メインメニューを開く

フィッシャー・ブラック

来歴編集

1964年に応用数学でハーバード大学から博士号を受けた後、アーサー・D・リトル社に職を得る。そこでCAPM理論の創始者の一人ジャック・トレイナー英語版と出会い、金融工学へ進むきっかけを得た。1971年実業界から研究者の途に戻り シカゴ大学 ブース経営学大学院英語版教授、MIT スローン経営学大学院英語版教授を歴任。

1973年、オプションの価格算定式である ブラック-ショールズ(Black-Scholes)方程式を考案した。この方程式は金融経済学における三大成果の一つである[3][4]1984年には、ゴールドマン・サックス社に招聘されるなど、自己の理論の実践にも並々ならぬ興味を持ち続けた。

その後も研究を深耕し、1990年、エマニュエル・ダーマンと共にブラック–ダーマン–トイのオプション評定価格モデルを著すなど業績を上げていたが、1995年、癌に倒れた。

脚注編集

  1. ^ IAFE Events Archive, Awards”. 2007年5月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年6月20日閲覧。
  2. ^ Finnegan, Jim. “IAFE Holds Annual Award Dinner”. Financial Engineering News. http://www.fenews.com/fen37/one_time_articles/iafe_duffie/iafe_duffie.html 2007年6月20日閲覧。 
  3. ^ あと2つは先のCAPM理論とモジリアニ-ミラー理論
  4. ^ 共同研究者である マイロン・ショールズ (Myron Scholes) と、式を厳密に証明したロバート・マートン (Robert C. Merton) は、1997年ノーベル経済学賞を受賞した。式はロングターム・キャピタル・マネジメントの資金運用に活用された。