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ヘンリー・グレイ (第3代グレイ伯爵)

第3代グレイ伯爵ヘンリー・ジョージ・グレイ英語: Henry George Grey, 3rd Earl Grey, KG GCMG PC1802年12月28日 - 1894年10月9日)は、イギリスの政治家、貴族。

第3代グレイ伯爵
ヘンリー・グレイ
Henry George Grey
3rd Earl Grey
3rdEarlGrey.jpg
1860年代
生年月日 1802年12月28日
没年月日 (1894-10-09) 1894年10月9日(91歳没)
所属政党 ホイッグ党自由党
称号 第3代グレイ伯爵、第3代ホーウィック子爵、ホーウィックの第3代グレイ男爵、(ホーウィックの)第4代準男爵、ガーター勲章勲爵士(KG)、聖マイケル・聖ジョージ勲章ナイト・グランド・クロス(GCMG)、枢密顧問官(PC)
配偶者 マリア・グレイ(旧姓コプリー)
親族 第2代グレイ伯爵(父)
第4代グレイ伯爵(甥)

内閣 第二次メルバーン子爵内閣
在任期間 1835年4月18日 - 1839年9月27日

内閣 第一次ラッセル内閣
在任期間 1846年7月6日 - 1852年2月21日

イギリスの旗 庶民院議員
選挙区 ウィンチルシー選挙区英語版
ハイアム・フェラーズ選挙区英語版
ノーサンバーランド選挙区英語版
北ノーサンバーランド選挙区英語版
サザーランド選挙区英語版
在任期間 1826年6月9日 - 1830年8月9日
1830年8月3日 - 1831年4月30日
1831年5月9日 - 1832年12月10日
1832年12月10日 - 1841年6月29日
1841年9月17日 - 1845年7月17日

イギリスの旗 貴族院議員
在任期間 1845年7月17日 - 1894年10月9日
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英国首相の第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイの長男。父が爵位を継承した1807年から自身が爵位を継承する1845年まではホーウィック子爵(Viscount Howick)の儀礼称号を称した。1826年庶民院議員としてホイッグ党の政治家となり、ホイッグ党政権下で陸軍・植民地省政務次官英語版(在職1830年-1834年)、陸軍卿(在職1835年-1839年)、陸軍・植民地大臣(在職1846年-1852年)を歴任した。

目次

経歴編集

1802年12月28日、後に第2代グレイ伯爵位を継承し、首相を務めることになる庶民院議員チャールズ・グレイとその妻メアリー・エリザベス(初代ポンソンビー男爵英語版ウィリアム・ポンソンビー英語版の娘)の間の長男として生まれた[1][2]

1826年ウィンチルシー選挙区英語版から選出されてホイッグ党庶民院議員に選出された。その後も選挙区を変えながら1845年の襲爵まで庶民院議員に在職し続けた[1][2]

1830年に父が首相となり、ホイッグ党政権が誕生すると陸軍・植民地省政務次官英語版に就任した。彼はエドワード・ギボン・ウェークフィールド英語版の見解を支持する熱心な植民地改革派だった。そのため植民地の奴隷解放が即時ではなく段階的に行われることに不満を抱いて1834年に辞職した[3]

1835年に第2代メルバーン子爵ウィリアム・ラムが第二次内閣を組閣した際に陸軍卿に就任し、インドに駐留する兵士の不正行為抑制に努めた[3]1839年の内閣改造の際に同僚たちの革新的な見解に反対して辞職した[3]

1845年7月17日に父が死去し、第3代グレイ伯爵位を継承し、貴族院議員に転じた[4]

1846年にホイッグ党政権ジョン・ラッセル卿内閣が発足すると陸軍・植民地大臣に就任した。彼は植民地行政はイギリス本国のためではなく現地民の利益のために行われるべきであることを最初に公言した大臣だった[3]。可能な限り植民地に自治を認めることを推進し、イギリスとアイルランドの間に自由貿易を紹介した最初の人物だった[3]。植民地が本国から輸入関税をかける特許は彼による物ではない。彼はそれに反対していたが、却下された[3]西インド諸島では抑圧的だった。セイロンでも反乱の鎮圧にあたった[3]ニュージーランドでは、彼は自分自身が認めた憲法英語版を中断し、ニュージーランド総督ジョージ・グレイ英語版に制定をゆだねた(1852年ニュージーランド憲法英語版)[3]。彼の陸軍植民地大臣在職中にカナダやニュージーランドや南アフリカにグレイ伯爵に因むホーウィックという地名ができた[5]

