フリードリヒ2世 (バーデン大公)

バーデン大公国第7代大公

フリードリヒ2世ドイツ語: Friedrich II., 1857年7月9日 - 1928年8月8日)は、バーデン大公国の第7代大公(在位:1907年 - 1918年)。

フリードリヒ2世
Friedrich II.
バーデン大公
Großherzog Friedrich II. vom Baden zum 60. Geburtstag, 1917.jpg
在位 1907年9月28日 - 1918年11月22日

出生 (1857-07-09) 1857年7月9日
Flag of the Grand Duchy of Baden (1855–1891).svg バーデン大公国カールスルーエ
死去 (1928-08-08) 1928年8月8日(71歳没)
ドイツの旗 ドイツ国バーデン共和国バーデンヴァイラードイツ語版
配偶者 ヒルダ・フォン・ナッサウ
家名 ツェーリンゲン家
父親 バーデン大公フリードリヒ1世
母親 ルイーゼ・フォン・プロイセン
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生涯編集

フリードリヒ1世とその妃でドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の娘であるルイーゼの長男。全名はフリードリヒ・ヴィルヘルム・ルートヴィヒ・レオポルト・アウグスト Friedrich Wilhelm Ludwig Leopold August)。カールスルーエで生まれた。

オーストリア=ハンガリー帝国プロイセン王国ヴュルテンベルク王国で陸軍の将校として軍歴を積んだ。1885年9月20日ルクセンブルク大公アドルフの娘ヒルダと結婚したが、息子は生まれなかった。

1907年9月28日に父フリードリヒ1世が死去したことを受けて大公位に即き、父親の自由主義的な政治を継承した。1918年に大公位継承者である従弟のマクシミリアンドイツ帝国宰相に指名されたがドイツ革命を防ぐことはできず、フリードリヒ2世は同年11月22日に退位した。その後、バーデン大公国の領域は1952年バーデン=ヴュルテンベルク州へと再編された。

退位後はフライブルクで隠棲し、1928年8月8日にバーデンヴァイラーで死去した。バーデン大公家当主の地位はマクシミリアンが嗣いだ。

関連項目編集

先代
フリードリヒ1世
バーデン大公
1907年 - 1918年
次代
ドイツ革命により退位)
先代
フリードリヒ1世
バーデン大公家家長
1907年 - 1928年
次代
マクシミリアン
先代
マクシミリアン・フォーゲル・フォン・ファルケンシュタイン
ドイツ帝国第8軍団司令官
1897年1月27日 - 1902年10月17日
次代
アドルフ・フォン・ダイネス