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生涯・人物編集

“ベイビー”・ドッズはクラリネット奏者、ジョニー・ドッズの弟である。“ベイビー”・ドッズは初期のジャズ・ドラマーとして重要な存在とされ、ビッグ・バンド登場以前の最上のジャズ・ドラマーのひとりに数えられた。

ドッズは、ニューオーリンズで最高の若手ドラマーとしての名声を得て、まもなく若かりしルイ・アームストロングミシシッピー川の蒸気船バンドでともに演奏をするようになった。ドッズはキング・オリヴァーと演奏をするため、1921年にオリヴァーのいるカリフォルニア州へ移り、オリヴァーについてシカゴへ移り、そこがドッズの仕事の本拠地となることとなった。

ドッズは、ルイ・アームストロング、ジェリー・ロール・モートンアート・ホーディス en:Art Hodes、それに兄のジョニー・ドッズらと録音をした。1940年代の後期には、ドッズはニューヨーク市ジミー・ライアン Jimmy Ryanバンドで演奏をした。ドッズがニューオーリンズへ帰郷した時は、バンク・ジョンソン en:Bunk Johnson と録音することもあった。1959年、ドッズはシカゴで死去した。60歳没。

ドッズは、録音中に即興演奏を行う最初のドラマーのひとりであり、アクセントや華麗な身振りでドラム・パターンに変化を添えた。また、どの曲も毎回コーラスごとに何かしら違った演奏をすることを信条としていた。また、フロア・バスや「キック・ドラム」を追加することにより、ドラム・キットに大きな変革をもたらした。

より詳しい文献編集

  • The Baby Dodds Story - Larry Gara によるドッズとの広範囲にわたるインタビューを元にした伝記、1959年初版、ISBN 978-1888408089

外部リンク編集