1852年に内閣の総辞職により辞職。1853年にホイッグ党が参加する第4代アバディーン伯爵ジョージ・ハミルトン=ゴードン内閣が発足したが、彼の入閣はなかった。クリミア戦争時には陸軍卿として名前が挙がったものの拒否した[3]。以降死去までほぼ公務から離れ[3]、地元のホーウィックで生活するようになった[5]

1894年10月9日に91歳で死去。子供がなかったため、爵位は甥にあたるアルバート・グレイが継承した[2]

栄典編集

爵位/準男爵位編集

1845年7月17日の父チャールズ・グレイの死去により以下の爵位/準男爵位を継承した[1][2]

  • 第3代グレイ伯爵 (3rd Earl Grey)
    (1806年4月11日勅許状による連合王国貴族爵位)
  • ノーサンバーランド州におけるホーウィックの第3代ホーウィック子爵 (3rd Viscount Howick, of Howick in the County of Northumberland)
    (1806年4月11日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • ノーサンバーランド州におけるホーウィックのホーウィックの第3代グレイ男爵 (3rd Baron Grey of Howick, of Howick in the County of Northumberland)
    (1801年6月23日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • (ノーサンバーランド州におけるホーウィックの)第4代準男爵 (4th Baronet "of Howick in the County of Northumberland")
    (1746年1月11日の勅許状によるグレートブリテン準男爵位)

勲章編集

その他編集

家族編集

1832年8月9日に第3代準男爵英語版ジョゼフ・コプリーの娘マリア・コプリーと結婚したが、子供はできなかった[1][2]

脚注編集

注釈編集

出典編集

  1. ^ a b c d e f g Lundy, Darryl. “Henry George Grey, 3rd Earl Grey” (英語). thepeerage.com. 2019年3月26日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h Heraldic Media Limited. “Grey, Earl (UK, 1806)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2019年3月24日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j   この記述にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Grey, Henry Grey, 3rd Earl" . Encyclopædia Britannica (in English). 12 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 590.
  4. ^ UK Parliament. “Viscount Howick” (英語). HANSARD 1803–2005. 2019年3月28日閲覧。
  5. ^ a b Earl Grey and the Grey Family” (英語). Howick Hall Gardens. 2019年3月24日閲覧。

外部リンク編集

グレートブリテンおよびアイルランド連合王国議会
先代:
ウィリアム・リーダー英語版
ヘンリー・ブロアム英語版
ウィンチルシー選挙区英語版選出庶民院議員
1826年–1830年
同職:ヘンリー・ブロアム英語版(1830年2月まで)
ジョン・ウィリアムズ英語版(1830年2月から)
次代:
ヘンリー・ダンダス英語版
ジョン・ウィリアムズ英語版
先代:
トマス・ボーモント英語版
マシュー・ベル英語版
ノーサンバーランド選挙区英語版選出庶民院議員
1831年–1832年英語版
同職:トマス・ボーモント英語版
選挙区廃止
新設選挙区 ノース・ノーサンバーランド選挙区英語版選出庶民院議員
1832年英語版1841年英語版
同職:オサルストン卿英語版
次代:
アディソン・クレスウェル英語版
オサルストン卿英語版
先代:
ウィリアム・トンプソン英語版
デイヴィッド・バークレイ英語版
サザーランド選挙区英語版選出庶民院議員
1841年1845年
同職:デイヴィッド・バークレイ英語版
次代:
ジョージ・ハドソン
デイヴィッド・バークレイ英語版
公職
先代:
ホレース・トウィス 英語版
陸軍・植民地省政務次官英語版
1830年–1834年
次代:
John Shaw-Lefevre
先代:
ジョン・チャールズ・ヘリス英語版
陸軍卿
1835年–1839年
次代:
トーマス・マコーリー
先代:
ウィリアム・グラッドストン
陸軍・植民地大臣
1846年–1852年
次代:
サー・ジョン・パーキントン準男爵英語版
名誉職
先代:
第3代ノーサンバーランド公爵英語版
ノーサンバーランド統監英語版
1847年–1878年
次代:
第6代ノーサンバーランド公爵
先代:
初代エブリー男爵英語版
最古参枢密顧問官英語版
1893年–1894年
次代:
ウィリアム・グラッドストン
イギリスの爵位
先代:
チャールズ・グレイ
第3代グレイ伯爵
1845年–1894年
次代:
アルバート・グレイ