によるスコットランド貴族爵位)
  • 第4代マクダフ伯爵(4th Earl of Macduff)
    (1900年4月24日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • 第10代キナードのカーネギー卿(10th Lord Carnegie of Kinnaird)
    (1616年4月14日の勅許状によるスコットランド貴族爵位)
  • 第10代キナード及びルーチャーズのカーネギー卿(10th Lord Carnegie of Kinnaird and Leuchars)
    (1633年6月22日の勅許状によるスコットランド貴族爵位)
  • 第5代フォーファー州ファーネルにおけるバリナード男爵(5th Baron Balinhard, of Farnell in the County of Forfar)
    (1869年12月7日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • (キンカーディン州ピッカローの)准男爵(10th Baronet, styled "of Pitcarrow, county of Kincardine")
    (1663年2月20日の勅許状によるノヴァスコシア准男爵位)

一覧編集

ファイフ公爵 (第1期; 1889年)編集

ファイフ公爵 (第2期; 1900年)編集

出典編集

  1. ^ The London Gazette: no. 25490. p. 3239. 1885年7月14日。
  2. ^ The London Gazette: no. 25958. p. 4077. 1889年7月27日。
  3. ^ The London Gazette: no. 27186. p. 2605. 1900年4月24日。
  4. ^ http://www.cracroftspeerage.co.uk/online/content/fife1900.htm